13 ドラゴンさん、ダンジョンをいく
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『次は右よ』
「了解!」
「………」
『あ、そこは左ね』
「うん!」
「………」
『そこ、岩の影に細い道があるわ』
「あ、あった!」
「………」
『そのまままっすぐ……ごめんなさい。気配が変わったわ。ちょっと戻って前の道をやっぱり右で』
「えーっと、戻って……右……」
「………」
言われた通りにどれだけ走っただろう。
僕たちは最初の一本道だった洞窟はすぐに終わって、入り組んだ細い道に出ていた。
ノクトが言うにはもうここは道連れ兎の巣ではなくて、ごく一般的なダンジョンの上層なんだって。
じゃあ、もうすぐに外に出られるのと聞いてみたら、そう簡単でもないらしい。
確かに道は右に左に曲がっているし、上り下りもあるし、わき道や行き止まりがあって、行きたい場所にまっすぐ向かえなかった。
だったら、もっと早く走るしかないし、止まっている暇もない。
僕は一度も足を止めないで走り続けている。
『あら。静かだと思ったらシアン、眠っちゃったのかしら? ダンジョンの中で気を抜くのは感心しないわね』
抱き上げたシアンの腕の中から顔だけ出していたノクトが、しっぽでペシペシとシアンの頬を叩くけど、彼女はピクリとも動かない。
「本当だ。たくさん魔導を使っていたから疲れたんだね。寝かせておいてあげようよ。大丈夫。モンスターが出たら僕が倒すからさ」
『それは心配してないわ。なにせ、モンスターがいない道を選んでいるんだから』
確かに言われてみれば走り始めてから、一度もモンスターに出会っていない。
人間どころかモンスターからも避けられている道連れ兎の巣ならともかく、ここは普通のダンジョンというのに不思議だった。
「あ、ノクトにはモンスターの居場所がわかるんだったっけ」
『それもあるわね。でも、もっと単純な話よ。さっきの濫喰い獣王種が通った道を辿っているだけ』
……ああ、そうか。
あの大喰らいの濫喰い獣王種なら、来る途中にいたモンスターを食べてしまうに違いない。
だから、その通り道にはしばらく他のモンスターは現れないんだ。
ノクトは頭がいいなあ。
感心して、それからふと思う。
「……あれ? 出口ってこっちでいいの? 濫喰い獣王種が通った所を行ったらダンジョンから出られるの?」
『ちゃんと気づいたようね。レオン、あなたは自分が思っているほど馬鹿ではないかもしれないわね。おバカではあるけど』
そうかな。
頭がいいと言われてもこれだけはピンとこない。
でも、褒められると嬉しいかな。
『別に褒めてはいないわ。考える頭があるのに、面倒がって考えないのはあなたの悪い癖よ。大方、何があってもドラゴンの力で乗り切ってきたせいでしょうけど』
あう。
何も言い返せない。
確かにノクトの言う通りだった。
そうだよなあ。
人間になったんだからちゃんと考えないといけないよなあ。
そう考えただけでも頭が痛くなるけど。
『すぐには無理でしょうけど、ちょっとずつでも慣れていきなさいな。そのうち、痛い目に遭うわよ』
「うん。ありがとうね」
『……能天気ね』
耳の後ろを掻くノクト。
照れてるのかもしれないし、呆れているのかもしれない。
「あのぅ、すみません……」
腕の中からささやくような声が聞こえてきた。
見るとシアンがうっすらと目を開けている。
『起きたのね』
「ええ。何故か知りませんが速度が落ちたせいでしょうか……」
ノクトと話している間に走るのがゆっくりになっていたみたいだ。
「起こしちゃってごめんね。うるさかったかな? まだ外には出てないから寝ててもいいよ?」
「いえ、違います。寝ていたんじゃないです。気絶していたんです。あんなアクロバティックに走られたら耐えられませんから」
普通に走っていただけなのに、シアンはよくわからない事を言う。
けど、僕は普通のつもりだったけど、魔導使いのシアンは闘気法なんて使えないのかもしれない。
なら、僕は普通と思っていてもシアンにはきついという事もあるのかも。
「そうだったんだ。ごめんね。ちょっとゆっくりにするよ」
「いえ、速度が問題じゃなくてですね? いえ、それも問題ですけど、走る場所の方が問題というか……」
普通に地面とか、壁を走っただけだよなあ。
天井は鍾乳石があるから、僕はともかくシアンとノクトには危ないから走らないでおいたけど。
「いえ、普通の人間は壁なんて走りませんからね?」
「そうなの? 曲がる時、走ったままでいられるから便利なのに……」
濫喰い獣王種と戦っている時に気付いたんだ。
まだ人間の体は慣れないけど、ドラゴンの時よりこういう工夫がしやすいなあ、と。
こういう繊細さが人間の強さなんだろうなあ、と。
きっと、他の人もこんな感じで人間の体を使っているに違いないと思って早速僕もやってみたのだけど、どうも間違えだったらしい。
『まあ、シアンの言う事も正しいけど、シアンの場合は虚弱体質も問題よ。少しは体を鍛えなさいな』
「いえ、わたしは大魔導使いですから……」
『同時に冒険者でしょう。冒険者は体が資本よ』
「むむむむむ」
うん。
確かにシアンは小さい。
背が低いし、手足は細いし、持ち上げても羽根みたいに軽い。
力を入れ過ぎてしまったら簡単に壊れてしまいそうで、ちょっと怖いぐらいだ。
今も顔色が白を通り越して、青くなってしまっている。
言い返せなかったのか、シアンはノクトから目を逸らして僕を見上げてきた。
「すみません。ちょっと休憩してもらえますか? 正直、そろそろ限界なんです。何が限界なのかは聞かないでください。いいですね? レオン、い・い・で・す・ね?」
逆らっちゃいけないと何故かわかった。
急いではいるけど、シアンの頼みを無視するのはかわいそう。
一応、ノクトにも目を向けるけど、小さくうなずいているから僕の判断は正しいみたいだ。
僕が足を止めると音も立てずにノクトが下りる。
『この辺りならモンスターも近くにいないわ。時間も時間だし少し休みましょうか』
そう言うなり、その影から次々と物が浮かび上がってきた。
木の枝だったり、布だったり、袋だったり、色々だ。
『今日はここで野営ね。外ならもう夜よ』
ダンジョンにいると昼か夜かもわからない。
ノクトはどうやって気づくんだろう。妖精ならわかるんだろうか。
僕は首を傾げながら、シアンをそっと地面に下ろした。
どうもうまく一人で立てないみたいで、口元を押さえて、深呼吸を繰り返している。
『背中でもさすってあげなさい』
「こう?」
「あぁ、いい感じですけど、もう少し優しく……うん、完璧です。そのまま、そのまま。ありがとうございます」
シアンが落ち着くまでもうちょっと掛かりそうだから、僕はさっきの疑問をノクトに尋ねる事にした。
「それで、ノクト。こっちに出口があるの?」
『ないわよ。中層に向かっているんだから当たり前じゃない』
えー。
早く外に行って、街がどうなったのか知りたいのに、ノクトはいじわるな事を言う。
さすがにこれは抗議しないとと口を開きかけたけど、その前にノクトが肉球を見せてきた。
え、フニフニしていいのかな?
手を伸ばしかけたけど、指先が触れるよりも先に言葉が続けられた。
『でも、中層の入口からなら出口までのルートがわかるわ』
そっか。
道連れ兎の巣から出口までの道で、シアンとノクトが知っている道は使えない。
そして、巣にはいくつもの洞窟が繋がってしまっていて、どこがどこに通じているのかわからないし、全部を試していたらとても大変だ。
なら、一度わかる所まで行けばいいと考えたんだ。
回り道になるかもしれないけど、適当に走り回るよりずっと確実に外に出れるはず。
「ノクトは本当に頭がいいなあ」
ぷいっとお尻を向けて、ノクトは荷物の方に向かってしまう。
『あなたが考えていないだけよ。ほら、シアン。もう落ちついてきたでしょう? 料理ぐらいはできるでしょう。レオン、あなたはテントを組み立て……あたしの言う通りに作業するのよ』
「うん」
「はーい」
僕はまだ足元がフラフラしているシアンを助けながら、初めての野営に挑戦するのだった。