132 ドラゴンさん、そっくりさんに会う
132
「忘れ物はありませんね」
シアンがまわりをを見回した。
僕も同じように見て、たしかめる。
忘れ物はないと思う。
テントがあった場所の雪がへこんでいるだけで、あとは雪がつもっているだけ。
いつでもお出かけできる。
トントロとピートロたちと替わりばんこに眠って、起きて、朝ご飯を食べて、お片づけして集まった。
集まったんだけど。
「アネゴ、ハンスのオジキがいないっす!」
お散歩に行ったハンスがもどってない。
シアンはもう一回周りを見て、それからため息をついた。
「これは放って行ってしまってもいいんでしょうか?」
そういいながら、僕の頭の上でまるくなっているノクトを見る。
ノクトは猫耳をピコピコさせてからしっぽを振った。
『……近くにはいないわね。いいんじゃないかしら。元々、勝手についてきていただけなのだし』
「ノクト、ハンスがかわいそうだよ?」
置いてけぼりにしちゃったらハンスはさびしいんじゃないかな。
だけど、ノクトはぷいっと他の方をみちゃった。
かわりにピートロが手を上げる。
「あの、遭難しているかもしれませんよ? モンスターに襲われて怪我をしているのかも」
「最強冒険者ですからね。中層で遭難するとは思えませんが……」
ハンスは中層の部屋をいくつも知っているみたいだった。
それにとても強い。
モンスターに負けちゃうとは思えない。
「雪で寒くて動けなくなっているかもしれないっす!」
みんなの服も作ってくれたトントロにはハンスの服が気になるみたいだ。
「まあ、普段着以下の服装でしたけど」
『まるで寒がっていなかったじゃない』
そうだね。
ハンスは寒いのはへいきみたいだった。
きっと暑いのもだいじょうぶだと思う。
そんなハンスが帰ってこない。
心配だ。
そうしていると頭の上でノクトがため息をついた。
『……探そうにもあの子は見つけづらいのよ。遠くに行かれると魂魄の気配が感じられなくなるの』
あ、ノクトはちゃんとハンスを探してくれていたんだ。
放っておくみたいな言い方していたけど、心配していたんだね。
ちょっと冷たいかもと思ってしまった。
反省。
『レオンなら見つけられるんじゃないのかしら?』
ノクトが前足で僕のおでこをたたいてくる。
ノクトは魂魄を感じられるけど、僕はもっといろいろなモノを見ようとしたら見れる。
だから、ハンスを見つけられると思たみたいだ。
「んー。この部屋にはいないと思うよ?」
でも、ハンスはこの雪の部屋にはいない。
きっと他の部屋に行ってしまったんだと思う。
どこかに扉があったんだろうなあ。
「レオン、どこに向かったかはわかりますか?」
「ううん。足あと、雪で消えちゃったし。匂いもないから」
ハンスのお散歩をずっと見ていたらわかったと思うけど、あの時はシアンたちとお話していたからなあ。
どこに行っちゃったかはわからない。
「湖の方角に走っていったのは見ましたが……」
『それだけじゃ当てがないわ。いいから出発するわよ。どうせ次の扉を探しながら進むのだし、その方向をあの子の向かった先にしておけばいいじゃない。向こうが合流しようと思っているなら合流してくるでしょう』
そういう事になった。
テントのあた場所にノクトが出した木の棒をさして、『先に行くよ』ってお手紙をはって、目印にして。
僕たちはいつもみたいに並んで進んでいく。
進むのは湖の方。
とりあえず、ハンスが向かった方だけど、どっちにハンスが行ったかはわからない。
湖のまわりを歩いたのか、それとも湖からはなれていったのか。
僕たちは湖のまわりを歩く。
シアンが地図を描くのに、その方がわかりやすいからって。
歩き続ける。
シアンが探知の魔導を使って、地図を描いて、歩いてとくり返しながら。
しばらく、それだけで何も起きなかった。
昨日みたいにモンスターがおそってもこない。
僕とトントロは歩きながらお話しかしてなくて、ちょっとたいくつだ。
そうしていると、ノクトが体を起こした。
猫耳を立てて、右の方をじっと見つめている。
『降下銀鷹、来るわよ。右手の方角から三羽。それから後ろにも横取り餓狼の群れがいるわ。なかなか大きい群れ――二十匹以上……二十七匹かしら』
昨日も戦ったモンスターたちだ。
シアンたちが戦う支度をする。
僕とノクトは一番後ろ。
シアンとピートロはすぐに杖を持ち上げて魔導の準備をするし、トントロは二人の前に立ってひづめをぶつけ合う。
「トントロは横取り餓狼を止めてください。後ろはすぐそこが湖ですから前に集中してもらって構いません。ピートロは左右から来る連中の対処を。降下銀鷹はわたしが落とします」
うん。
昨日もそんな感じで戦っていて、だれもケガしなかった。
きっと今日もだいじょうぶだと思う。
でも、それは見えている相手だけだ。
そっとしずかに、かくれて、そろっとしているのはあぶないんじゃないかなあ。
「ねえ、ノクト。あっちは?」
『あっち? あっちって湖じゃない。そんなところに――!』
とちゅうでノクトがおどろいたみたいだ。
しゃべるのをやめて、毛をさかだてた。
あ、ノクトも気づいたみたいだね。
『シアン! 水中から来ているわ! 大型の……これ、まさか?』
「すみません、ピートロ。上の対応をお願いします。トントロは迎撃じゃなく牽制で時間稼ぎをしてください」
たのまれた二匹はやる気いっぱいだ。
もう目に見えているモンスターを二匹だけで相手するつもりでいる。
「はい! アネゴ様、お任せください!」
「うっす! オイラ、やっつけるっす!」
「いえ、やっつけるんじゃなくて止めてもらえば……うん。トントロはそれぐらいの気持ちの方がいいかもしれませんね」
ちょっと困ったみたいに笑って、シアンが僕の方に近づいてくる。
ノクトが見る湖をじっと見つめて、それから首を振った。
「わたしには見えませんね。ノクト、何が近づいているんですか?」
シアンには見えないみたいだ。
湖の水はきれいだけど、奥の方はよく見えないのかな。
うん。
だから、いろいろとあるのがわからないんだ。
僕はシアンの手を引いて、ちょっと湖からはなれる。
それからノクトはしばらく猫耳を動かし続けて、それからため息をついた。
『間違いないわ。どうして、こう何度も……』
「ノクト? 何が来ているんです?」
『来るわよ!』
そうやって聞くのと、湖からそいつが飛び出したのはいっしょになった。
ドパーンって大きな音を立てて、湖の水が空まで浮かんで、それから雨みたいに落ちてきた。
しずかに水を受け止めた雪がとけていく。
そんな中、どしんと重い音を立てて着地する大きな体。
大きな狼と獅子の頭。
山羊の胴体に魚の鱗。
前足はトカゲで後ろ脚は馬。
大蛇と蛭が尻尾。
背中から鷲と蝙蝠の翼。
前に見た事のあるモンスターにそっくりだ。
「僕、覚えているよ。こいつ、濫喰い獣王種だよね」
ウサギの次に戦ったからよく覚えている。
人間の体になったばかりでうまく戦えなかったから大変だったなあ。
けど、シアンもノクトもうんって言ってくれない。
ふしぎに思っているとトントロとピートロもびっくりしてしっぽをピンと立てていて、戦っていたはずのモンスターはあわてて逃げていっていた。
なんだか、みんなしてこいつが怖いみたいだ。
「あれ?」
首をかしげる。
たしか、濫喰い獣王種は強いモンスターだってシアンたちは言っていた。
けど、今の僕たちの方が強いと思うんだけど……。
「レオン、違います。これは濫喰い獣王種なんかじゃありません」
ちがったみたいだ。
自信があったのに、はずかしい。
それにしても、シアンは変な顔をしている。
笑っているような、こまっているような、あきれているような。
よくわからない顔だ。
そして、ノクトがため息をついてから教えてくれた。
『ええ。五種を百体くらった濫喰い獣が濫喰い獣王種だけど、十種を百体くらえばそいつはもう濫喰い獣帝王種』
そして、またため息。
『下層レベルのモンスターよ』