131 ドラゴンさん、ハンスの昔を聞く
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おいしかった。
お肉もスープもおいしかった。
お皿とお椀についたお汁をパンにくっつけて食べるまでずっとおいしくて、とてもしあわせな気持ちだ。
僕と同じぐらい食べていたトントロはお腹がポッコリしていて、今は鎧をぬいでテントの中でぐてーってしている。
その横にすわっているピートロも頭がフラフラと揺れていた。
眠いみたい。
「もうこのまま寝させてあげましょうか」
『そうね。どの道、交替で見張りをしなくてはならないのだし、いいんじゃないかしら?』
水の魔導を使ってお皿とかを洗っていたシアンが笑っている。
モンスターが近づいてくるかもしれないから、誰かが起きてないといけない。
この前は僕とシアンだけだったから交替でお休みしたけど、今はトントロとピートロもいるから一人でやらなくていいんだ。
「僕、一人でもだいじょうぶだよ?」
『この前、暴走したのはどこの誰かしら?』
うっ。そうだった。
昔のお話とかしてドラゴンっぽくなっちゃったんだった。
寝ているシアンを置いてきぼりにしたのを思い出して、がっくりしてしまう。
「ごめんね、シアン。ノクトも」
「もういいですから。あれはノクトも悪かったんですから。そうでしょう、ノクト」
『……否定はしないわ』
ぷいっとあっちの方を見るノクト。
「ノクトはもう! とにかく、一人より二人です。一緒に見張りをしましょう。それとも、レオンはわたしと一緒が嫌なんていいませんよね?」
「言わないよ。シアンといっしょがいい」
「ふふふ。そうでしょう、そうでしょう! 素直なレオンにご褒美です。ほら、頭をなでてあげますよ!」
シアンがぐーって背伸びして僕の頭をなでてくれる。
シアンやトントロやピートロの頭をなでるのも気持ちいいけど、こうやってなでてもらうのはもっと気持ちがいいかも。
なんだかとても安心する。
ずっと昔もこんなのがあったような……。
『いつまでもやってないで座りなさい。ほら、ピートロは横になって休みなさい。二匹とも毛布をちゃんとかけておかないと風邪をひくわよ』
言われて僕とシアンはイスにすわる。
ご飯の時に使ったテーブルはもうノクトの影の中だ。
テントの屋根の下にイスをふたつ置いて、その間には料理に使っていた魔導具がある。
魔導具の上には小さなおなべがあって、お湯をわかしているみたい。
「じゃあ、お茶を淹れますね」
シアンが葉っぱみたいなのを入れたお椀にお湯をそそぐ。
すぐにいい匂いがしてきた。
お肉の匂いとはまたちがう匂いだ。
その間にノクトがテントの中に入っていって、影から出した毛布を二匹にわたしている。
眠そうにしている二匹はノロノロと動き出して、毛布を頭からかぶるとピッタリくっついて丸くなった。
すぐにゆったりした息づかいが聞こえてくる。
『すぐに眠ったわね』
「ノクトも一緒に寝ていていいんですよ?」
テントからもどってきたノクトをシアンが抱え上げる。
けど、ノクトは首を振った。
『あの男が気になるからいいわ』
あの男……ハンスの事かな。
僕はテントの入り口をしめながら、散歩に行ったままもどってこないハンスを思い出す。
テントの準備とご飯で忘れてた。
僕はまわりをしっかりと見て、ハンスを探してみる。
「あ、いた」
『ええ。戻ってきているようね。まったく、何をしていたんだか』
ハンスはダルダルと雪の中を歩いている。
ケガをしてたりはない。
さっきと同じハンスだ。
僕たちが見ている方をシアンも見るけど、見えないみたいだ。
お茶の入ったお椀をくれたシアンは首をかしげている。
「ノクトにもわからなかったんですか?」
『遠くに行かれると魂魄を追えないわね。ただのモンスターだったり、あの女みたいに気配を垂れ流しにしていたら遠くにいても――それこそ近くの部屋からなら伝わってくるのだけど』
「ハンスさんはそれを隠している、と」
『意図してなのかはわからないわ。下層で稼ぐソロ冒険者なら当然の対応かもしれないし』
ノクトにはハンスがわかりづらいみたいだ。
僕はどうだろう?
しっかりと見ていればわからないなんてなさそうかな。
「ああ。わたしにも見えました。うーん。何も知らないと最強冒険者なんて見えませんね」
そうやっているうちにシアンにもハンスが見えるようになったみたいだ。
こっちに手を振ってくるハンスを見てため息をついている。
「おー。帰ったよ。メシ、終わっちまった?」
もどってきたハンスは体について雪を落として、僕たちの前で地面にすわった。
イス、いいのかな?
そんなハンスにシアンはお茶の入ったお椀を渡してあげた。
「すみませんが先にいただきましたよ。簡単なものでいいなら今から用意しますけど」
『もちろん、お代は頂くわよ?』
「んー。いいや。で、この茶はいくら?」
もらったお茶をズズズって飲むハンス。
『ダンジョン価格で銅貨五枚』
「高っ! たっかあっ!」
ハンスがお茶をふきそうになった。
びっくりしている。
うーん、銅貨……ええっと、あんまり使わないからわからないなあ。
でも、銅貨って銀貨よりも弱かった……はず。
じゃあ、すごくないんじゃないかな。
「そんな事ないよ。銅貨、たいしたことないよ」
「えー。お前さんまで言うの? マジで銅貨五枚? それだけあったら普通にいい飯が食えると思うんだけど……」
ハンスはお椀を何度も見てこまっている。
シアンがノクトの頭をなでながら笑った。
「もう、レオンまで。お代はいいですよ。ノクトの冗談ですから」
『あら。最強のAランク冒険者なんだから稼いでいるでしょう? それぐらいパッと払えばいいじゃない』
いじわるを言うノクト。
しっぽと猫耳がピクピクしていて楽しそう。
「ま、それぐらい払えるけどよー。金って大切にしないとだろ?」
「ええ。激しく同意します」
『そうね。それは世の真理ね』
ハンスの言葉にすぐにうなずくシアンとノクト。
仲良しだね。
ちょっと僕、さびしい。
だから、イスを動かしてシアンに近づいておく。
「だよな。今は困ってないけど、俺って元は裸捨てされた奴隷じゃん? 金は大事にしないとって思うんだ」
「ハンスさんが裸捨てされた?」
『元奴隷?』
シアンとノクトがおどろいている。
裸捨てと、奴隷。
それは前に聞いた事があるような……。
思い出そうとしていると、ハンスがとてもやさしい目で僕を見てきた。
「お前も裸捨てされたんだってなー。俺以外に生き残れた奴がいるなんて嬉しいなー。大変だったろー」
「?」
「そ、そうですね! レオンも初めてわたしたちと会った時は大変でしたよね!」
『そうね。生まれたままの姿でダンジョンに一人で、常識も何も知らなかったから。あのままあたしたちに出会っていなかったらどうなっていたのかしら……』
シアンとノクトがあわてて言う。
出会った時の事……あ。
そうだ。僕って裸捨てってのをされたっぽい感じなんだっけ。
最初にシアンとノクトからそう聞かされていた。
それで奴隷っていうのはダンジョンのエントランスにいた人たち。
かわいそうだけど、助けちゃいけないってむずかしい話をした気がする。
「ハンスは裸捨てされた奴隷だったの?」
「おうよー。荷物持ちに雇われたんだけどなー。中層で怪我したから荷物ごと捨てられちまったんだー。あれはいま思い出しても怖かったなー」
ぶるりと肩をゆらすハンス。
本当に怖かったんだなあ。
でも、すぐにヘラって笑った。
「ま、そっから色々とあってなー。おかげでって言うのも変だけどよー。奴隷からは抜け出せたんだよー。俺を雇った連中、しっかり死亡報告してたからな。ギルマスが後見人になってくれたから、逃亡奴隷扱いされなかったし。そっからも冒険者のやり方を教えてもらったからダンジョンで金も稼げるし。今はいい事ばかりだ」
ハンスはギルマスが好きみたいだ。
僕にとってのシアンやノクトみたいな感じなのかな?
「そっか。ハンスはギルマスが大切なんだね」
あのギルマスを好きって気持ちはわからないけど、大切な人を好きっていう気持ちはなんとなくわかった。
ハンスはちょっとこまった顔をして、だけど、てれたみたいに笑った。
「まあなー。よくわからない人だけどよ。あの人がいなかったら今の俺はいなかっただろうなー。感謝してるよ。マジで」
残っていたお茶をグッと飲んだハンスは、よっと声を出して立ち上がった。
「お茶、ありがとなー。じゃあ、また散歩してくるわ」
「またですか?」
『散歩ねえ。本当に?』
シアンとノクトがじっと見つめると、ハンスはガリガリと頭をかいて、あっちの方を見てしまった。
「恥ずかしんだよ。言わせんなって」
それだけ言って、ハンスは散歩に行ってしまった。
散歩なのに走っているけど……あれって散歩なのかな?
すぐに見えなくなってしまったハンスを見送って、シアンとノクトがおたがいの顔を見合わせた。
「どうですか?」
『嘘はなかったわね。魂魄も澄んでいるし……まったく、本当に読めない子ね』
そう言ってノクトは体を丸めると、ため息をつくのだった。