129 ドラゴンさん、雪原をゆく
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僕はトントロたちから離れた所までつれていかれた。
そこまで行くと、手を引っ張っていたシアンが心配そうに僕を見てくる。
「レオン、どこか苦しいとか痛いとかありませんか?」
「ないよ? 元気」
ふつうだ。
どうしてシアンがそんな心配するのかがわからない。
ふしぎに思っていると頭の上でノクトがため息をついた。
『さっきの魔弓。あなたの闘気法……いえ、魔法? と同じ効果だったじゃない。圧縮に、魂魄破壊に、空間掘削。最後の爆裂はあの女の魔法を真似たのかしら?』
ノクトの使う言葉はむずかしい。
ただ、魔力の矢が当たった時にいろいろと起きた事を言っているのはなんとなくわかった。
あれが僕の闘気法、というか、魔闘法といっしょだって言っている。
黒い矢は、黒い箱。
白い矢は、魔力の剣。
銀色のは、パッと行くやつで。
赤いのが、『峻厳』さんの爆発。
あ、そうかも。
言われてみればそっくりだった。
爆発は……うん。
この前、たくさん体で受けたからなんとなく?
いつのまにかできるようになっていたっぽい。
「むっ。あの女の真似とは趣味がよくありませんよ、レオン。お手本にするべき人物なら目の前にいるんじゃないですかね!」
シアンがプンプンしている。
胸に手を当てて、ちらちらと僕を見上げてきた。
えっと、シアンのマネもした方がいいって事なのかな。
じゃあ、次は水っぽいのを考えればいいのかな?
それとも、あの猫っぽくなる時の方?
水のはかんたんそうだけど、猫っぽいのはたいへんそうだなあ。
でも、がんばればできる気がする。
「わかった。今度やってみるね」
「ええ! そうです! コツを教えてほしいならレオンには特別指導してあげましょう! こんなのするなんてレオンだけなんですからね!」
「そっか。うれしい」
「ふへ、そ、そうですよね! まったく、レオンは甘えん坊さんですね!」
よくわからないけど、シアンがうれしそうだから僕もうれしい。
にぎったままの僕の手ごと振り回すシアンと笑っていると、おでこに肉球が当たった。
『もう、おバカはつっこまないわよ。それより、今の体で闘気法だか魔法だか――』
「魔闘法?」
『魔闘法……闘気法と魔法の合わせ技って、それ伝説上の奥義じゃない。さらりと爆弾を落としてくるわね、この子は。まあ、いいわ。今更だし。それより、その魔闘法を使って体は無事なのね?』
前にドラゴンっぽくないのに魔闘法を使ったら、口から血が出てきたんだっけ。
あれからノクトには使っちゃダメって言われていた。
さっきも使うつもりはなかったんだけど、やってしまった。
「ごめん。使っちゃったみたい?」
『いいから。本当に体に異常はないのね?』
聞かれてうなずく。
シアンに言った通り、体はふつうだ。
苦しくも痛くもないし、血が出てきそうな感じもない。
『なら、いいわ。けど、異常があったらすぐに言いなさい』
「うん」
「ただ、普段は多用しない方がいいですね。その、種類によっては素材が残りませんし」
白いのと銀色のが当たったウサギはきれいだけど、黒いのと赤いのが当たったウサギは形ものこってない。
あれだとお金にならないんだよね。
「ごめんね」
「いえ、もうお金に困ってはいませんから」
『それでも気になってしまうわね。まあ、一概に悪いとは言わないでしょうけど』
シアンとノクトはむずかしい顔をしている。
でも、人間をするにはお金がいるんだから、がんばらないと。
とりあえず、魔力の矢は白いのか銀色のにしよう。
きっと、ちゃんとそれを使おうって思って魔力を流せばできる。
まずは水の。
その次に猫っぽいの。
それからは当たっても形がのこるやつ。
そう決めた。
「じゃあ、戻りましょうか」
『あっちもあっちで何かやっているわね』
見るとトントロとハンスがお話しているみたいだ。
近づいていくと、トントロがかけあしでやってくる。
「アニキ! ハンスのオジキからヒッサツワザを教えてもらったっす!」
ひっさつわざ。
なんだろう、とってもかっこいい感じがする。
聞いただけで胸がドキドキしてしまう。
トントロも僕と同じみたいで、みじかいしっぽがピョコピョコしている。
「どんなの?」
「ふっふっふっ。そりゃあ、見てのお楽しみだろ」
えー、ハンスがいじわるを言う。
じぃーって見つめるけど、首をふられてしまった。
「や、マジで使いどころが難しい技なんだよ。見せるためだけには使えないんだ」
そうなんだ。
じゃあ、しかたないかな。
トントロが使うときを楽しみにしていよう。
『うちの子にどういうつもりなのかしら?』
「必殺技って、闘気法の奥義ですよね。そんなものを簡単に教えてしまうなんて」
シアンとノクトはハンスをじろりって見つめている。
これにもハンスは首をふった。
「や、特に深い意味はないんだが。さっき聞いたんだけどよ。トントロ、前にここで踏ん張り切れなかったんだって? だから、そんな時に後悔しないための技を教えてみたんだ」
『トントロが踏ん張り切れなかったなんてないわ』
それだけ言うと、ノクトは僕の頭の上でまるくなった。
「あれ、怒らせちまった? なんか、わりいな」
「いえ、こちらの事情ですから。お待たせしましたね。じゃあ、行きましょうか」
シアンが言うのに僕たちはうなずいて、それから前みたいに歩き出した。
トントロが一番前を歩いて、できた道をピートロ、シアン、僕が歩いていく。
一番後ろはハンス。
あくびをしながら、のんびりとついてきている。
「面倒ですね……」
探知魔導を使ったシアンがぼそりとつぶやいた。
おでこの汗をふきながら地図を描いているんだけど、つかれているのが見ていてわかる。
「戦いがあるだけで難易度が跳ね上がります」
前も雪の中を歩いているけど、今回はモンスターがおそってくる。
モンスターは最初のウサギの他にもいた。
銀色の鳥。
白いふわふわ。
茶色のオオカミ。
それから、まっさおなクマ。
そんなのがいっぱいやってくる。
戦うのはかんたんだった。
僕が弓を使う前に、みんなだけで倒している。
けど、シアンはたいへんらしい。
「戦いになると方角を見失いそうです」
「そうですね。戦っているうちに足跡も消えてしまいますし、風景はどこも同じに見えてしまいますし」
シアンのお手伝いをしているピートロがうなずいている。
そう、なのかな?
ずっとあっちの方にある背の高い木とか、めじるしになりそうだけど。
どうやら、みんなには見えてないらしい。
「迷子にならないか心配です」
「まあ、お前らぐらいしっかりマッピングしてるなら大丈夫だろ。戦闘にも余裕があるしな」
ハンスがシアンの背中をバンバンとたたいた。
むっ、ちょっとだけ胸の中がチクチクする。
「げほっ、もう気軽に叩かないでください。わたしはレオンやトントロみたいに強くありませんから」
「ああ、わりいな。あんま人と関わらないから、そういうのわからないんだよ」
あ、チクチクがなくなった。
むう。
なんだか、こういうのがあるんだよなあ。
アルトと会った後から。
どうしたんだろう?
「さあ、行きましょう。今日中に扉を見つけてしまいたいですからね」
『とはいえ、外ならもう夕方よ。そろそろ、野営の準備をした方がいいんじゃないかしら?』
ダンジョンの中にいると今が昼なのか夜なのかもわからなくなりそうだ。
けど、ノクトにはしっかりわかるみたいで助かる。
シアンは辺りを見回して、それから僕たちを見て、考え始めた。
「雪の中はたいへんそうですね。ですが。扉が見つからなかった方がもっと悲惨です。扉の先が安全とも限りませんし……決めました。今日はこの部屋で野営です。あの丘の上。あそこなら見晴らしもよさそうですし、あそこでキャンプですよ」
シアンが今まで進んでいた先の方を指さした。
雪のせいでわかりづらいけど、丘になっているみたいだ。
「おー。いい場所を選んだなー」
ハンスがうんうんとしている。
シアンがほめられて、僕もなんだかうれしい。
「うっす! 一番のりするっす!」
「あ、お兄ちゃん! もう、一匹で行かないで!」
トントロがはりきって歩き出す。
そうして、僕たちが丘をゆっくりとのぼって、一番高い所に着いた。
先頭を歩いていたトントロが足を止める。
いつも元気なトントロがしずかにして、どうしたんだろう?
ピートロも、シアンも同じ。
「みんな、どうしたの?」
声をかけたところで、気づいた。
丘の向こう側
「……きれいだ」
そこには大きな池が広がっていた。