128 ドラゴンさん、弓を試す
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ひらひらと雪が下りてくる。
それを手のひらにのせて、シアンが周りを見回した。
「前に来た時と変わりませんね」
とても静かで、キラキラ光っている。
きれいな形がずっと向こうまで続いていた。
動く死体も。
爆発でできた穴も。
この前の戦いのあとはどこにも残ってない。
でも、この場所。
ここでトントロは一度死んでしまった。
あの時の姿を思い出して、いろいろとみんなは考えているみたいだ。
「トントロ、へいき?」
「うっす! 寒いのなんてへっちゃらっす!」
鎧をガチャガチャとならしながらトントロが両手を振り回す。
寒いのじゃなくて、怖くないか聞いたんだけどなあ。
でも、本当にへいきみたいだ。
トントロの目はやる気で燃えている。
「どこに行くっすか!? オイラ、一番前を歩くっすよ!」
「トントロが前を歩いてくれるのは安心ですけど、ちょっと落ち着いてくださいね」
シアンが辺りをもう一度辺りを見回して、それからノクトを見た。
「モンスターはいますか?」
『いるわね。一番近くが右手に三百メトルぐらいかしら』
猫耳をゆらしながらノクトが教えてくれる。
この前はぜんぜんモンスターがいなかったけど、今日はいるんだ。
『他にもちらほらと感じるわ』
「そうですか。前回はあの女の気配を感じて、逃げていたのかもしれませんね」
『ちなみに、あの女の魂魄は感じないわ』
そっか。
『峻厳』さんはいないんだ。
「なら、前に進んだ場所まで行きましょう。そこから探知魔導を使いながら前進です。今日はモンスターも襲ってくるでしょうから、全員注意してください」
僕たちがうなずくのを見て、それからシアンは扉の近くに立ったままのハンスを見た。
その目は心配とあきれが半分ずつになっている。
「ところで、ハンスさん? あなた、その装備で大丈夫ですか?」
「んー。ちょっと寒いぐらいだなー」
ハンスが着ているのはボロボロの服。
僕たちみたいな魔導装備じゃない、普通の服だ。
人間は寒いのに弱いから服を着るはずだけど……へいきな人もいるんだね。
「あの、毛布ぐらいなら貸せますよ? 予備がありましたよね、ノクト?」
『このお人好し。まあ、あるけど……』
「ああ。いいよいいよー。俺、頑丈だし丈夫だから。これぐらいで弱ったりしないんだ」
そう言って胸をたたくハンス。
本当にへいきなのはわかる。
生命力がとても強いから、寒いのに負けないんだ。
うそじゃないってわかるノクトがため息をついた。
『まったく。レオンといいトントロといい、生命力の強い子は常識が通じないわね。そもそもあなた、荷物も持っていないみたいだけど野営はどうするの?』
そういえば、ハンスは武器も持っていなかったけど、荷物も持ってない。
食べ物とか、テントとかどうするんだろう?
『まさか、あたしたちを当てにしているわけじゃないわよね?』
「いやいやいや、たかるつもりはないから。まあ、もらえるならありがたいけどよー」
『有料なら考えてもいいわね。もちろん、ダンジョン価格で割高よ』
「うわー。足元見るなー。ま、当然だけどな」
でも、ハンスはだいじょうぶだって言う。
「俺、しばらくは食べたり寝ないで動けるから。じゃないと、ソロで下層に入れないって。なんなら、夜の見張り役するぞ?」
『……本当のようね』
うん。
生命力が強いとそうなるよね。
僕もドラゴンの時は何も食べなかったし。
でも、へいきだけどお腹はすくから食べれるなら食べた方がいいと思う。
だって、おいしいって楽しいし。
「それよりさー、モンスター来てるけどいいのか?」
『ええ。シアン、さっきのモンスターが近づいているわ。百メトル先に六匹ね。大きさはあたしよりも二回りは大きい。犬にしては動きが変だけど……そろそろ見える頃よ』
雪の部屋はどこまでもまっしろで遠くまで見える。
「見えませんね」
だけど、シアンたちには見えないみたいだ。
魔導の準備をしたままじっと遠くを見ている。
「いるよ。白いウサギだ」
雪が白いせいでわかりづらいけど、雪の中を白いウサギが走ってきているのが僕には見えていた。
ウサギは小さく速くはねて、どんどん近づいてきている。
『雪隠れ大兎よ。強力な冷気を吐き出すけど、雪の中だと見つけるのが難しい相手ね』
「こいつも倒したらおいしいにおいがするの?」
道連れ兎を思い出す。
あの時はたくさんモンスターがやってきて大変だった。
人間になったばかりでうまく体も使えなかったし。
今なら……だいじょうぶかな?
『あんな厄介なのが大量発生していたらダンジョンなんか閉鎖しているわよ。雪隠れ大兎は倒しても何も起きないわ。それから、レオン。あなた忘れてないわね?』
じろっと見られて思い出す。
そうだ。
今は思いっきり戦っちゃいけないんだ。
「ごめん。ちゃんと弓を使うね」
『本当に……自分の事なのだからしっかりなさい』
ノクトがため息をついて、白い息がふわっと流れていく。
『ちょうどいいわ。レオン、その弓を試してみなさいな』
「いいですね。魔弓の威力はどこかで試さないといけませんでしたから。ここなら被害を気にしないで試せます」
雪の部屋には僕たち以外の冒険者はいない。
失敗しちゃってもだいじょうぶだ。
やった。
初めて使えるんだ。
練習だと魔力の矢を使えなかったから楽しみだなあ。
僕はウキウキしながらドラゴンシャフトを魔弓に変えた。
「おおー! カッコいいなあ、それ!」
ハンスが目をキラキラさせている。
ドラゴンシャフトが気に入ったみたいだ。
僕もそう思う。
「うん。かっこいいよね。トントロ、ありがとう」
「うっす! うまくできてよかったっす!」
トントロがうれしそうだ。
弓を持ってなかったら頭をなでてあげるんだけど、それはちょっとガマンだ。
ウサギはもう近くまで来ている。
「あ、見えました! なかなか速いですね」
「わたくしだと数を増やさないと当たらないかもです」
シアンたちは魔導の準備をしてくれている。
僕が失敗しちゃった時のためだね。
だから、安心して撃てる。
「ん、と」
僕はガルズのおじさんに教えてもらったように弓を構える。
足を広げて、まっすぐに背中を伸ばして、魔力を流して矢を生み出して、胸をはるみたいにしてひきしぼって、しっかりと狙って――。
「ちょっ、レオン! 魔力が多すぎです! もう少し抑えて下さい!」
『おバカ! またダンジョンに大穴作るつもり!?』
あ、魔力が多かったみたいだ。
矢を弱く……小さくまとめて、と。
うん。これぐらいかな。
シアンもノクトも何も言わないからきっとだいじょうぶだ。
「えい」
そのまま矢を放つ。
魔力の矢はヒュンって空を飛んで、黒色の線がすっと伸びていって、一番近くに来ていたウサギの胸に当たり。
キュゴッ。
そんな音を立てて、ウサギを消し飛ばした。
「あれ?」
魔力の矢が当たったウサギはどこにもいない。
というか、ウサギの周りの雪とか地面もなくなった。
だって、矢が当たったら魔力がまあるくふくらんで、ぎゅうってちぢまって、ぜんぶ飲み込んじゃったから。
魔力が消えた後には何も残ってない。
きれいな穴ができあがっている。
「おかしい……」
練習だと矢は的に当たって、向こう側に行っちゃうだけだったのに。
飲み込んじゃうのは初めてだ。
僕は首をかたむけながら次の矢を用意する。
今度はまとめて五本。
魔力が多すぎないようにして、うまく持って、と。
「なんか色がちがう」
黒かったり、白かったり、銀色だったり、赤かったり。
まあ、矢は矢だ。
当たれば刺さる、はず。
近づいてきていたウサギはびっくりして立ち止まっている。
消えてしまった仲間がいた場所を見て、僕たちを見て、何があったかわからないみたいにキョロキョロしていた。
うん。
これならぜったいにはずさない。
「バイバイ」
僕はヒュヒュヒュヒュヒュンって矢を放って、のこりのウサギたちも倒した。
倒した、けど。
「あれえ?」
矢が当たったウサギはさっきみたいに消えてしまったり、形を残したまま魂魄がなくなっていたり、小さな穴ができていたり、爆発しちゃったりしていた。
なんだか、僕の教えてもらった弓矢とちがう。
でも、モンスターは倒せた。
「……ならいっか」
「よくありません。レオン、ちょっと来てください」
ダメらしい。
僕はシアンに手を引かれて連れていかれてしまうのだった。




