11 ドラゴンさん、ウサギの正体を知る
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『さて、襲撃で途中になっていた話をしましょうか』
先頭を歩きながらノクトが振り返らないまま話しかけてくる。
「襲撃の前って……なんだっけ?」
「ほら、あの時はまずレオンの話を聞いたじゃないですか。それからわたしとノクトの方を話すって」
思い出せない僕に気付いて、隣を歩いていたシアンが教えてくれた。
そうだったっけ? 言われてみればそうだったような? シアンが友達になってくれた事が嬉しすぎて、すっかり忘れていた。
言われてみると、僕がシアンとノクトについて知っている事は少ない。
シアンは大魔導使いで、なんか色々ときれいで、一番大切なのは僕の初めてのお友達。
ノクトは妖精? みたいで、あと、魂魄が離れていてもわかるすごい猫。
それぐらいかな。
だから、どうして僕が最初に気絶した広場にやってきたのかも知らない。
「シアンたちはどうしてダンジョンにいるの?」
「そうですね。自己紹介の時は話していませんでしたっけ。実はわたしは冒険者をしているんです」
冒険者。
なんだっけ、さっきの話とかでもちょっと名前が出ていたような気がするけど、よくわからない。
『冒険者というのは、ダンジョンに潜って、モンスターを狩って、命石や魔石、場合によってはモンスターの素材を手に入れる仕事をしている人間よ』
そういえば、シアンもノクトも魔物の事をモンスターって呼んでいるな。
これも新しい呼び方なのかもしれない。
これからは僕もモンスターって呼ぼう。
それで、仕事だっけ? それは僕も知っている。
それをするとお金がもらえるんでしょ。
「じゃあ、ここに仕事に来たの?」
「それは難しい質問ですねぇ。なんといいましょうか……総括的かつ不可逆的かつ一元的かつ恒久的かつ宿命的かつ多元的な深い深ーい事情がありましてね?」
何故か僕から目を逸らすシアン。
とりあえず、何を言っているかわからないけど、とっても難しい理由があるらしい。
『シアン、あたしは嘘が嫌いよ。誤魔化す範囲内にしておきなさい? あと、一元的かつ多元的な事情なんてあるならあたしも聞いてみたいわ』
「うっ……わかりました。ちゃんとお話します」
覚悟を決めたっぽいシアンは何故か腕組みすると、一転して笑顔になった。
「今日、わたしはあるパーティ――ああ、冒険者の仲間の事です――たちに頼み込まれて、上層の特別区域の調査に来ていたんです」
「特別、区域?」
「ええ、何を隠そうここの事ですよ。通称、道連れ兎の巣。Aクラスの冒険者パーティでも近づかない、いえ、近づけない超超超危険区域です。わたしみたいなすごい大魔導使いの協力が必要になるのも仕方ありませんね!」
『ええ。頼み込まれたら依頼を受けてしまう魔導使いなんて、シアンぐらいでしょうね?』
「うぐっ!」
チクリとノクトに小言を指されて、シアンは胸を押さえるけど、すぐに立ち直った。
「そうだ。その道連れ兎ってなあに? 僕がさっき死なせちゃった兎の魔物――モンスターだよね?」
「ええ。脅威度Aランクの凶悪モンスターです」
その脅威度Aランクというのはよくわからないけど、あの兎はそんなに強くなかった。
なにせ、マナを生命力に転換しただけでショック死してしまうぐらいなんだ。
あまり強くないのは濫喰い獣王種も同じだけど、あれよりもずっとずっと弱いのは間違いない。
『単体としては角の生えた兎よ。それだけなら脅威度はE以下でしょうね。駆け出し冒険者でも油断しなければ倒せるわ』
「でも、あいつは倒しちゃダメなんです。倒しちゃうと飢餓誘引の匂いを出しますから」
飢餓誘引?
「簡単に言うと、道連れ兎が死ぬと、特別な匂いが辺りに広がってしまうんです」
『その匂いを嗅ぐと、急激に飢餓状態、お腹がすくようになるの。理性も本能も簡単に吹っ飛んでしまうぐらいにね。あなたもそれ嗅いだんじゃないかしら? 道連れ兎を倒した時に』
思い出してみると、確かに道連れ兎が死んでしまった後、急にお腹の辺りが変な感じになったっけ。
いい匂いがして、ぐるぐると音がして、兎が変に見えた。
あれが飢餓――お腹がすくっていうやつなんだ。
「知らなかった。僕、ものを食べた事なかったから」
「ええっ!? それは人間になってからじゃなくてですか!?」
「うん。ドラゴンの時から」
生きているものが他の動物や植物を食べて生きているのは知っていた。
でも、僕はマナから生きるのに必要なものは手に入れられたから、いちいち食事なんてした事がなかったんだ。
牙で噛み殺したモンスターも、臭かったから吐き出してたし。
昔の事を僕が思い出していると、シアンとノクトはびっくりした顔で僕を見ていた。
「そ、草食系……いえ、絶食系ドラゴン?」
『この子、本当にどういう体の構造しているのかしら? 本当に生物なの?』
「どうしたの?」
声を掛けるとシアンは肩をびくりと揺らせて、そして、僕の方に手を置いてくる。
「いえ、なんでもありません! レオン、外に出れたらご飯を食べましょう! 大丈夫です。ちゃんとわたしがおごってあげますから!」
「うん。喜んで!」
おお。初めてのお友達とお出かけの約束をしてしまった。
やっぱり、すごい。
シアンと出会ってから新しい世界がどんどん広がっている。
この調子なら僕もすぐに友達が百人ぐらいできてしまうんじゃないだろうか。
『二人とも足を止めないの』
笑顔で頷き合う僕とシアンを冷たく見据えてくるノクト。
そうだった。洞窟を歩いている途中だったんだ。
『……話がずれたわね。とにかく、道連れ兎を倒すと、周りのモンスター全てが匂いにつられて集まってしまうのよ。そして、道連れ兎の取り合って殺し合うわけ』
「しかも、道連れ兎の巣には、いくつもの洞窟が上層のあちこちに繋がっているんです。それこそ上層中のモンスターが集まったかもしれません」
なるほど。
それで、洞窟という洞窟から大量のモンスターが押し寄せてきたんだ。
それと最初はモンスターが全然いなかったのも納得できた。
他のモンスターもそんなやばいモンスターの近くにはいたくないに決まっている。
「あ、じゃあ、他の洞窟に行かない? ここの洞窟のは濫喰い獣王種に食べられちゃったみたいだけど、他にはモンスターの死体が残っているから、命石も魔石も取り放題だよ」
シアンはお金がいるんだから、見逃すのはもったいない。
『それはもう大丈夫よ。あなたが気を失っている間に、他の洞窟のはあたしが回収しておいたから……ああ、やっとあったわね』
ノクトが何かを見つけたらしい。
その視線の先を追うと、洞窟のあちことに転がるモンスターたち。
色んな種類のモンスターがいるみたいだけど、どれも息絶えていて、びしょ濡れなのだけは同じだった。
『シアンの水塊圧縮で押し流されたモンスターね。回収するわよ』
「はい。ノクト、お願いします」
ノクトが近くの一匹に近づいて、その前足を載せた。
すると、その足元から影が広がってモンスターの下に敷きつめられると、音もなくその体が影に沈み始める。
まるで、影の形の落とし穴が急に開いたみたいだ。
「なに、これ?」
「これがノクトの力のひとつです! ノクトは命のない物なら、その影にしまってしまえるんですよ! しかも、ほとんど制限なし! 他の人が所有している物はしまえませんが、こうして倒したモンスターとか、ダンジョンに必要な荷物なんかもぜーんぶ持ってくれるんです!」
「すごい! こんなの僕にはできないよ!」
「そうでしょうそうでしょう! ノクトはすごいんですよ!」
『……平和な事ね、本当に』
いつも以上の得意顔を披露するシアン。
妖精ってすごいんだと感心しきりの僕。
そんな僕たちを見ないまま、ノクトは黙々とモンスターをその影の中にしまっていた。