116 ドラゴンさん、新居に引っ越す
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「これが新居、ですか……」
そんなふうにつぶやいたシアンはぼーってしている。
目の前の建物を見上げてからそのままだ。
足元にいるノクトもいっしょで、ポカンとしている。
僕とトントロとピートロはよくわかっていない。
わからない時にいつも教えてくれる人たちがダメみたいだから、もう一人に聞いてみる事にした。
「ねえ、マリア。ここって変なの?」
「変ではないよー。でもー、シアンさんたちはー、ここが倉庫って聞いていたから驚いているんじゃないかなー。私もけっこうびっくりしてるー」
地図を見ながら案内してくれたマリアは小さく笑っている。
話を聞いてもよくわからなかった。
僕たちの前にある建物。
これがアルトからもらった新しい家らしい。
本当は家じゃなくて倉庫らしいけど、よくわからない。
そもそも、普通の倉庫ってどんなのかわからないしね。
僕とトントロが起きて、次の日。
隠れ家からギルド、ギルドから『迷宮の狭間亭』まで転移の魔導具で移動して、少し女将さんとお話して、それからマリアに案内してもらってここまで来たのが今。
歩いたのは少しで着いたのだけど、それからシアンとノクトはぼうっとしたままだ。
マリアじゃわからなかったから、今度はシアンに聞いてみる。
「ねえ、シアン。ここってダメなの?」
「い、いえ、ダメって事はありません。というか、想像以上に立派な建物で驚いたというか」
『そうね。倉庫って言うからもっと武骨な物を想像していたのだけど、これは予想外だったわ』
シアンとノクトが顔を見合わせて、それから深くため息をついた。
そして、続けてくる。
「倉庫というか、これはもう豪邸ですよね?」
『こんなのを放置するなんて金持ちの考えは理解できないわ』
豪邸。
なんとなく強そうな感じだ。
もう一度建物を見てみる。
大きさは冒険者ギルドよりちょっと小さいぐらい。
うーんと、『迷宮の狭間亭』が五個ぐらい入りそうで、隠れ家が二回りぐらい大きくなった感じ?
三階建ての、石でできた家だった。
周りには石の壁があって、壁の上には鉄のトゲトゲまでついている。
家と壁の間にはお庭。
石の床と、小さなお池に、簡単な建物が見えた。
「あんまり強そうじゃない……」
「いえ、強い弱いではなくてですね?」
『資産価値をレオンに説明するのも難しそうね。ともかく、とても高級な……お金のかかっている物とでも思いなさいな』
「そうねー。この規模の家を買うならー、金貨が五十枚はいるかなー」
そっか。
お金。
お金の多いか少ないかで強さが変わるんだ。
金貨はとっても強い。
そんな金貨が五十枚。
なるほど、強いわけだ。
たしかに、今まで見てきた建物の中でもきれいだし、大きいし、なんとなくイイモノのような気がする。
「お兄ちゃん。本当にここを使っていいのかな?」
「いいんじゃないっすか? 使えって言っていたっす」
お金と聞いて心配そうなピートロだけど、トントロはあまり気にならないらしい。
僕もだ。
「入っていいの?」
見ていても仕方ないから中が見たい。
マリアは鉄の棒がつながった扉をさわった。
「うーん、門には鍵がないねー。不用心……じゃないなー。ここにエルグラドの紋章があるよー。それにわかりづらいけど魔導具もー。防壁の魔導具かなー。開かなくなってるー」
「この街でこの紋章がある場所に入り込む泥棒はいないでしょうけど……」
『余程の命知らずだけでしょう。魔導具は例の鍵と対になっているみたいね。トントロ、鍵を出してもらえるかしら?』
弓と矢のマーク。
これがあると弓聖さんの場所って意味みたいだ。
「うっす。これでいいっすか?」
首からヒモでぶらさげた鍵をトントロが取り出す。
すると、鍵が光りだして扉に向かっていった。
そして、だれもさわっていないのに勝手に扉が開いていく。
「おー、ちょっとかっこいい」
「無駄に手が込んでいますね。この魔導具、いくらするんでしょう?」
『アルトの趣味かもね。秘密基地みたいな使い方していたようだし』
僕たちは庭に入ってみる。
外から見たのと変わらないけど、中に入ると急に静かになった。
街の音が遠くなった感じ。
「これー、防音の魔導具まで使われているねー」
「アルト、実はエルグラド家の人間としてかなりストレスが溜まっていらんじゃないですか?」
『生真面目な性質だと損するわね』
ふうん。
弓聖さんも大変なんだね。
ここからも見える大きな弓聖像をながめて、かわいそうだなって思う。
でも、それよりも像をこわしたい気持ちの方が強いな。
うん。やっぱり、あんまりかわいそうじゃない。
そんな事を思っている間に建物に着いた。
ここもトントロの持っている鍵が光ると、勝手に木の扉が開く。
そして、またまたシアンとノクトが固まった。
後ろから中を見たマリアも口元をおさえている。
「これはー、倉庫とは言えないなー」
家の中。
最初に見えたのはまっかな布。
見ただけでふわふわしてるのがわかる布で、それが真ん中にしかれている。
布のない場所はピカピカの石だった。
そんな床が奥まで続いている。
「大きいっす!」
「お兄ちゃん、一人で行っちゃダメだよ?」
トントロとピートロが入っていったから、僕もちょっとだけ中に入ってみる。
やわらかい足元が気になったけど、入ってみると上も気になった。
上は高い。
隠れ家よりももっと。
天井にはキラキラ光る透明な石がいっぱい。
ダンジョンの光る鍾乳石みたいだ。
そして、最初の部屋は魔導装備の服を買おうとした時に行ったお店みたいな感じだ。
広いお部屋に階段があって、階段が二階と三階に続いていて、その先で通路につながっているのかな。
通路にはたくさん扉がついているのが見える。
でも、それだけじゃなくて広い部屋から奥にまで通路があった。
奥を見ると、こっちにも扉とかがある。
お部屋がとっても多い。
あと壁には絵が、廊下にはツボが置いてある。
「これのどこが倉庫なんですかねえ。あの壁に飾ってあるの有名画家の作品じゃありませんか? この壺も高級品ですよ」
『最低限の管理ってどういう意味だったかしら?』
シアンとノクトはまたまたため息だ。
新しいお家をよろこんでいたのに、今はそうでもないのかな?
「アニキ、ここに住むっすか?」
「うん。そうみたい。トントロは気に入った?」
「うっす! オイラ、魔導装備を作る部屋がほしいっす! 探してきていいっすか!」
「あ、わたくしも霊薬を作る部屋があると助かります……」
トントロとピートロは早く部屋をみたくてうずうずしている。
ここはトントロがもらった場所なんだから、好きにしてもいいんじゃないかな?
「いいよ。気を付けてね」
「うっす! ピートロ、行くっすよ!」
「あ、お兄ちゃん、おいてかないでよ」
走り出したトントロにピートロがあわててついていく。
トコトコと走っていく二匹を見送って、僕はシアンたちを振り返る。
まだまだ、びっくりしているみたいだけど、このままじゃ話が進まない。
「ねえ。シアンたちは部屋、どうするの?」
「……緊張して眠れなさそうで怖いですね」
『冗談で済まなそうなのが悩ましいわ』
「今から『迷宮の狭間亭』に帰るー? あそこなら緊張しないでしょー?」
「それはうちが貧相だって言いたいんかい、マリア?」
後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには大きな包みを持った女将さんがいた。
苦いのを食べた時みたいな顔をしている。
「ったく、いきなり出ていったと思ったらいきなり戻ってきやがって。その上、さらに面倒事を持ち込まれるなんてごめんだよ」
「そんな事を言いながらもー、持ってきてくれたそれは何かなー?」
マリアが顔をのぞきこむみたいに話しかけると、女将さんは乱暴に荷物を突き出してきた。
もう少しでマリアの顔に当たりそうになって、マリアはあわててよけていた。
荷物からはとてもいい香りがする。
これは女将さんのご飯の匂いだ!
「買い出しのついでに寄っただけだ。引っ越し前にそれで腹ぐらい満たしておきな。マリア、あんたも案内が終わったなら帰りな。どうせ仕事が山ほどあるんだろ?」
それだけ言って、マリアを連れてさっさと帰っていってしまう。
その背中を見送っていると、シアンの肩から力が抜けたみたいだ。
「ふふ。なんだか緊張がほぐれてしまいました」
『そうね。思い出してみればシアンも昔はこれぐらいの生活をしていたのだし、慌てる事なんて何もなかったわね』
「ですです。この一年で完全に頭から抜けていましたよ。さあ、レオン。わたしたちも自分の部屋を決めてしまいましょうか。特別、レオンはわたしのお隣にしてあげてもいいですからね!」
「うん。シアンの近くに入れるならうれしい」
「ふ、ふふ。もう、レオンは正直なんですから! 仕方ありませんね! ほら、一緒に選びますよ!」
そうして、僕たちは新しいお家で生活を始めるのだった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




