114 ドラゴンさん、説明会②
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「そのセフィラというものは危険なものなのでしょうか?」
ピートロはトントロを心配そうに見ていた。
トントロを生き返らせるとき、僕の中にあった【王国】を半分あげているから気になるんだね。
その気持ちはノクトもわかっていると思う。
ちょっと考えてから、ピートロを見下ろした。
『セフィラそのものの危険性は高くないわね。むしろ、セフィラにはマナの転換を助ける働きがあるから、持ち主の力を高める効果があるわ』
へえ。
じゃあ、僕がいっぱい生命力と魔力を使えるのはセフィラのおかげなのかな。
「僕のこれ、そんな事ができたんだね」
『レオンのそれはもう一段上の話よ。本来は形のないセフィラを物質化しているわ。おかげで制御力が上がったようね。前より生命力と魔力をうまく使えるでしょう?』
そうだね
『峻厳』さんとの戦いでも前にできなかった事ができるようになったし、あんまりドラゴンに戻っていなくても倒れなくなったし。
『それがセフィラを支配するという事よ』
支配とか言われてもよくわからない。
ただ、力の使い方がかんたんになったのはいい事だからそれでいいかな。
これができなかったら『峻厳』さんに勝てなかった――りはしないと思うけど、ドラゴンから戻れなくなっていたかもしれない。
「それで、ノクト。そもそもそのセフィラというのはどういうものなんですか? 話の流れから察するに先程のセフィロトと関係する話なのですよね?」
今度はシアンがノクトに聞く。
ノクトは小さくうなずいてシアンの頭から下りると、自分の影を広げ始めた。
『セフィラはセフィロトを形づくる象徴みたいなものね。これがセフィロトの形』
小さな猫の影が床に広がって、形を変えていく。
十個の丸。
真ん中によっつ。
右と左にみっつずつ。
それぞれをたくさんの線がつなげている。
ノクトはまず一番手前の真ん中の丸に前足をのせた。
そこに影の文字が浮かぶけど……読めない。
まだ習ってない字ばかりだ。
僕の代わりにシアンが読み上げてくれる。
「これは【王国】ですか。あの時、レオンが出してトントロに分け与えたのと同じ名前ですね」
『ええ。十番目のセフィラの【王国】よ。その上にあるのが九番目の【基礎】に、六番目の【美】で、最後に一番目の【王冠】。この真ん中の並びは『均衡』の御柱と呼ばれるわ』
ノクトはトトトと真ん中の丸の上を歩いていくと、くるりと回って右側に。
向こうからこっちに、丸を踏みながらやってくる。
『右側は『慈悲』の御柱ね。上から二番目の【知恵】。四番目の【慈悲】。七番目の【勝利】』
あ、それって僕の右側にあるのだ。
この前はなんとなく言葉が浮かんできたんだけど、あっていたんだね。
ところで、慈悲ってどういう意味だろ?
僕が首をかしげている間にノクトは左側に回った。
やっぱり、こっちからあっちに円を踏みながら進んでいく。
『最後にこちらが八番目の【栄光】。五番目の【峻厳】。三番目の【理解】よ。他にもセフィラをつなぐ二十一個の道筋とか、隠された第十一のセフィラとかもあるのだけど、長くなるから割愛するわよ』
歩き終わったノクトがおすわりすると、それぞれの丸に文字が浮かぶ。
僕は読めないけど、きっと円――セフィラの名前なんだと思う。
見ているとふしぎな気持ちになる形だ。
『もう想像できているかもしれないけど……』
「こちらは『峻厳』の御柱と呼ばれているんですね?」
シアンが先に言うとノクトがうなずいた。
どうしてシアンがわかったのかはわからないけど、その名前は知っている。
「あ、『峻厳』って『峻厳』さんの『峻厳』?」
「レオン。『峻厳』さんって……」
『シアン、これに関してはネーミングセンスも仕方ないのよ。あのクサレ女が本当に『峻厳』の英雄というなら、初めから名前を持っていないのだから』
元『峻厳』の英雄。
あの人は最初から最後まで自分の名前を言わなかったけど、最初から名前を持っていなかったの?
僕の事も『レオン』じゃなくて、『ドラゴン』って呼び続けていたし。
名前に強い気持ちがあったのかな?
じゃあ、『峻厳』さんじゃなくて、ちゃんと名前を考えてあげればよかったなあ。
『管理者の女は最後にセフィロトの代理人を生み出したの。それが三英雄。それぞれが【王国】を三分割して、担当御柱の三つのセフィラを所有した超人。彼らは長い歴史の中、自分たちなりに人々を支えるよう働きかけていたはずだけど……』
ノクトが僕の背中――六個のセフィラの剣を見る。
それからゆっくりと首を振った。
『どうやら『慈悲』と『峻厳』の英雄は既に亡くなっていたようね』
二人の英雄がもっていたセフィラが僕の中にある。
つまり、元の持ち主はもういないって事。
「レオンはその二人と会っているんですか?」
『そのはずなのだけど……』
「覚えてないよ?」
さっきも言ったけど『峻厳』さんに見覚えはないし、もう一人の『慈悲』さんもあった事はない、と思う。
ノクトは猫耳をピコピコ動かして、それから前足に頭をのっけた。
『嘘ではないわね』
あ、ウソかどうか調べたんだ。
こういう時、ノクトがいてくれると助かるなあ。
ちゃんとわかってもらえるってうれしい。
そんな事を考えていたらシアンがノクトを持ち上げた。
高い高いしているみたいだけど、シアンはほっぺをふくらませて怒っている。
「レオンが嘘をつくわけないじゃないですか!」
『わかっているわよ。悪かったわ。謝るから。ごめんなさい』
なんだろう。
シアンが怒ってくれているのがちょっとうれしい気がする。
ふしぎな感じだ。
なんとかシアンの手から逃げたノクトは、身軽にベッドの端まで逃げていって、それから丸くなった。
『ただ、レオン本人が知らないだけで必ず出会ってはいるはずだから、何か思い出したら話しなさい』
「うん。わかった」
ちっとも思い出せないけど、ノクトがそういうんだからまちがいない。
それにしてもセフィロトとセフィラかあ。
管理者とか三英雄とか。
ぜんぜん知らなかったけど、この世界で大切なものなのはなんとなくわかった。
そんなのが僕の中にあるなんて思わなかった。
「あの、いいっすか?」
トントロが手を挙げた。
たぶん、トントロは僕といっしょで話がむずかしくてわかっていないみたいで、ずっとだまっていたみたいだけど、どうしたんだろう?
「トントロ、なあに?」
「ダンジョン。次はいつ行くっすか?」
僕たちはお互いの顔を見て、首をかしげた。