113 ドラゴンさん、説明会①
113
セフィロトとセフィラ。
うーん。
セフィラってあれだよね。
僕の中にある力。
この前は『峻厳』さんのマネをして剣の形にして使ったり、もう一個あったのをトントロとハンブンコした、あれ。
今もあれは僕の中にある。
一度形にしたからかな?
出て来いって思ったらすぐに出せそうな感じ。
「えい!」
あ、出ちゃった。
六本の剣の形をしたセフィラ。
それが背中で翼みたいに広がった。
こうやって見てみると、とてもきれいな剣だ。
木でも、石でも、金属でもないふしぎな剣。
「――っ、それは!」
シアンがびっくりしている。
「これ、シアンは知ってるの?」
「いえ、知りません。知りませんが……」
知らないんだ。
知っている感じだと思ったけど、ちがったみたい。
シアンはびっくりしていたのが、だんだんとうっとりした感じになっていく。
両手を口に当てて、ほっぺを赤くして、つぶやいた。
「かっこいいですねぇ」
「えへへ」
やった。
ほめられた。
シアンにほめられるととってもうれしくなる。
「アニキ、かっけえっす!」
トントロもありがとう。
キラキラした目で見上げてくるトントロをなでていると、となりのピートロがトントロの服を引っ張った。
なんだかいっぱい汗をかいているけど、どうしたのかな?
「あの、アネゴ様もお兄ちゃんも。カッコいいだけじゃなくて、この力の方が気にならないですか?」
『ピートロの言う通りよ。そこのおバカは見た目じゃなくて、力の規模を感じなさい』
頭の上からノクトにしかられて、シアンがセキをするマネをしてからセフィラの剣に手を伸ばしてきた。
指先がふれて、すぐに離れる。
「……これは、なんでしょうか? 生命力でも魔力でも、マナでもありませんね」
『レオンはいつこのセフィラを手に入れたの?』
力。
うーん。
そうだね。
自分で出しておいて、よくわからない。
ただ、ドラゴンの時からこれは僕の中にあったような気がする。
いつからって聞かれたら……ちょっとわからない。
あの頃は体がいっぱい変わったからなあ。
頭とか翼とかしっぽが増えたり。
「ドラゴンの時からだと思うけど、よく覚えてない」
『そう。でも、この六個は間違いなくセフィラよ。そうなると、必ずどこかで『英雄』と接点があったはずなのだけど』
英雄かあ。
英雄というと思い出すのは『峻厳』さん。
あの人、自分の事を元『峻厳』の英雄って言っていた。
僕と同じ事を考えていたみたいで、ノクトが聞いてくる。
『あのイカレ女の言う事が本当なら以前に会っているはずなのよね』
ノクトは『峻厳』さんの事が本当にきらいなんだなあ。
僕は……よくわからない。
みんなに危ない事をしてきて、トントロなんか死んでしまったというのに、きらいだって気持ちがあまりつよくならない。
『けど、レオンにはあの女の心当たりはない、と』
「うん。ない、と思う」
会ってないよなあ。
でも、いろんな事を言われたよなあ。
愛してるとか、滅茶苦茶にされたとか。
何度聞いてもよくわからなかった。
「つまり、レオンのドラゴン時代のストーカーですね。まったく。自分勝手な妄想に浸かって、相手の迷惑を考えないなんて……」
シアンも『峻厳』さんとケンカしていた。
その時の気持ちがもどったみたいで、シアンはぷりぷりしている。
『それをシアンが言うのはどうかと思うけど、概ね同意ね』
「え、わたしが? え? どうかって、え?」
『流しなさいな。それより、セフィラの話よ。まずはあたしが知っている事を話しておきましょうか』
シアンが聞き返してもノクトは猫耳をペタンとして聞いてくれなかった。
ちょっとかわいそうだけど、僕も今はセフィラっていうのが何か気になる。
『セフィロトとセフィラ。それを語るにはこの世界の成り立ちからになるわ』
「世界の成り立ち、ですか?」
ピートロが首としっぽを傾ける。
僕やトントロもおんなじ気持ちだ。
世界の成り立ち、なんて言われても意味がわからない。
ただ、シアンだけは何か知っているみたいだ。
「それは創世神話のお話ですか?」
『ええ。創造神様が世界を造られて、いずこかに去り、そして、衰退しながら枯渇に至る世界のお話よ』
ノクトはどこかさびしそうに、悲しそうにしっぽを揺らしている。
めずらしいノクトの感じに心配になるけど、なんだか難しそうな言葉で僕にはシアンたちが何を言っているのかさっぱりだ。
そんな気持ちが顔に出ていたみたいで、シアンはやさしく笑いながら教えてくれた。
「簡単にお話すると、この世界を造った神様がいたんですけど、その神様は急にいなくなってしまったんです」
神様。
うーんと、えらい人――じゃなくて、えらい何か、だっけ?
ずっと前に『あの人』が言っていた気がするけど、よくわからなかったんだよなあ。
人間は神様を大切にしている、っていうのはわかるんだけど。
「ピンとこないですよね。今の時代、無神論者――神様を信じない人も多いですから」
『でも、神は実在したのよ。少なくとも遥か昔の、神話の時代には。あの方は何もない虚空に一滴の雫を落とし、雫を海に変え、海に大地を浮かべ、大地を空で覆い、空を風で満たし、風に熱を運ばせ、熱で命を育み、命がマナを生み、マナが世界を満たした。そして、最後に自らを切り分けて魂魄を散りばめたの』
ノクトは神様を知っているらしい。
そういえば、ノクトは精霊なんだっけ。
精霊っていうのも実はよくわかってないけど、普通の猫じゃないのはわかる。
昔。
ずっと昔の事も知っているのかもしれない。
それこそ、僕がドラゴンだった時よりもずっと前の事も。
そして、その神様を大切に想っていたみたいだ。
神様の事を話すノクトはとても楽しそうで、うれしそうで、しあわせそうだ。
『けど、創世神様は唐突に消えてしまった。何かあったのか、ただこの世界を見捨ててしまわれたのか、それもわからないけど』
だから、いなくなった神様を思い出して悲しくしている。
その気持ちがちょっとわかるかもしれない。
僕も『あの人』がいなくなった時、とっても悲しかった。
「ノクト、元気出して」
ふせたノクトの頭をなでると、ノクトはちょっとだけ自分から頭を押しつけてきて、それからすぐに頭を振ってしまった。
『気持ちだけ受け取っておくわ。昔の事よ』
「ノクトは素直じゃありませんねえ」
『それ、本当にあなただけには言われたくないわ』
シアンにも言われて、ノクトはいつもみたいにため息をついた。
もう本当にへいきみたいでホッとする。
『ともかく、世界は創世神様の手から離れてしまった。しばらくはそれでも世界は回り続けたわ。でも、管理者のいない世界はすぐに荒廃を始めたわ』
「……誰も世話をしない庭が荒れるイメージで合っていますかね?」
シアンが僕にもわかるように話してくれた。
ノクトはそれにうなずいて続ける。
『そうね。あたしたち精霊は世界を保とうと努力したけど駄目だったわ。ほんの少しの延命がせいぜい。次々と精霊までも消えていき、すぐに限界に行き着いた』
「限界を迎えて、それで何があったんですか?」
世界っていうのはよくわからないけど、今こうして僕たちが生きているここの事なのはわかる。
ノクトが言うにはずっと昔に世界はダメになったみたいだけど、今も僕たちはここで生きている。
だから、きっと何かあったんじゃないかな。
『新しい管理者が来たの』
そう答えるノクトはなんというか、その、なんともいえない感じだ。
さっきみたいにうれしいとか、悲しいとか、幸せとか、つらいとか、いろんな気持ちがごちゃごちゃになった感じ。
くさい虫でも噛んでしまったみたいな顔をしている。
『あの女は優秀だったわ。荒廃した世界に新しい仕組みを移植して、淀みを浄化して、魂魄を流転させた。ええ。確かに世界を救ってくれたわ。……二度と会いたくないけど』
最後の一言。
すごい気持ちがこもっていた。
ええっと、うん。
なんか、とってもいやな思い出があるみたいだ。
その人の事を聞くな、聞くなって目が言っている。
気になるけど、聞いたらひどい事になりそう。
おバカな僕でもわかる。
「その人ってどんな人だったんっす――」
「お兄ちゃん。めっ!」
わからなかったトントロが聞こうとしたけど、ピートロが止めてくれた。
うん。
よかった。
今のでもノクトの毛がブワッて逆立ったからね。
最後まで聞いていたらトントロは大変な目にあっていたかもしれない。
せっかく生き返ったんだから、命は大切にしないと。
「ほら、ノクト。落ち着いてください。大丈夫。大丈夫ですから」
『ふぅー、ふぅー……はぁ。ええ、ごめんなさい。落ち着いたわ。もう大丈夫よ』
シアンに背中をやさしくなでられて、だんだん逆立った毛がもどっていく。
ノクトは軽く毛づくろいして気持ちを落ち着かせると、話を続けてくれた。
『話を戻すわ。その女が救世した時に移植した仕組み――その名前がセフィロトよ』
あ、やっとセフィロトが出てきた。
その話だったの忘れかけてたよ。
「救世のシステム――セフィロト?」
『ええ。セフィロトの樹と言っていたわね。あの女の出身世界の概念を流用したとかなんとか。魂の昇華にはわかりやすいって。その辺りはあたしにもわからないのだけど……』
むう。
むずかしい言葉が多い。
僕が首をかしげているとピートロが手を挙げた。
「あの、セフィロトというのはちょっとわかりました。本当にちょっとですけど」
すごい。
わかったんだ。
僕にはさっきからさっぱりなのに。
「それで、セフィラというのはどういうものなのでしょうか? アニキ様やお兄ちゃんの中にあるんです、よね?」