112 ドラゴンさん、アルトの話を聞く
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ノクトはみんなをスッと見回してから、ひょいと僕の肩の上に乗っかってきた。
『まず、アルト。あなたはもうエルグラドの人間じゃなくなったけど、これからどうするつもりなのかしら?』
アルトは腕組みをして、むずかしい顔でだまっていた。
けど、しばらくするとまっすぐにノクトを見つめ返す。
「それをあなた様にお教えする義務はありませんが」
『生憎、あなた個人は信頼できるけど、あなたの元家族は信用できないのよ』
でしょうね、とアルトはうなずいた。
「放逐はされたものの、幸い都市追放は免れました。しばらくは冒険者としてダンジョンに挑みます」
「え?」
おどろいた。
アルトはダンジョンで、というか『峻厳』さんにひどい目にあった。
だから、もうダンジョンなんかに入りたくないんじゃないのかな?
ふしぎに思っているとアルトが僕を見つめてくる。
その目は……なんというか、そう。
熱があった。
空っぽみたいな中で、そこだけが熱い。
「色々と思うところはある。無論、その中でも恐怖は大きい。だが、我は弓聖の血を継ぐ者だ。あのような暴虐の輩がダンジョンにいると知っておきながら、見て見ぬふりなどはできない。何より、我が部下の命を奪った報いを与えねばならん」
ガルズのおじさんたちが感心したみたいな声を上げている。
ノクトはじっとそれを見つめて、前足の上に頭をのっけた。
『決意は本物のようね。なら、好きになさいな』
「言われるまでもない」
『けど、その前にエルグラド家の内情ぐらい話しなさい』
じろりとにらまれて、アルトはむっとする。
「勘当されたとはいえ我は弓聖の……」
『そうね。あたしも何か何まで話せとは言わないわ。でも、あたしたちの事に関してなら聞く権利があるんじゃないかしら?』
「ぬっ」
「わたしたちを巻き込みましたよねえ」
『巻き込んでいなければあなたも生きて帰れなかったでしょうね』
「ぐっ」
「お兄ちゃんも、三日も起きなかったです……」
「いやあ、死ぬかと思ったっす」
ノクトだけじゃなくてシアンにトントロとピートロまで混ざって言っていくと、どんどんアルトの顔がむずかしくてけわしい感じになってしまった。
特にトントロの最後の言葉が一番きいたみたいだ。
ノクトみたいにため息をついた。
「我が知る限り、今のエルグラド家はシアン嬢の行方を本気で探してはいない。無論、目に入れば捕えようとはするだろうし、いまだにシアン嬢の実家との繋がりを求めてはいるが……最優先ではない」
『そう。有意義な情報をありがと』
聞きたいことは聞けたみたいで、ノクトは目を閉じた。
けど、ノクトはまだ考え込んでいて、僕の方に……いや、トントロの前に立った。
「……ついでだ。これをやろう」
「? なんっすか、これ?」
ポケットから何かを出して、トントロに渡した。
小さな金属の棒みたいなのだ。
となりで見ていたピートロがつぶやく。
「鍵ですね」
「かなり昔からエルグラド家が所有していた倉庫の鍵だ。街の南が冒険者の住み家になってからは放置されていたのだが、我が幼少の頃に譲り受けて……使っていた」
ふうん。
それで、どうしてそれを?
みんなも同じ事を思っているみたいで、ふしぎそうにアルトを見ている。
アルトはノクトみたいにあっちの方を見て、早口で説明してくる。
「個人的に使っていた倉庫だ。たまに一人になりたい時に重宝していた。エルグラド家の人間は冒険者ギルドを嫌っていたからな。あちら側には滅多に立ち入らんし、そもそも倉庫のことなど覚えてもいない。だから、好都合だったのだ。最低限の管理はしていたから人が住む分にも不足はない。この隠れ家もよいだろうが、ダンジョンの中では気も詰まろう。つまり……そういう事だ!」
どういう事なの?
僕とトントロにはさっぱりだけど、シアンたちはちがったみたいで、楽しそうにくすくす笑っている。
教えてほしいけど、シアンもくちびるの前に指を立てて、シーってして教えてくれない。
首をかしげていると、アルトはむっとして、それからトントロに指を突きつけた。
「だから、それは礼だ! 街の住み家に使うがいい! こちらの懐に入り込むのが得意なようだからな!」
「? うっす! ありがとうっす!」
よくわかってないみたいだけど、何かもらえたのはわかったみたいで、トントロがぺこりと頭を下げる。
すると、アルトはとっても変な顔になった。
おなかでも痛いのかな?
「……礼はいらん。貴様には命を救われた。命の礼に報いるには不足だが、いずれ借りは必ず返す」
最後にそれだけ言うと、アルトは早足に部屋を出ていってしまった。
「おいおい。坊ちゃん、あんたは転移装置使えないだろ。上層とはいえダンジョンだぞ? 一人で帰るつもりかよ」
おじさんたちがその後を追って部屋を出ていく。
けど、出ていく前に声をかけてくれた。
「あんちゃん、大変だったみたいだが割りと元気そうで安心したぜ。また、稽古つけてやるから楽しみにしてろよ?」
「トントロ、修行」
「嬢ちゃんもな! とっておきの秘薬のレシピを実家からかっぱらってきたからよ、置いてくぜ! よく勉強して使いな!」
「せわしねえなぁ。んじゃぁ、また来るからよぉ」
バタバタと出ていって、遠くで扉の閉まる音がした。
どうやらいっしょに街に帰るつもりらしい。
『騒がしい事』
「ふふ、そうですね。でも、アルトはエルグラド家から離れて良い方向に進んだのかもしれませんね」
「それにしても、あの方……」
女の子たちが目を合わせて、それからクスリと笑う。
「ツンデレですね」
『ツンデレね』
「ツンデレでした」
声をそろえて、また笑っている。
ちょっとうれしそうにしているシアンを見ていると、なんだか胸がモヤモヤする。
うーん。
アルトが出てくるとたまにこんな感じになるけど、なんなんだろう。
なんとなく、引き寄せたままのシアンをもうちょっと強く抱きしめておくと安心できた。
「きゃっ、もう。なんだか、今日のレオンは甘えん坊ですねえ」
「そうかな? よくわからない」
シアンが頭をなでてくれるともっとホッとする。
ずっとこうしてもらえたらいいよなあ。
もうずっと昔に『あの人』にもこうしてもらった気がする。
それともシアンのはちょっとちがって、『あの人』とどっちがいいとかじゃないんだけど、とにかく、うん。
いい感じだ。
『甘々になるのは大概にして、肝心な話をするわよ。後からマリアが来る予定なんだから、それまでに終わらせないといけないの』
肩の上のノクトが僕のほっぺに肉球を押しつけてくる。
うん。
これもいい感じだよね!
『まったく。幸せそうに笑っているわね。自分の事なの、わかっているのかしら?』
「僕の事?」
『ええ。それと、今はトントロの事でもあるわね』
「オイラっすか?」
また、僕とトントロだけがわかってないみたいだ。
シアンとピートロはノクトが続きを話すのを待っていた。
ノクトは僕の肩の上から、シアンの頭の上にひょいと移動して、僕をまっすぐに見つめてくる。
とても真剣な目をしていた。
『セフィロトとセフィラの話をしましょうか』