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ドラゴンさんのセカンドライフ  作者: いくさや
第一章 目覚めるドラゴン
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10 ドラゴンさん、しかられる

 10


「も……、……っと、ね……!」


 なんだろう?

 気持ちよく寝ていたら、誰かの声が聞こえた。

 まだ眠いんだけどなあ。


「んー?」

「あ、やぁっと起きましたね!? って、ちょっと! 寝なおさないでくださいよ! こらー!」


 あれ? なんだから、こんなやり取りに覚えがあるような?

 目をこすりながら、まだ眠くてぼーっとする頭を持ち上げると、頬を膨らませて怒るシアンの顔がすぐ近くにあった。


「おはよう?」

「おはようございます……じゃないですよ。もう、ちゃんと起きましたか?」


 どうやら僕の頭をシアンの膝にのせてくれているらしい。

 うーん、ドラゴンの時は自分の尻尾を下に敷いて寝ていたけど、シアンの膝の方が柔らかくて寝心地がいいかも。


 そんな風に僕が枕の感想を思っていると、シアンは心配そうに僕の顔を覗きこんできた。


「本当に大丈夫ですか? わたしたちが追いついたら、レオンはここで血を吐いて倒れていたんですよ?」


 あー、そうだった。

 闘気法――竜撃:圧海竜『真竜の重爪』を使ったら血を吐いたんだっけ。

 二回の吐血で付いていた跡はきれいになっているのは、シアンが拭いてくれたのかもしれない。


 とにかく、友達を心配させてしまっては悪い。

 僕は上半身を起こして、ペタペタと胸やお腹を触ってみた。


「うん。平気。どこも痛くないよ」


 たしーん


 そんな音がした。

 何かと思って音の出所を見ると、そこには僕をじっと見つめる――いや、睨んでいるノクトがいた。


「ノクト?」

『………』


 呼びかけても返事がなくてちょっと寂しい。


「あはは。えっと、それでレオン。ここで何があったかわかります? ノクトが言うには濫喰い獣王種キマイラロードの魂魄反応がなくなったそうですけど」

「大丈夫。ちゃんと倒したよ」


 闘気法――竜撃:圧海竜『真竜の重爪』は、ドラゴンの爪に重さを増やしてぶつける一撃だ。

 爪で斬られて、衝撃で砕けて、最後は爪に宿った重さで押し潰されて形も残らなくなる。

 あれぐらいの魔物が耐えられるわけがない。


 それを伝えるとシアンは何とも言えない顔になってしまった。

 喜んでいるのか、悲しんでいるのか、困っているのか、色々と混ざってしまった感じで笑っている。


「あー、だから、素材になりそうなものどころか、命石も魔石も残っていなかったんですね」


 命石と魔石。

 それぐらいは僕でも知っている。

 どちらも魔物の体の中で作られる結晶だ。

 命石は生命力が心臓に、魔石は魔力が脳に、それぞれ長い時間を掛けて集って大きくなる。


 強い魔物の命石と魔力はきれいで、ドラゴンの時の僕もいくつか集めたりした覚えがあった。

 シアンもあれを集めていたのかもしれない。

 だとしたら、悪い事をしちゃったな。

 あの濫喰い獣王種キマイラロードの命石も魔石も、体と一緒に粉々になってしまっただろうから。

 今頃はマナに還ってしまっているだろう。


「ごめん。うまく手加減できなくて」

「あ、いいんですよ。そもそも、レオンがいなかったらわたしもノクトもあいつにやられていたんですから」

「でも、きれいな命石と魔石がほしかったんだよね?」

「あ、いや、別にきれいだからほしかったわけではありませんよ? 命石も魔石も冒険者ギルドに持っていくと高く買い取ってもらえますから……って、レオンは知らないですよね」


 冒険者ギルドというのはよくわからないけど、買うとか売るというのは『あの人』から聞いた事がある。

 人間はお金というのを使って、物を手に入れるんだったっけ?

 それで、たくさんお金を持っていると……えっと、幸せになれるとかなんとか。


「シアンはお金がほしかったの?」

「う。そう言われるとわたしが守銭奴みたいでやな感じですけど、お金が必要なのは否定できません」


 一転して落ち込むシアン。

 なんだか悪い事を聞いてしまったのかもしれない。

 ここは友達として慰めてあげないと。


「えっと、うん。僕、次からはやりすぎないように気を付けて、命石と魔石をシアンにあげるから、元気出して」

「いえ、いいんです。モンスターを倒して得た報酬は、倒した人が手に入れるべきですからね。お情けは優しさと違うんですよ?」


 そうなんだ。

 シアンやノクトと話していると勉強になるなあ。


「でも、やっぱりやりすぎだったんですねえ」


 そう呟くシアンが見上げるのは天井。

 そこには僕の爪痕が、五本の深い溝という形になってはっきりと残っている。

 青白光を放っていた鍾乳石はまばらになっていて、思い返してみればさっきよりここは薄暗い気がしていた。


「ダンジョンの天井や壁ってそう簡単に壊れないはずなんですけど、どうすればこんなふうになるんですかね?」

「また濫喰い獣王種キマイラロードが復活したら面倒だから、闘気法でポーンと倒しちゃおうかなって……」


 たしーん


 二度目の音がした。

 なんとなく、おそるおそる目を向けると、やっぱり音はノクトの方からしていた。

 何故かノクトは威嚇するみたいに牙をむいている。


 たしーん


 そのしっぽが地面を叩くと例の音がした。

 なんというか、この音はやばい。

 この音を前にしたら、どんな英雄だってきっと震えてしまうに違いない。


「あー、えっと、レオン。ごめんなさい。ちょっと、いえ、だいぶノクトが怒ってまして」

『ええ、そうね。腸が煮えくり返っているわ。レオン、ちょっとそこに座りなさい。胡坐をかかない! 正座! 足を折りたたんで体の下に敷くの! 背筋は伸ばす! 目を逸らさない! あたしの目を見なさい! あたしの、目を、見なさい!』


 ガーッと怒鳴られて言われた通りに従う。

 本能が今のノクトに逆らってはいけないって囁いていた。


『あなたどんな闘気法の使い方しているのよ! ドラゴンの魂魄のせいかとんでもない生命力を使うとは思っていたけど、ちゃんと身体強化もできていたのに、どうして奥義を使おうとしたら強化を切っちゃうの!? しかも、完全に! 奇麗に! 完璧に! 強化ゼロで奥義を使うとか馬鹿なの!? おバカじゃなくてただの大馬鹿だったの!? 状況的にどうしようもなくて自己犠牲的な話かもと思って黙って聞いてれば、ポーン? 面倒だからポーン!? ちょっとは自分の体を大事になさいな!』


 うう。

 怖い。

 魔物とかより今のノクトの方が怖い。


「あのぅ、ノクト? それぐらいでいいじゃないですか。レオンのおかげで助かったのは忘れちゃいけませんし」

『わかっているわよ! だからこそ、その恩人がつまんない事で死にかけたのが許せないんじゃない!』


 まだ言い足りない様子のノクトだけど、それもシアンに言われて大きく息を吐くと、ようやく打ち鳴らしていたしっぽを止めてくれた。

 怒り一色だった目の色も落ち着きを取り戻している。


『……いえ、感謝はしているのよ。あなたがいなかったらあたしたちも危なかったのはシアンの言う通りだから。それはありがとう。このお礼は必ずするわ』

「いや、それはいいんだけど……」


 誰かを守るために戦うのなんてずっとやっていた事だから。

 感謝してもらえるだけで嬉しいから、お礼なんて必要ない。


 それよりも気になる事がある。


「あのさ、奥義って……なに?」

『はあ? あなたも使っていたじゃない。奥義は奥義よ。生命力を自分だけの独特の技として解き放つ闘気法の奥義よ』


 いまいち僕がピンと来ていないのがわかったのか、ノクトは体を丸めてから詳しく説明してくれた。


『そもそも闘気法には五段階のレベルがあるの。レベル1でマナの生命力転換。レベル2で全身強化。レベル3で部分強化。レベル4で瞬間激化。そして、レベル5が最高技法の奥義。それまでの全ての技法を高水準で使える者だけが編み出せる技術よ』


 うん。難しい。

 しかし、人間ってそんな難しく闘気法を使っていたんだ。

 僕にはちょっと無理そうだ。


「そうですね。つまり、必殺技ですよ」

「あ、それならわかるかも!」

『……それでもういいわよ』


 折角、話してもらったのに理解できなくて申し訳ないけど、シアンのまとめはわかりやすくて僕には合っている。


 つまり、ノクトの言う奥義というのは、僕の使った闘気法――竜撃:圧海竜『真竜の重爪』の事らしい。


「でも、僕はドラゴンの時から同じように使っていたんだけどなあ」

「その時も奥義を使ったら血を吐いたり、倒れちゃったりしていたんですか?」


 もちろん、そんな事はない。

 ドラゴンの時は奥義を連続で何度も使ったりしていたけど、疲れる事はあっても倒れたりはしなかった。


「何か違う感触があったりします?」

「うーん。なんか、前よりもマナがたくさん生命力になるような気がする、かなあ?」


 それこそ体の外に溢れてしまうぐらい。

 でも、多くて体に悪い事はないと思うんだけど。

 僕とシアンが首を傾げていると、ノクトが溜め息を吐いた。


『簡単よ。それはあなたが人間の体になったから。いい? 奥義というのはね、体に大きな負担が掛かるの。だから、普通の人は自分の生命力の半分以上を身体強化に使って、残りの生命力を奥義に変えるのよ。そうしないと奥義を使った体が耐えられないから』

「でも、ドラゴンの時は……」

『ドラゴンの体は人間よりもよっぽど丈夫でしょう』


 あ、そっか。

 納得できた。

 人間の体になったのに、ドラゴンの時と同じ感覚で使ったから血を吐いたりしてしまったんだ。


『普通の人があなたと同じことをしたら、奥義を放つ前に筋肉がねじ切れるか、骨と関節が砕けるか、内臓が潰れるかしてるわよ?』


 ……血を吐くだけで済んでよかった。

 胸をなでおろす僕の足に、ノクトが唐突に爪を立ててきた。


「? なに?」

『……どうやら、人間の形になったようだけど、レオンの体は普通じゃないようね。あたしが爪を立てても、かすり傷もつかないわ』


 まあ、痛くはないかな。

 考えてみると、道連れ兎ジョイントラビットの棘だらけの角を掴んだ時も、痛いなとは思ったけど、手のひらは無事だった。


「そういえば、吐血するぐらいのダメージを受けていたのに、わたしが何もしていなかったのに勝手に治ってましたね」

『あなた、本当に何者なの? そんな人間、あたしもほとんど聞いた事がないわ』

「元ドラゴンの人間だけど……」


 それぐらいしかわからないから正直に答えると、ノクトはまた溜め息を吐いてから、仕方ないとばかりに起き上がる。


『嘘じゃないのはわかっているわ。とにかく、レオン。あなたはちゃんと人間らしい闘気法を使えるようになるまで、奥義は禁止よ。いいわね?』


 折角、人間になれたんだ。

 僕もそう簡単に死んでしまいたくはない。


「うん。心配してくれて、怒ってくれて、ありがとう。ノクトは優しいね」

「あ、レオンもわかりますか? なかなかやりますね! そうです! ノクトはちょっと冷たく見えてしまうかもしれませんが、とっても優しいんですよ!」

『……バカね、二人とも』


 ノクトは呟くと、洞窟の奥へと向かって歩き出した。

 僕たちが見ていると、振り返る。


『おしゃべりは歩きながらにしなさい。忘れたの? ここはダンジョンなのよ』


 そう言って、また洞窟の奥――広場とは逆の方向へと歩き出した。

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