101 ドラゴンさん、本当の強敵と戦う
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爆発した。
「ぐあっ!」
痛い。
すごく痛い。
おなかがずんずんして、どくどくなって、体がぐわんぐわんゆれる。
見てみると、お腹のあたりがまっかになっていた。
魔導装備のコートはへいきみたいだけど、シャツとかは燃えてしまって、大きな穴ができている。
「おいおいおい。どうした、ドラゴン?」
赤い人はちょっと遠く。
その近くにアルトがいるんだから……僕、ここまで吹き飛ばされたんだ。
僕がさっきまでいた場所は雪がなくなって、黒くなった地面が見えた。
赤い人の魔力。
びっくりするぐらい強かった。
それに、とっても速い。
出たと思ったら、もうぶつかっていた。
「こんなの小手調べでもないだろう? それでこの様とは……人の形になったせいか? それとも腑抜けたか?」
赤い人はぼうっとしているアルトを見もしないで、ずかずかと近づいてくる。
むずかしい言葉でよくわからないけど、なんとなくバカにされているような……ううん。がっかりされているような?
「そら、見せてみろよ。本当のお前をさ。オレの愛する本性を!」
また、きた。
赤い人の赤い魔力。
手からふんわり広がって、僕に向かって集まってくる。
霧みたいなやつ。
それは、もう見た。
おなかの痛いのはもう治ったし、へいき。
だから、ドラゴンシャフトでふっとばし――ちゃダメな気がするから、魔力剣でばっさりと斬ってしまおう。
斬るのは形のない魔力の波。
これを斬るコツは、魔力が爆発になるところ!
「てい」
剣を通す。
それだけで赤い人の魔力は魔法にならないまま、風に消えていった。
赤い人はびっくりして、でも、すぐに笑う。
「――はっ! 魔法を斬りやがったか。随分と器用な真似をする」
近づくのをやめた赤い人。
その間にいろいろと考えてみる。
この人はだれなのか?
すごい魔力と魔法はなんなのか?
僕がドラゴンってどうして知っているのか。
それから、愛してるって……なに?
「人の形になって日も少ないはずだが、この技法……なるほど。これが、ドラゴンの時の戦闘経験と才能か。ドラゴンは人となっても超級の戦闘者なわけだ」
「ねえ、君はだれなの?」
ぶつぶつ言っているから、もう一度聞いてみる。
けど、答えはない。
それに、おしゃべりにならない。
だって、赤い人はまた魔力をぶわって出したから。
「だが、そうじゃないだろう?」
今度は手だけじゃない。
赤い人の体中から魔力が出てきて、それが別々に僕に集まってくる。
「てい、てい、てい、ててい、ててててててぃ、あ――」
爆発。
体の近くで魔力が爆発になってしまって、また吹き飛ばされる。
さっきみたいに魔力剣で斬ったけど、数が多すぎるよ。
しかも、まだまだやってくる。
飛ばされた先に魔力が近づいてきて――。
「があああああああああああああああああああああああああああっ!!」
声に生命力と魔力をのせる。
音の波にぶつかった爆発の魔力は、僕に届く前に爆発していった。
熱と風がやってくるけど、知らない。
これぐらいなら僕を痛くしたりしない。
だから、爆発の中に飛び込んでいく。
白い湯気の向こう側。
そこでは赤い人が笑っていた。
「そうだ! 力のままに蹂躙する! それこそがお前だろう、ドラゴン! らしくもない小手先の技など捨ててしまえ!」
むっ。
また、むずかしい言葉だ。
でも、ガルズのおじさんから教えてもらった剣がダメって言われたような気がする。
おじさんの大切にしていた剣なのに。
それはちょっと、むっだ。
「赤い人、いじわるだ」
だから、教わった事を思い出して、うまく使おう。
まずは消す。
いろんなのを消す。
いらない動きとか、気配とか、生命力と魔力の流れとか、そんな感じのを消す。
それから、まわりといっしょにするんだ。
雪の部屋。
雪。
地面。
空気。
風。
寒いの。
冷たいの。
そんなまわりの感じと自分がいっしょになるように合わせて――。
「――は?」
そうすれば、いるけど、いないになるんだよ?
赤い人は僕が見えなくなったみたいで、辺りをキョロキョロと見回している。
これはおじさんが教えてくれた。
おじさんはやってみせてくれなかったけど、こうやればいいんだって教えてくれた。
えっと、『武の極致』とかいうんだっけ?
僕がドラゴンのままなら、こんなのできなかった。
それが今、できるのはおじさんのおかげ。
だから、それをバカにするのはダメだよ。
向こうに僕が見えてないなら近づくのはかんたんだ。
赤い人の目の前に立った僕は、ドラゴンシャフトをふりかぶって。
「せーの」
「――くっ!?」
おなかにぶつけてみた。
しっかりと手にぶつかった感じが返ってくるから、そのままドラゴンシャフトを振りぬくと、赤い人はビューンと飛んでいく。
そのまま赤い人は、アルトとか、シアンたちがいる所よりも向こうまで飛んで、雪の中に落ちた。
「うーん」
いるけどいない、はうまくできた。
けど、ダメだ。
今の、赤い人にちゃんと当たってない。
ドラゴンシャフトがぶつかる前。
赤い人の体の周りにじゃまなのができてた。
あれはまるで魔力のよろいみたいだった。
それはすぐに正しいってわかった。
ふきとんだ赤い人がばっと立ち上がったから。
「はっはっはっはっはっはっ! 自然との一体化だと!? 超級の戦闘者どころではない! これはもう超越者と言うべきだな! 人類の到達点にドラゴンが先んじて手をかけるとは――滑稽だ!」
赤い人はかってにしゃべって、かってに怒り出した。
僕を見る目はやっぱり熱くねっとりとしているんだけど、それだけじゃない感じはなんだろう?
ほんとうに、この人は何を言っているのかさっぱりわからない。
「ねえ、君はなんなの? 僕をどうして知ってるの?」
三回目。
聞いてみる。
赤い人は僕をまっすぐに見つめてきた。
目を見るだけでなんだか押される感じがする。
「知っているに決まっている。なにせ、この身は貴様に貫かれ、破かれ、蹂躙され――ああ、それはもう滅茶苦茶にされたのだからな」
………えー?
赤い人を見る。
いろいろと赤い、人間だ。
僕の知っている昔の魔法を使って、すっごい魔力を――シアンよりもずっと強い魔力をもあっている人だ。
こんな人を見ていたら、いくら僕でも覚えていると思うんだけど。
人間になってからは会ってない。
絶対だ。
それなら、ドラゴンの時?
うん。
だったら、僕がドラゴンなのを知っていてもおかしくない?
まあ、いっか。
とにかく、ドラゴンの時にこの赤い人を見た事は……ないよなあ。
うん。
見てない。
正直、人間の顔とか形をちゃんと覚えていなかったりしていたけど、見てないのは間違いない。
だって、この赤い人の魔力は本当にすごいんだ。
それこそ、『あの人』と同じぐらいなんだから。
「わからない、か」
「うん。僕は君なんて知らないよ。それに、なんでそんなにされたのに、僕を愛してる? なんて言うの?」
愛っていうのはよくわからないけど、好きのすごいのなぐらいはわかる。
僕に痛くされたのなら、きらいになっても、好きにならないんじゃないかな?
「ふん。そんなのは簡単だ」
赤い人は自分の体をギュって抱きしめた。
そして、これまでよりもずっと、ずっと、ずっと熱く強くドロドロに溶けそうな目で僕を見つめてくる。
なんというか、その、とってもイイ笑顔だと思う。
「強く、まっすぐで、それでいて容赦のない貴様が美しかったから。それだけだ」
「わけがわからないよ」
お話をしても何もわからないよ。
どうしたらいいんだろう?
僕はシアンたちに目を向けたけど、あっちもなんだかびっくりして大変みたいだ。
今にも叫びそうなシアンの口を、ノクトが肉球でふさいでいる。
トントロとピートロの二匹がシアンの足に抱きついているのは止めようとしているのかな?
ちょっと相談できそうな感じじゃない。
そんな僕の目の動きに気づいた赤い人が、ここで初めてシアンたちを見た。
初めて気づいたみたいな顔をしているけど、本当にそうなのかもしれない。
最初、ここに来た時もアルトしか見てなかったし。
「そういえば、さっきから余計な観客がいるな。オレに挑むなら来るがいい。試練をくれてやる。そうでなければ早々に去れ。これからここはオレとこのドラゴンの愛の語らいの場になるのだからな」
雑に手を振る赤い人。
それでシアンがキレた。
プッツンという音がした気がしたぐらいだ。
ノクトを引きはがすと、ビシッと赤い人を指さす。
「誰が観客ですか! わたしはシアン・ブリュー! どこの誰かまったくわかりませんが、レオンはわたしのです! 勝手な事を言わないでもらえますか!?」
「――なんだと?」
赤い人のシアンを見る目が変わった。
ただの他人を見るそれから、敵を見るようなそれにだ。
それに気づいているのか、いないのか。
シアンはまっすぐに見つめ返した。
「何度でも言ってあげましょう! レオンが最も大切にする存在、それはこのシアン・ブリューであると! 横やりを入れないでもらいましょうかね!」
なんだか、急におなかが痛くなってきたような?