9 ドラゴンさん、攻撃する
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「あっぶないなあ」
両手で濫喰い獣王種のブレスを受け止める。
手の中の魔力砲弾は勢いをなくしていなくて、僕を後ろへと運ぼうとしていいた。
このまま横にぽいっとやってしまうのは簡単なんだけど、そうしたら後ろのシアンとノクトが危ない。
だから、壊してしまおう。
手は塞がっているから、ここは足を使ってみようか。
ドラゴンの時は後ろ足なんて踏み潰す時にしか使ってなかったからちょっと自信がないけど、生命力の使い方は手でも足でも変わらない。
強化した右足を思いっきり振り上げると、魔力砲弾は破裂して砕けていった。
「よし、今度こそ――あ」
洞窟に踏み込もうとしたら、また濫喰い獣王種のブレスが飛んできた。
今度は受け止めないで、そのまま手のひらで叩いて砕く。
結果はさっきと一緒。
魔力砲弾は砕け散って、小さな粒になるとマナに還っていった。
その中を抜けようとするけど、まただ。
三度目のブレスが飛んできて、足を止められてしまう。
「しつこいなあ」
三度目も砕くけど、ブレスは次々と飛んできた。
それを砕くのは簡単だけど、これでは濫喰い獣王種の所まで行けないじゃないか。
どうしようかと両手を振りながら考えていると、気づいた。
「でも、ブレスを撃ってるなら魔物の死体も食べれないからいいかな」
「ダメですよ! 濫喰い獣王種は尻尾の蛇でも物を食べられますから!」
「あそっか」
頭の獅子がブレスを撃って、尻尾の蛇が魔物を食べるのか。
なんというか、便利な体をしていると思う。
確かにシアンの言う通り、ブレスの威力がちょっとずつ強くなっているような気もしていた。
このまま放っておくと、濫喰い獣王種が大量の魔物を食べて僕より強く……なるのかな?
濫喰い獣帝王種というのに成長しても、ドラゴンよりは弱いと思うんだけどなあ。
『シアン、魔力はどう?』
「ええ、ばっちり回復していますよ」
僕がブレスを打ち砕いている間に、シアンとノクトが動き出していた。
シアンが見つめる先は洞窟、の隅っこ?
そこに杖の先を向けると、マナを魔力に変換し始めた。
さっきの水面城塞の時より大量の魔力が生み出されては、魔導に使われている。
「立体・多数展開/2・水属性」
そうしてできあがったのは巨大な水の箱だ。
僕がまるまる入れそうなぐらいの大きさで、その割にはふわりと緩やかに空中に浮かんでいる。
それがふたつ。
洞窟の隅っこに生まれていた。
けど、それだけだった。
別に飛んでいったりしないし、盾になったりする様子もない。
あんなにたくさん魔力を使ったにしては、意味がわからなかった。
なのに、シアンは疲れの見える様子ながらも得意そうに笑っている。
「シアン?」
「ふう。ちょっと疲れました。レオン、攻撃が少しでも減ったら行ってください。こっちは大丈夫ですから」
どうやらシアンに考えがあるらしい。
僕は考えるのが苦手だ。
今までドラゴンの強さがあれば、大体の事は解決できたから、考える必要がなかった。
だから、今はシアンを信じて言われた通りにやろう。
「わかった。信じる」
「ありがとうございます。後悔はさせませんから」
僕の返事に、頷くシアンの顔は相変わらず自信でいっぱいだ。
なんというか、彼女のこの顔が僕は好きだった。
シアンの『強さ』がよくわかるから。
「今のわたしでは濫喰い獣王種を倒すだけの魔導を使えませんけど、その食事を邪魔するぐらいならできますよ!」
僕がブレスを砕いたタイミング。
シアンが杖を横に薙いで、魔導を完成させた。
「――水塊圧縮」
その瞬間、水が噴き出した。
まるで箱を形作っていた透明の板に穴でも開いたよう――いや、これはそれ以上の勢いじゃないか?
水の箱から溢れ出した水が、まるで洪水みたいなすごい勢いで洞窟の方に向けて流れていく。
濫喰い獣王種のブレスが飛んでくるけど、水の流れには関係ない。
なにせ流れているのは洞窟の隅っこだ。
いくら洞窟を埋める程に大きい魔力砲弾でも、洞窟の全てを覆ってしまう程ではない。
水流はブレスの隙間を抜けて、奥へと向かっていった。
それから僕がブレスを三度砕いた時、シアンの予言どおりにブレスの攻撃が止まった。
「魔物の死体ぐらい流せますからね。驚いてブレスを止めちゃったんじゃないですか?」
得意げに呟くシアンだけど、魔導を使いすぎたのか杖にすがりついていて、立っているのもやっとみたいだった。
いい笑顔だけど、限界っぽい。
『レオン、奴は洞窟の五十メトル先――あなたが歩いて七十歩ぐらいの位置の天井にいるわ』
ノクトが教えてくれる。
そうか、羽があるんだし空を飛べても不思議ではない。
何も考えないで突っ込んでいたら、失敗していたかも。
もしも、僕が失敗いしたり、間に合わなかった時、シアンもノクトも濫喰い獣王種のブレスを防げない。
だから、僕がそれより先に、確実に、あいつを倒すんだ。
「うん。いってくる」
今度は全力で踏み込んだ。
地面が砕けて、ちょっとへこんでしまうけど、そのまま勢いに任せれば、僕の体は宙に浮いて――いや、飛んでいた。
だいぶ、慣れたつもりだけどうまく加減ができない人間の体。
本気で地面を蹴ってしまえば、軽くなった僕の体が浮いてしまうのはわかっていた。
でも、それで構わない。
だって、ここは洞窟なんだ。
足場は地面以外にだっていくらでもある。
何より、二本足で走るよりも、元ドラゴンは手足を使って走る方が慣れていた。
迫る天井の鍾乳石。
そこにまっすぐ突っ込んで、圧し折り、砕いて、突き抜けて、天井に激突する前に両手両足で着地する。
そして、今度は天井を蹴り、地面へ飛ぶ。
地面から、天井へ。
天井から、壁へ。
壁から天井へ。
天井から壁。
壁、地面。
地面――見つけた。
七度の飛行を一呼吸で終えた時、僕は見上げた天井に濫喰い獣王種の姿を見た。
怪我もすっかり治っていて、さっきよりも一回り以上大きくなっている。
見上げる僕と目が合った。
その目に浮かぶのは驚き、怒り、戸惑い――そして、何よりも色濃い恐怖。
そう、魔物も動物だ。
正面から戦って絶対に勝てない相手ぐらい、本能で理解できる。
「――じゃあね」
闘気法――竜撃:圧海竜『真竜の重爪』
集めた生命力を乗せた腕の一振り。
同じ闘気法でも竜撃:砕嵐竜『真竜の咆哮』と決定的に違う。
あれは威嚇で、これは本当の攻撃。
ドラゴンが敵を仕留めるために振るう本気の爪だ。
人間の爪はドラゴンのそれよりずっと弱いかもしれないけど、そんなの関係ない。
闘気法で生み出された生命力を腕に集めて、爪を形作れば役割は果たせるのだから。
「GA――」
濫喰い獣王種が何をしようとしたのかはわからない。
攻撃か、防御か、逃避か、それともただ悲鳴を上げようとしたのかもしれなかった。
でも、そんな相手の挙動も、その異形の肉体も、またたきの後には残らない。
爪の一撃は濫喰い獣王種を切り裂き、打ち砕き、最後は押し潰していた。
獅子の頭も、山羊の胴体も、馬の足も、大蛇の尻尾も、蝙蝠の羽も――何も残らない。
残ったのは爪痕の残る天井だけ。
僕はひとつ頷いて、
「がふっ!」
血を噴き出してから倒れた。