7妹馬鹿と馬上試合
レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、妹マリアンを世界で一番可愛いと思っている。
それはマリアンがこの世に残されたただ一人の家族であるから、という理由が大半だが、母親によく似たマリアンの容姿に、憧憬的な好ましさを覚えているという事も多少あった。
『……』
ヘクターにとって、自分を心から愛し優しくしてくれた母親は、その後の異性の好みを確立させるには十分な存在であり。よってヘクターの好みの女性は、母親やマリアンに似た、陽気な丸狸顔の可愛らしい顔立ちだった。
それは生まれてからこのかた、ずっと変わっていない。
『……の、に、だっ』
「っ……騎士の名誉にかけて奮闘なされる事を、お祈り申し上げます」
――そのはずだったヘクターは、作法通り言葉を贈る目の前の天敵に、奇妙な可愛さを覚えてしまっていた。
『な……なんだどうした女狐?! 何を企んでいる?!』
というより、可愛さを覚える事に拒否反応を覚えていた。
それほどまでに、何かを必死にこらえるようにしてこちらを睨み、どこかたどたどしく言葉を返す天敵――シルヴィアは、可愛かった。
『う、嘘だっ!! いつも一言ったら百返してくるような知恵が回る生意気女が可愛いなんて嘘だ妄想だ幻覚だ錯覚だ!! らしくなく試合の余熱で滾っただけだ!! 私もまだまだ若かったらしいはははははっ』
「私の姉、可愛いでしょう?」
「うわ?!!」
気が付くと、気配も無く背後にルイスが立っていた。
そういえば会場から出ていたと思い出したヘクターは、慌てて取り繕うように愛馬を撫で、ルイスに返す。
「な、なんの事だルイス卿」
「ははは、なんの事でしょう?」
「……」
ニコニコと天使のように微笑みながら、ルイスは言葉を続ける。
「私の姉は、少々激昂型な上、性格もきつめなので誤解されがちですが、実は案外可愛い所のある、優しい人なのですよ」
「ほ、ほう」
「もっとも姉の外見ばかり気にする男共では、その可愛さに気付く事もありませんでしたが。……私は姉と結婚するのならば、姉に好まれ姉を可愛いと思ってくれる方が良いと、常々思っておりました」
「……それを何故、私に言う?」
判っているでしょう? とばかりにルイスは完璧な作り笑いをヘクターに返した。
女狐の弟はやはり狐だと思いつつ、ヘクターは先程のときめきを嘘だ、嘘だと必死に取り消す。
『……嫌われている事を判っている天敵に惹かれるなど、これほど空しい事は無い』
「ヘクター卿」
「……なんだ?」
「私『は』、がんばりますよ。愛するマリアンを、必ず幸せにするのです」
「……っ」
そう言い残し、ルイスは愛馬と次の試合の準備をしている従者の元に戻って行った。
『……若造』
その自信に溢れる姿を、ヘクターは遠慮なく叩きのめすと内心で誓った。
大人げない事は自覚している。
そんな会話を終えた二人の騎士は、内心のあれこれはさておき、実力を存分に発揮して馬上試合を勝ち進んだのだった。