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5弟馬鹿と妹馬鹿と弟

 レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、妹マリアンを世間から隠したいと思っている。事情があるからだ。


「……る、ルイス卿……それは」

「これはヘクター卿」

「ルイスっ。熊男なんかガッツンガッツンにやっておしまいなさい!!」


 だからこそ妹と恋に落ちたのが、王城の騎士達の中でも特に華やかな美形である騎士ルイスであった事は、とても気に入らなかった。注目を集めるからだ。

 そしてルイスの兜に見覚えのある深緑のリボンを見つけ、ヘクターの顔は益々不機嫌に殺気立つ。


「マリアンさんのお守りがあるのです、貴方が必ず勝利できますわよ、ルイス」

「っ!! 女狐!! まさかまたお前の仕業か?!!」

「……お・ま・え?」

「っ!! ~~~~~~~~またしても、貴女の、仕業か、シルヴィア殿?!」


 馬上試合(トーナメント)会場敷地である城の人工森で、愛馬を宥めていたルイスの傍にいたシルヴィアを、ヘクターは睨み付けた。


「ほほほほ。わたくしは常に、ルイスの味方ですわヘクター様」

「こ……んの!!」


 だが戦場なら敵さえ震え上がると評判の、殺気染みたヘクターの悪相に怯えもせず、シルヴィアは平然と言い返し微笑んだ。


『っ……こんな女、誰が美しいなどと!!』


 その大胆不敵な様子が憎たらしくも何故か眩しく、ヘクターは腹立たしさをシルヴィアに覚える。


「貴女は、こちらの事情を御存じではない!!」

「そうかもしれませんわねぇ。でも知ってようと知ってなかろうと、わたくしはルイスの味方ですわよ、ヘクター様」

「っ!! そのためにマリアンを傷つけても良いと言うのか!!」

「その心配はありませんわ。わたくしのルイスは、愛する恋人を傷つけたままにするような腰抜けではありませんもの。……彼女の名誉は、ルイスの剣によって回復する事でしょう」

「っ!!」

「貴方様こそ、一生妹さんを守れるとお思い? 我が国の情勢は現在平穏とはいえ、火種が全く無いとは言えぬ状態。騎士はいつ戦場に立ち、果てるともしれないのですよ?」

「それは貴女の弟も同じだろうが!!」

「問題はありません。ルイスの妻ならばわたくしの家族。家族はヴェルナー騎士家の一族皆が庇護しますわ」

「ぐっ!!」


 痛い所を突かれ、ヘクターは口ごもる。現在兄一人妹一人であるブランドン家には、他に身内はいない。一族として庇護してくれる、という申し出は、確かに魅力的だ。


「……必要ない。妹は、私が護る」

「……」


 だがそれはできない、と内心で苦々しく首を振りながらヘクターは応えた。


「……ヘクター卿、それほどまでに、私を信じてはいただけませんか?」


 寂し気なルイスの言葉に罪悪感を覚えるも、ヘクターは意志を揺らがせる気はなかった。


「それでよかったと、いずれルイス卿も思う」

「思いません。私は、マリアン嬢を愛している」


 そんなヘクターに、姉をそっと後ろに押やったルイスが返す。

 その答えにも、ヘクター同様躊躇は無い。


「私は認めん」

「いいえ、認めていただく。――まずは、騎士として」

「なんだと」

「尊敬すべき英雄、ヘクター卿。私はこの試合で貴方に勝ち、貴方にまずは騎士として認めていただこう」

「ほう……」


 はっきり告げる言葉には、自信はあっても身の程知らずな驕慢は無い。

 自分の実力と価値を知っている声だと理解し、ヘクターは内心で苦笑した。


「は……はぅうううう!! ルイスルイスルイス!! 素敵すぎますわルイスぅうううう!!」

「……」

「申し訳ない。姉はああいう病気と思っていただければ」


 そんな弟の姿を見て、シルヴィアは悶え喘ぎながら悶絶し悦んでいた。

 なお、その場にルイスとヘクターと愛馬二頭以外いない事は、確認している。


「……卿はそれでいいのか」

「あれさえ目をつぶれば、良い姉なので」

「そ、そうか。……色々な意味で、度胸があるのだな」


 ヘクターはルイスを評価した。


「……だが、マリアンは渡せん」

「……ヘクター卿」

「ルイス卿、卿は我らが国王陛下にお仕えする騎士達の中でも特に華やかな、輝かしい方だ。想いを寄せる御令嬢方も多かろう。良い出会いは、マリアンの他にいくらでもある」


 きゃあ、という明るい悲鳴に僅かに視線を送ると、着飾った若い娘たちが頬を染め、ルイスを見つけて囁き合っているのが見えた。


「あらあら、騎士家の御令嬢に、大臣家の御令嬢、あそこにいらっしゃるのは、隣国の姫君ではなくて?」

「女狐、いつの間にまともに戻った?」

「近くに他人の気配を感じたのですから」

「け、気配?」

「それはそうとルイス、どうしましょう? 彼女達、貴方に身に着けたものを差し出したくて、仕方がないのではないかしらねぇ?」


 ヘクターが少女達の様子を観察すると、シルヴィアの言うとおり高価な刺繍入りのリボンや袖飾りなどを、少女達は握りしめてルイスに熱い視線を送っている。


『……』


 その様子に、ヘクターは静かな屋敷でひっそりと息をひそめるようにして待っているだろうマリアンを思い出し、胸が痛んだ。

 ヘクターとて、好きでマリアンを表に出さないわけではない。だが。


「だとしても、お断りしますよ姉上」


 そんなヘクターの思考を断ち切るように、凛としたルイスの声が響いた。


「複数の貴婦人に勝利を捧げるなど、騎士として不誠実です」


 マリアン以外のものは身に着けない。そう断言するルイスの言葉には、やはり躊躇は無かった。


「ああルイス、貴方のその騎士としての発言はとても素敵なのだけれど、わたくしは寂しいわっ。もしかしたら使うかと思って、せっせと刺繍してきましたのに」


 そんなルイスの言葉に頬を染めつつ、シルヴィアは拗ねたように自分の飾り袖を握りしめた。色とりどりの刺繍糸と、真珠の縫い取りが華やかな緋色の袖は、言うだけの事はある一品だ。


『あれは手製だったのか。……てっきり召使にさせたものと思っていたが』

「素晴らしいでしょう。姉は美しいだけでなく、貴婦人としての教養も、全て祖母から不足無く伝授されているのですよ」

「っ……ほ、ほう」


 思わずシルヴィアをみつめたヘクターに、ルイスは何を思ったか、天使のような顔に少々いたずらめいた微笑を浮かべ、シルヴィアに言う。


「――そうだ姉上、折角ですからその袖は、ヘクター卿に差し上げたらいかがでしょうか?」

「はぁ?!」

「はぁ?!」


 ぴったり、ヘクターとシルヴィアの返答が被った。


「じょ、冗談でしょうルイス!! なんでこのわたくしが、この熊男に身に着けたものを捧げなくてはなりませんの!! こいつに渡すくらいならば、わたくし森で暴れる大熊にでもこれをくれてやりますわ!!」

「どっちにしろ熊か!!」

「姉上は、案外熊が好きなのですよ。幼少期に持っていた木彫りのおもちゃも、可愛らしいものではなく熊や牛などの大型動物でしたし」

「ルイス、それは今関係ありません!! 冗談は――」

「――姉上」


 シルヴィアの声を、ルイスの優しい声が制する。


「な、なぁに? ルイス?」


 それだけで、うっとりとシルヴィアはルイスに問い返す。


「……これは、いわば私がより奮闘するためなのですよ」

「まぁ、奮闘?」

「飾り袖は、私が卿に勝ったら返していただきます。いわば姉上の袖を取り返すためにも、私は戦うのですよ」

「わ、わたくしの、ためっ?」

「ええ。これならば、私がマリアンの者しか身に付けなくても、姉上のために戦ったという事になります。そのような気分となるためにも、ご協力いただけませんか? 姉上?」


 いや、その理屈はおかしいだろう。

 そう言い返そうとしたヘクターの言葉は。


「判りましたわルイス!! 必ずわたくしを、この熊男から助け出してくださいませねっ!!」


 シルヴィアの歓喜の声で打ち消された。


「さぁ、というわけで受け取りなさいませ野蛮人の熊男!! 私の飾り袖を略奪し、高らかに馬上試合(トーナメント)会場で見せびらかすと良いのですわ!!」

「こらまて女狐!! 誰がお前の袖なんか――」

「――ヘクター卿」

「っ……」

 

 そして慌てて断ろうとしたヘクターを、今度はやや威圧的な、ルイスの小声が制する。


「……誰のものも身に付けないと、国王陛下が心配なさいますよ」

「っ!!」

「以前も国王陛下から、『ヘクターは良い年だが、それほど女人と縁がないのかのう……』と心配されておられましたよね。そのあげく無理矢理見合いの席を設けられ、お相手の御令嬢が恐怖に慄き卒倒されたとか……」

「なんであの場で収められたはずの話を知ってるんだ?!!」


 少し前の黒歴史を語られ、ヘクターは蒼白して叫んだ。

 そんなヘクターに、ルイスは多くを語らず微笑みかける。


「……姉もあの調子ですから、助けると思って……お願いいたします」

「……」

「さもなくば……また国王陛下の御厚意による、恐怖のお見合いでしょうかね。今度はどのような御令嬢が被害に遭いますかね?」

「……………………」


 ヘクターは、ルイスの評価を度胸が有るから、度胸の有る腹黒に修正した。


「ちょっと!! 汚さないでくださいませねっ!!」

「試合なんだぞ無茶言うな!!」

「ふむ。やはり良くお似合いですよ」

「? この飾り袖をか? ルイス卿?」

「ええ」


 こうしてマリアンの清楚なリボンはルイスの兜、そしてシルヴィアの華やかな飾り袖は、ヘクターの兜を飾る事になったのだった。

貴婦人からの贈られたもの=騎士的リア充の証

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