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37妹馬鹿と傭兵と決闘

 ――直後。激しい激突音と、へし曲がった槍が反射する鋭い夕日が、決闘を目にした者達を襲った。


「っ……」

「ほう、平和に呆けておったかと思ったが、腕を上げたなヘクター卿。これは重畳重畳」


 下世話な興味を掻き立てられていた見物人達など眼中に無い事を見せつけるように、双方は決闘初手一撃から、強烈な殺気を込め放っていた。


「――卿は、変わらないな傭兵ラザール」


 素早く駆け寄って来た従騎士ウォルトから替えの槍を受け取り構え、ヘクターは唸る。


「変わらず――強い!」

「当然よ! 儂は変わらず強く、強いまま儂を超える者に殺されいずれ死ぬ! 卿はどうだ?!」


 双方へし折れた槍を手にした瞬間、再びの突撃。


「私は死なん!」


 機動力である馬を庇った騎士二人の盾が激突し、激しい音を立てて大きく盾が歪んだ。

 地響きを立てて馬を返し、空気を震わせ三度の突撃。


「そうでなくては!」


 そして四度、五度。


「うぉおおおおお!!」

「らぁあああああ!!」


 並の騎士ならば、初手一撃で落馬し殺されていてもおかしくないはずの攻撃に難無く耐え、二人の騎士と双方の馬は怯むどころか勢いを上げて突撃を繰り返す。

 それは見世物などではない、まるで異教徒との激戦場を切り取ったような、騎士二人の殺し合いだ。


「ひっ……ひぃい!!」

「あ……あれが……本気か?!」

「すげぇ……すげぇ!!」


 立ち見の見物人達は、あるまともな者は恐怖に慄き、ある破滅的な者は魅せられて興奮する。


「……あ……あれが……戦場のヘクター卿……っ」

「た……ただの野蛮人だ。……ただ腕が立つだけの……それだけの……っ」


 座席から見下ろす廷臣や大臣達は、その野蛮さに眉を潜めて見せながらも、その刃が自分へと向けられる恐怖を想像し、肝を冷やす。


「……ぁっ」

「し、しっかりなさいませ……っ」


 貴婦人席では、そのあまりの恐ろしさに、倒れる者まででる始末だ。

 興味本位で見物するには、その決闘はあまりにも恐ろしく、そして二人の騎士はあまりにも強過ぎた。


「……楽しんでおるのう。まぁそれも良い、存分に戦えヘクター」

「……へ、陛下……」

「黙って見ておれ妃よ。……あれが、余自慢の英雄ぞ」


 そんな二人を揺らぐ事無く見続けるのは、決闘の見届け人たる国王。


「……にい、さま」

「……なんと、鋭く重い一撃だ。……いいや。いつか私も、必ずそこに昇り詰める」


 決闘に運命を握られたマリアン、マリアンを支えるルイス。


「……」


 そして、貴婦人席でまっすぐ決闘場を見据える、シルヴィアだった。

 シルヴィアはヘクターの髪を包んだ布を両手で包み込み、その命運を背負った妹のために戦うヘクターを、ただ見つめる。

 声は上げない。否、上げられない。

 軽薄な歓声など上げる気にはとてもなれず、シルヴィアはただその場を見届ける。


『……ヘクター卿』


 その視線には、ほのかな恋情。そして、強い羨望が宿っていた。


『……ほんの少しだけ、羨ましい。……ヘクター卿。わたくしも男に生まれていたら、貴方様のような力で、愛するルイスを守る事ができたのでしょうか……』


 主君に忠節を誓い、貴婦人に勝利を捧げ、善く弱き者達のためその力をもって戦い、皆を守る。

 それは、子供の頃祖父母や両親に聞かされ、シルヴィアが子供の頃に憧れた、正しき騎士の姿だった。

 シルヴィアは、自分では決して届かない場所で戦うヘクターに強い羨望と、そして尊敬を感じていた。


『……いいえ。貴方様のようになりたいとは、思いますまい』


 ――そして、次第に強くなる愛情に、シルヴィアは胸が疼く。


『……貴方様のようには決してなれない、貴方様には無いものを備えた『女狐』がわたくしなのですから。……わたくしはこれからも、わたくしのやりかたで愛するルイスを守ります。……できるならば、貴方様の、ことも』


 シルヴィアはヘクターの髪の毛が包まれた布をそっと握り、心の中でヘクターに伝える。


『……だから。負けないで。……勝って、生きて下さい。……貴方の最も大切な妹さんを救ってください。……どうか……お願いです』


 その祈りに神が頷いたのか、悪魔がほくそえんだのかは判らない。

 ただ確実に、その時決闘は大きく動いた。


「――ぐぅ!!」

「――っ?!」


 とうとう、両者の拮抗していた激突が、僅かにラザールへと傾いたのだ。

 常人では一撃で死ぬ激突を何度も耐えて来たヘクターは、勢いを殺しきれず馬上から落下してしまう――が、それを果たしたラザールもまた、無事ではいられない。


「――落ちた!!」

「馬らから落ちたぞ!! ――両者だ!!」


 ヘクターとラザールは、地面に投げ出された瞬間馬から離れ、槍と盾を投げ捨てて同時に叫ぶ。


「ウォルト!! 剣を!!」

「サトゥ!! 儂の剣を持てぃ!!」


 ウォルトも、ラザールの従者である褐色の肌の美しい少年も、即用意していた大剣をそれぞれの主へと差し出した。

 決闘は試合ではない。落馬して、両者引き分けでは決して終わらない。


「最後はこれか。――ははは!! 良いな!! 卿の脳天を真っ二つにしてやろうヘクター・ブランドン!!」

「御託は良い。――来いラザール・デムラン!!」


 同時に振り下ろされた巨大な両手剣が、激しく互いを抉ろうとしながら火花を散らす。

 その勢いを流したラザールの刃が鋭くヘクターの頭部に襲い掛かるが、身をかわして回避したヘクターは振りかぶり、鎧ごと真っ二つにする勢いで大剣をラザールの胴へと振るう。

 だがそれも、ラザールの蹴りで逸らされる。


「胴狙いの安定志向は変わっておらんな!!」

「うぉおお!!」


 更に一撃。

 互いにかわし切れず、ラザールの肩部、ヘクターの兜、眉庇部分がへしゃげた。


「ちっ……戦場の無礼、許されよ!」


 下手をすれば視界が効かなくなると判断し、ヘクターは素早くまだ脱げる(それ)を外し、地面に放り投げる。


「いいな、それは!! 涼しそうだ!!」


 にやりと笑い、ラザールもまた兜を投げ捨てた。

 そしてヘクターとラザールは、避けきれない互いの攻撃が掠め血を流しながら、二撃、三撃と斬り合い、激突しながら獰猛に地面と空気を震わせる。その姿は、まさに悪魔と呼ぶに相応しい。

 見物席から上がる恐怖とも興奮ともつかぬ叫びが、二人の騎士の戦いを壮絶に彩り、その決着を急かすかのように強まって行く。


『――人間が本当の全力で戦える時間は、そう長くありません』


 その耳をつんざく歓声の中で、シルヴィアはヘクターとラザールから目を離さないまま、戦いの決着を思う。


『……どちらかの僅かな集中力が途切れた瞬間が……きっとこの拮抗が、終わる時』


 目を逸らさず、だが耐えるように唇を噛みしめ、シルヴィアはその時を見届けようと心に決めた。


「――もらった!!」

「く――!!」


 そして、その時は来る。

ラザールの斬撃を受け流したヘクターの剣を握る両手が、痛みによってか僅かに強張った瞬間を、ラザールを見逃さない。


「ヘクタぁああああ!!」


 ラザールの大剣が、ヘクターのそれをはじき振り上げられる。そして。


「――危ないヘクター卿!!」


 ラザールの大剣はこれまでで最も鋭く、ヘクターの脳天へと振り下ろされた。

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