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36弟馬鹿と妹馬鹿と決闘

 誰に言われるでもなく、決闘場には王が再提示した時間通り、裁判関係者と見物人達が集まっていた。


「あんな大怪我をされて、ヘクター卿は戦えるのか?!」

「あの御仁ならば可能だろう。何せ大侵略を撃退した歴戦の英雄だ」

「だが相手はあの傭兵ラザールだぞ!!」

「傭兵がなんだ!! 英雄の方が強いに決まってる!!」


 見物人達は我先にと許された場所の最前に押しかけ、どちらが勝つのかを声高に予想しあう。


「おお、下々の下品な事。王城の敷地までいれるなど……」

「まぁ、仕方ありますまい。……決闘と処刑は、王国の歴史的娯楽でございますからな」

「名の有る騎士の無残な決闘死か、罪人となった娘の処刑死か……楽しみにしている方々も、少なくないのでは?」

「まぁ、恐ろしい事」


 王城の貴族達は、その様子を座席から見下ろしながら、決闘の行方を残酷な好奇心と共に囁き合う。


「……陛下」

「ふむ。……さて」


 そんな中で、国王だけは常と変わらず、不安げな国王妃や王子達と共に在る。


「……」

「……大丈夫かい、マリアン」

「はい、ルイス様。……私より、兄の身体が心配です。……あんなに、傷ついて……」


 下世話な喧騒から守るように、ルイスはマリアンの傍にいた。

 未だ罪人として拘束されているマリアンは兵士が囲んでいたが、ヘクターの妹への配慮か、若い恋人達を憐れんだのか、ルイスが声が届くところまで近寄っても、邪魔する者はいなかった。


「……ヘクター卿は大丈夫だよ。あの方は私達が思ってるよりずっと強い。……勝てると僅かでも思っていた自分が恥ずかしいほどだ」


 マリアンを、そして自分を安心させるようにそう言うと、ルイスは視線を貴婦人達が集まる座席へと移して続ける。


「……それに……うん。上手くいったみたいだからね。……早々に姉上を残して逝ったら許せないな」


 ルイスの視線の先では、いつも通り貴婦人達の中に混じりながら、清楚なドレス姿のシルヴィアが、まだ誰もいない決闘場をしっかり見つめながら祈りを捧げていた。


『……今呼んでも、きっと気付かないな。……こんな事は初めてだ』


 その真剣な様子に、ルイスは嬉しく、そして少しだけ寂しくなる。


「……ルイス様」


 そんなルイスに、胸に手を当てたマリアンは、小さく頷き、決闘場へと視線を戻す。


「私も……兄とルイス様を信じます。……信じる事しかできませんけれど、最後まで、必ず」

「マリアン。……それはヘクター卿にとって、きっと何よりの報奨だよ」

「そう、でしょうか?」

「勿論さ。君の兄上は、僕の姉上の弟馬鹿に張り合うほどの、妹馬鹿だからね」

「……まぁ。ふふふ」


 思わず小さく微笑んだマリアンと一緒に、周囲の兵士達の肩が震えた。


『……ヘクター卿。……姉上。……どうか、御武運を』


 そんな弟の視線に気づかないまま、シルヴィアは決闘場を見つめている。

 まだ二人の決闘者は姿を現さない。今頃は決闘者のためのミサが執りているはずだった。


『……ヘクター卿』


 シルヴィアは、ほんの少し前のやり取りを思い出し、熱くなりそうな頬を押さえる。

 抱きしめられた感触と熱は、まだシルヴィアの身体に残っている。


『……そ、それだけでしたけどっ。いえっ、それ以上とか未婚の女としてはありえませんけれど!! 貴婦人としてっ!!』


 なお、喜びで抱きついたヘクターは、すぐにそれを失態と気付き、シルヴィアを離した。


――あっ……し、失礼っ。……嬉しさのあまり、貴婦人に軽々しく……――


 シルヴィアはそれを礼儀だと思いつつも。


『……で、でも……もうちょっとくらいそのままでも、よかったんですよ』


 ほんの少しだけ、残念に思った。――なんだかんだと言っても、好きになってしまった以上、相手に触れたいと言う気持ちはシルヴィアにもある。


『――いえっ!! その前にまず決闘です決闘!! ルイスとマリアンさんの幸せを見届けてからでなければっ!! 神よっ!! 正しき騎士をどうかお守りくださいませ!!』


 とはいえ、今の優先順位はやはり決闘の行方と弟妹の幸せなので、シルヴィアと意識を切り替え、祈りを再開した。

 その手には、白い布に包まれた何かが握られている。


「……あら、それはなんですの? シルヴィア様」


 それを、近くにいた貴婦人の一人が目ざとく見つける。


「……これは、ヘクター卿の髪の一部ですわ。無事をお祈りするため、一房いただきましたの」


 隠しても勘ぐられるだけなので、シルヴィアは素直に返した。

 無事を祈る相手の一部をお守りとして持つのは、レームブルックに古くから伝わる祈り方なので、特におかしいことではない。


「まぁ、髪の毛……あの方の」


 それを聞いた貴婦人は、納得しつつもやや意地悪な視線を髪に向け、くすりと笑う。


「あのモサッとしたごわごわの……あの方、騎士としては一流のはずなのに、御姿だけは、……ほほほ、お可哀想ですわね」

「……あら、そうですか?」


 貴婦人の嘲笑に対し、シルヴィアはにこりと笑って返す。


「まぁ、シルヴィア様は、殿方の身だしなみにも敏い方だと思っておりましたけれど」

「ええ、そうですわね。……ですから髪を頂く時に、少しだけヘクター卿の身支度を、お手伝いさせていただきましたの」

「……あら。それはよろしいこと」


 ヘクターへの親しみを隠さないシルヴィアに、貴婦人は興味とも嘲笑ともつかぬ目つきで微笑んだ。


『……そういえば、この方の旦那様は色男でしたっけ。……』

「少しは、あの面倒そうな髪がまとまっているとよろしいですわね、シルヴィア様。なにしろ決闘前には兜をはずして場に入り、国王陛下に敬礼しなくてはなりませんもの。……あのなかなか男振りの良いラザール卿と並ぶのでは、御気の毒ですわ」

「さぁ、いかがでしょうか」


 そんな貴婦人に、シルヴィアは微笑み返す。腹立ちは相手よりも美しい笑顔で返すのが、貴婦人の嗜みだ。


『見ていなさい』


 来たぞ、という民衆からの声に、シルヴィアは決闘場の入口を見つつ内心で呟いた。


「……あら? ……ヘクター、卿?」


 シルヴィアにつられて入口を見た貴婦人の表情が、一瞬固まる。


「……ヘクター卿は、磨けば光る方だと思いますわ。わたくし。……いかが?」


 というよりも、シルヴィア以外の周囲の女達が、みなぽかんとした表情で、馬上のヘクターを見つめる。


「――おや、なかなか洒落たではないかヘクター卿。死に装束としては、中々だ」

「……ラザール卿、国王陛下の御前だぞ」


 シルヴィアが髪を整え鎧を丁寧に磨き、ついでに実用一辺倒の地味な暗色のマントをシルヴィアに剥がされ、ヴェルナー家からシルヴィアが取り寄せた、南西産の豪奢な深紅に金糸のベルベットのマントを身に付けさせられたヘクターは、粗野な雰囲気が抑えられ、逆に迫力が増していた。

 元々顔の造作自体は整っている方なのだ。その姿形は、シルヴィアが思った以上に様になっている。


『体格が良いせいでしょうね、思った以上に派手な格好もお似合いです。……ヘクター卿、男は見かけだけでは問題外ですが、見かけが悪くて損する事も多いのです。……わたくしが、これからその辺りは存分に教えて差し上げますから、覚悟なさいませ』


 シルヴィアは派手なマントに顔を引きつらせ、『汚したら困るので……』と逃げようとしたヘクターに、そう内心で語り掛ける。


「……」


 周囲の注目をやや居心地悪そうに受けていたヘクターは、それでも礼儀通り堂々と試合場を進み、そしてラザールと共に、国王の前で止まった。

 国王は鷹揚に頷き、そして馬上の騎士二人に問いかける。


「――レームブルック王国が騎士ヘクター・ブランドン。そしてフランドル王国が騎士ラザール・デムランに問う。神と子と精霊の御名において、正しき戦いを行う事をここに誓うか」


 国王の問いに、ヘクターとラザールは、同時に槍を天に向け、馬上敬礼の構えを取る。


「国王陛下。騎士ヘクター・ブランドンは忠節にかけて、恥じぬ戦いをお誓い申し上げる!」

「――騎士ラザール・デムランもまた誓おう! レームブルックの王よ!」


 国王に誓いを捧げる二人の騎士の姿は、下世話な興味につられて見に来た者達すら注目させる迫力がある。


「――よかろう!! ならば両者死力を尽くし、神の裁定を証明すべし!! ――両者!! 位置につけ!!」


 そんな騎士二人に応えた国王の宣言は、様々な思惑を抱えこの決闘場に集まった者達全てに、平等に届いた。


『……ヘクター卿』

「……」


 ――そして、決闘の幕は切って落とされた。

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