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33弟馬鹿と妹馬鹿と国王

 決闘の時刻。


「――?! な、なんだ……?!」

「あ、あれはヘクター卿と……まさか、シルヴィア殿か?!」


 決闘場に現れた、レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代シルヴィアと、レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターを目にした見物人達は、皆驚愕し口々に叫ぶ。


「あ……姉上!!」

「兄様!!」

「おっと、ようやくのお出ましか。……貴様大物ぶるのもいいかげんにしておけよ、ヘクター卿?」


 弟ルイスと妹マリアンは、二人に駆け寄ろうとするもそれぞれ止められ、傭兵ラザールは、宿敵の様子に苦笑しつつも口角を吊り上げる。


「――な?! 儂の息子!! ヘクター卿!! 貴様我が息子ハドリーに何をしたのだ?!」

「説明は後程。お騒がせして申し訳ない」

「お許しくださいませ、ラスボーン大臣閣下」

「ふざけるな!! 許せるかぁあああ!!」


 傷つき流血し、明らかに刃傷沙汰から帰還したらしいヘクターと、それを支える髪もドレスも薄汚れてしまっているシルヴィア。

 そしてその二人の前に拘束され、転がされている顔面が潰れた(おそらく)騎士ハドリー。

 戦場から程遠い場所で安楽と過ごしていた者達は、突如現れた本当の非日常と暴力の気配に驚き、そして何事があったのかと囁き合った。

 華美な装束を身に着けた、太った男――ラスボーン大臣は更に激昂する。


「この卑賎な成り上がりが!! おい衛兵!! こやつを捕えよ!!」

「待て、ラスボーン」

「国王陛下!! なれど――」

「待てと、言うておる。……聞けぬか?」

「っ!! ……い、いいえそのような、畏れ多い」

「うむ。――皆の者も、沈まれい!!」


 そんな大勢の見物人達、そして激昂する大臣を驚くほどの豪声で制した国王は、いつもと変わらぬ鷹揚な態度でただ一人ヘクターとシルヴィアに歩み寄り、そして静かな声をかける。


「誓いは果たしたようだな」

「はい」

「ご苦労」

「国王陛下、大切な決闘前ですが、至急お耳に入れねばならぬ事がございます」

「……ある侵略国の、暴漢共の事であろう?」

「っ……」


 先読みされてしまったヘクターは、思わず目を見開いた。

 国王はいたずらが成功した子供のように輝く目を細め、ヘクターに応える。


「ヘクター卿、そなたの従騎士は、良い友達を持ったな」

「……ウォルトでございますか?」

「うむ。そのウォルトに協力していたがの、余にシルヴィアを襲った賊の正体を教えに来たのだ。……元斥候兵の放った犬が運んできた手紙を証拠としてな」

「犬を。そうか、連れていたのですか」

「うむ。見張れと言われておった老人は、その場から離れられなかったからな。情報が上に上がって来るのには少々時間がかかったが、お前が倒した廃墟に潜んでいた暴漢共は、余の手の者が先程捕縛したぞ」

「感謝申し上げます、国王陛下」


 ヘクターは国王に感謝しつつ、元斥候兵の仕事に感心する。

 調教された鳥や犬は、隠密作戦の強い味方であったが、既に引退した老人が、まだそういった動物を扱えるとは思っていなかった。


「ああ、命令以上の事をしてしまった事は、詫びておったぞ。許してやれ」

「許すどころか感謝したいところです。……正直、まさかかの国が絡んでいたとは思いもせず、私が単身で突撃してしまったのです」

「そなた、恐ろしく怒っておったからの。……それでどころでなかったのだろう?」


 そう言うと国王は意味ありげに、シルヴィアへチラっと視線を送った。

 シルヴィアは、明らかに下世話な興味を示している国王の視線を避け、深々頭を下げる。


「まぁ、戯言は後で楽しむとして。……さて、この騒動の結末をどうしようかの? ヘクター」

「……」


 シルヴィアから、国王は足元に転がるハドリーへと視線を移す。


「愚かなこやつが、何をしたかはだいたい判った。……問題は、それをどのように裁くか、である。……ヘクター、そなた今あそこで激昂している大臣を声高に断罪し、その一族もろともを捕縛すべきと思うか?」

「――いいえ、思いませぬ」


 国王の言わんとしている事を理解したヘクターは、割り切れないものは感じつつも納得する。

 戦場とは違い、王宮内の政争は敵を殺せばよいというものではない。

 国体維持のため、君主の名誉のため。騒動はできるだけ表沙汰にはせず、静かに速やかに、時には闇に葬りながら処理しなくてはならないのだ。


「全ては、国王陛下の御心のままに」


 そしてヘクターは、温厚に見える国王の『処理』を信頼した。


「……任せておけ。……ふぅ、余も宮廷闘争は苦手だ。敵など皆殺してしまうのが一番早いのだが……まぁ、平和な治世の君主となれば、そうもいくまいな」


 ヘクターと察し合った国王は、いつもの好々爺然とした態度のまま物騒な事を呟き、そして背後で待機している騎士達へと告げる。


「ハドリー卿の手当てをしてやれ。彼の者には、後程事情を聞かねばならぬ」

「陛下!!」

「事情を聞くと言うておる。……聞かぬか? ラスボーン」


 憤怒の形相で国王を睨み返した大臣は、だがそれ以上国王に反抗はできないと察したのか、余裕をもって席に腰掛けると、今度はヘクターへと残忍な視線を送った。

 騎士達がハドリーを運んでいるその時、大臣の傍に控えていたモーガンが、憮然とした表情で言葉を重ねる。


「決闘の御仕度が、まだのようですなヘクター卿。早くなさいませ」

「っ!! 何を言うかモーガン司祭!!」

「あの御様子のヘクター卿に、すぐ戦えと言うのか?!」


 空気を読む気もないモーガンの言葉に、騎士達から非難の声が上がった。

 それほど、ヘクターの様子は誰の目にも酷い。


「何をおっしゃいます。決闘は神に誓った神聖なるもの。それを『勝手に負った怪我』ごときで取りやめにできると思いますか、騎士様方?」


 その言葉には、なんの後ろめたさも無い。


「……どうやらモーガンは、この件に関しては無関係のようですねシルヴィア殿」

「でしょうね。あの方はただ、悪事の隠れ蓑に、勝手に騒がせておく浮いた駒でございましょう。……ヘクター卿」

「問題はありませんシルヴィア殿。……大丈夫、戦場では万全の状態で戦えたことの方が少なかった。今もそうだと言うだけです。……貴方こそ、貴婦人をそのような御姿でこの場に連れて来てしまった事を、申し訳なく思う」

「どうという事はございません。……わたくしも、貴方様と共に、ここに来るべきだったのですから」


 そんなモーガンの説教染みた主張を聞き流しつつ、ヘクターとシルヴィアは互いを気遣いながら小声を交わす。


「むっ?! 聞いておられるかヘクター卿!!」


 勿論聞いてない。


「聞く価値も無いわ!! 法衣の糊臭いそこの坊主!! いいかげんに黙れ鬱陶しい!!」

「な?!」


 モーガンを黙らせたのは、シルヴィアに駆け寄ろうとしたルイスを抑え込んでいたラザールだった。


「ちょっとおじさん!! 離して下さいよ!! 姉上もお怪我をなさったのかもしれないのです!!」

「ばかもん、男と良い雰囲気の姉に駆け寄ってどうするのだ小僧っ子め!! お前も実は、姉離れができておらんなっ!!」

『……あら? いつの間に仲良くなったのでしょうあの二人……?』


 その様子を少々不思議に思いつつも、シルヴィアはラザールに任せる。

 勝手に任されたラザールは、ルイスの首根っこを押さえつつ、皆に聞こえるよう、堂々と言葉を発する。


「神聖なる決闘だからこそ!! 見苦しい姿でなされてはならん!! 坊主には判らぬか?! これは決闘を神に誓い捧げる騎士の美学である!!」


 ラザールの言葉に、そうだ!! という騎士達の歓声が上がった。

 言い返そうとしたモーガンを遮り、ラザールは滔々と続ける。


「この日を違えられぬと言うのならば、ヘクター卿は直ちに身を清め、醜い怪我を治療した後十分に身支度し、そして神に祈りを捧げなくてはならない!! それは礼儀である!! 礼儀を尽くす騎士を、神がお待ちせぬはずはなかろう!!」

「か――勝手に怪我をしてここに来たのはヘクター卿だ!!」

「勝手に、ではない!! このたわけが!!」

「なっ?!」

「ヘクター卿は神の御意志に添う、善き行いをなさったのだ!! すなわちヘクター卿の怪我は、神の試練によって負ったものであるぞ!! 神の下僕を名乗るのならば、敬意をしめさんか敬意を!!」

「なっなんとぉ?!! そのような詭弁――」

「そうだそうだ!!」

「その通りだ!! 多分!!」

「坊主はひっこめ!!」


言い返そうとしたモーガンに、また騎士達が、ラザールの主張に賛同する。


『な、なんという強引な口八丁……傭兵は契約金の吊上げも、能力の内だと聞きましたが……』


 半ば呆れながらラザールの弁舌を聞いたシルヴィアは、傍で唖然とラザールを見るヘクターを見上げた。


『……この方には無理ですわね。……まぁ、そういう所も……良い所だと思いますけれど』


 そして、内心で勝手に照れた。


「……うむうむ、ラザール卿の言う通りであろうな。神聖なる決闘なればこそ、騎士はきちんとしなければならぬ」


 そのタイミングで、国王が口論を制する。


「――決闘は、夕刻に変更する」


 歓声と不満が入り混じったざわめきが周囲を包んだが、声高に反対意見を述べる者はいない。モーガンすら、ラザールの詭弁に周囲を納得させる反論が浮かばず黙る。


「騎士ヘクター・ブランドン、そなたは騎士らしく身支度を整え、その時を迎えなければならぬ。その支度は全て城でなされよう」

「……御心のままに、国王陛下」


 簡潔な命令に、ヘクターは膝をつきこうべを垂れて応えた。

 シルヴィアもヘクターに習い、貴婦人らしく両膝をついて一礼する。


「……貴婦人に対する支度も、妃に任せよう。シルヴィア、大儀であったな」

「もったいない御言葉にございます国王陛下。……見苦しい姿でお目汚しいたしましたこと、どうかお許し下さいませ」

「何を言う」


 頭を下げるシルヴィアに、国王は微笑ましい表情となって返す。


「そなたは美しい。……姿形ばかりでないぞ。愛する者を必死に守り育んだ生き方が、そなたを気高く美しい貴婦人にしたのだろう」

「……っ」


 思いがけない賛辞に、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら、ただ頭を下げた。


「……」

「……なにかのヘクター?」

「い、いえ」


 そんなシルヴィアを可愛いと思っていたヘクターは、国王に聞かれるまで、自分が国王に嫉妬の視線を向けていた事に気付かなかった。

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