3妹馬鹿と妹
レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、妹マリアンを深く愛している。
「――私は許さんぞ、マリアン。……お前も判っているはずだ」
「……兄様」
そして深く愛し、マリアンの幸せを祈るが故に、ヘクターはマリアンの恋を応援する事はできなかった。
事情があるからだ。
「……判って、おります。……私など、ルイス様と釣り合うはずもございません」
「そういう事ではない!! お、お前は良い娘だ。……あの小姑はいけすかんが、本来ならばルイス卿とも、お似合いだとは思うぞ。」
「……小姑? もしやシルヴィア様の事でございますか?」
苦々しい兄の言葉に、俯いていたマリアンは思わず顔を上げ、そして笑みをこぼす。
「とてもお優しい方ではございませんか。それにルイス様からお話を聞いた通り、とてもお美しい方でした」
「美しい……ぬぐ……ぅう。否定はせんが……」
ヘクターはシルヴィアのほっそりとした色白の肢体や艶やかな金髪、蒼の瞳、そして華やかでいかにも気が強そうな顔貌を思い出し、渋い顔になった。
レームブルックの騎士達の中でも、特に生まれ育ちが悪く、粗野で威圧的に見える容貌のヘクターは、貴婦人達に怯えられて人気が無い。
だからこそ、姿だけは絵物語に出てくる姫君のように美しいシルヴィアに、面と向かって立ち向かってこられると、苛立ちと共にどうすればよいのか判らない困惑が湧き上がった。
「……あんな生意気女より、お前の方がよほど美しい」
「まぁ、兄様。それは身内贔屓が過ぎるというもの」
そう言ってふわりと微笑むマリアンは、ヘクター達の亡き母によく似た、丸顔たれ目の可愛らしい容貌をしていた。鋭角的な釣り目美女であるシルヴィアとは対極的だ。
「……あの生意気女が狐顔なら、妹は狸顔だな」
「たぬき?」
「あ、いやなんでもない。とにかくだ、お前の気持ちは判るが……判るだろうマリアン。私はお前を、傷つけたくない」
「……」
目を逸らし、そう歯切れ悪く言うヘクターに、マリアンはふと表情を消し、小さく頷く。
「……判っております」
「マリアン……」
「ルイス様の優しさに、つい甘えてしまいましたが……私は人並みの幸せなど望めない女です。……もうルイス様とは、お逢いしません」
「……すまない」
「……何故兄様が、謝られるのですか?」
ヘクターはギシギシと骨を軋ませる音を立ててこぶしを握り、苦渋に満ちた声で呟く。
「……お前を守れなかった」
「……いいえ、それは違います兄様。……兄様はいつだって、私を守って下さいました」
「……」
これからもお前を守る。
そう言おうとして、それが妹にとってはどれほど空しい誓いなのか理解し、ヘクターは唇を噛みしめる。
『本当ならば……愛する恋人にこそ、そう言ってもらいたいだろうに……だが……』
「……」
ヘクターは淡く微笑む妹から視線を逸らし、悔やんでも悔やみきれない過去を思い出し、そして壁を殴った。