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29妹馬鹿と救出

 レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターに戦場での戦い方を教えたのは、国王だった。

 初陣したての、後ろ盾も無い年若い騎士を憐れんだのか、それともその将来を感じたのか。

 いずれにしろ、騎士であり歴戦の戦士でもあった国王は、ヘクターに拝謁を許して以降ヘクターを傍に置き、自分が知っている戦場での戦い方、生き残り方を、全てヘクターに教えた。

 奇襲、夜襲、水、火、毒、病原菌などでの攻城、内応、調略、暗殺等。

 それらはまだ純朴な青年だったヘクターにとって、騎士という存在に幻滅を与えるには十分なものであったが、それでも納得できる事であった。

 

―『正々堂々とした騎士の戦い』など、確実に勝てる突撃の時にだけ、華々しく見せつけるためのものだ―

―それ以外の時は、騎士の道義など忘れてしまえ。――愛する者を、その命を、財を、土地を絶対に守らねばならぬ時は、そのような『雑念』に気を取られるべきではないのだ―

―国の顔である王子達には教えられぬが、お前にならば言える―

―よいかヘクター。――救国の英雄とは、その国で最も強く、そして卑劣であるべき存在であるぞ―


『――国王陛下。感謝申し上げます。……陛下のおっしゃる通りだ。守れなくては、なんの意味も無い』


 ヘクターは戦場で培った技術を駆使し、音もなく闇に紛れながら、異国の騎士達を次々と倒していった。

 一応殺してはいないが、確実に再起不能にはされた者達は、ヘクターの手で容赦なく瓦礫の下や溝の隙間に押し込められた。ヘクターとしては数名生きていればいいので、その扱いは粗雑だ。


『――あそこか』


 明かりが漏れる部屋周囲の敵全てをまず行動不能にしたヘクターは、息を殺して灯に近寄り、そっと中を伺う。


『――!!』


 灯の下。固い石床の上に広がる輝く金髪と見覚えのあるドレスが目に入り、ヘクターの鼓動が一瞬跳ねる。


『――いや、彼女は大丈夫だ。……生きている』


 だがシルヴィアの着衣に乱れがない事、そして微かに上下する胸元を確認したヘクターは、動揺しそうになる意識をなんとか鎮め、敵を狙った。

 部屋に残っている男達は二人。


[――おい、部屋を出た者達が戻ってこないぞ?]

[目の毒が転がっているんだ、仕方がないだろう]

[くそっ、折角敵の女を略奪できても、手が出せないんじゃなっ]

『……やはり全員、ウェーデン語か。……訛りも無く、崩してはいるが発音も綺麗だ。……そしてあの規則的な歩調……最低でも騎士、もしくは騎士位を得ていた者とみた。……そういう、事か』


 部屋の男達と、今まで倒して来た男達を照らし合わせたヘクターは、遅ればせながらシルヴィアを誘拐した者達の正体を察した。


『……謝る事が増えてしまった。私のせいで、本当にすまんシルヴィア殿。……必ず助ける』


 ヘクターはやや落ち込みながらも冷静に周囲を見回し、判断する。


『男二人の技量は恐れるほどでもなさそうだが……問題は、シルヴィア殿がおそらく狸寝入りをしている所だな。……女狐が狸寝入りとはこれいかに……いや、問題はそこではなく』


 ヘクターはシルヴィアの身体の強張りや、規則的過ぎる呼吸から、シルヴィアが既に目覚めている可能性は高いと踏んだ。


『大人しく床に伏せててくれればいい。だが襲撃に恐慌して暴れたり逃げようとすれば、巻き込まれる可能性が上がる。―― 一撃だ。シルヴィア殿に何かする暇を与えず、一撃で男達を叩き伏せ、彼女を保護する』


 考え込んでいる暇はない、と判断したヘクターは、まず幅広剣(カットラス)をしまうと近くに転がっていた石畳の塊を片手で拾う。


『狙いがずれて、肉に食い込んでしまう事もある刃よりも、今は打撃が有効だ。……そして』


 そして懐から短剣を取り出し。


『この場合狙うは――光源!!』


 音も無く、放つ。

 短剣は寸分違わぬ正確さで男二人が頼りにしているランプの炎を射抜き、一瞬で掻き消す。


「ひ――?!」

「なん――?!」


 闇に紛れ夜目に慣れた状態で襲って来たヘクターを、近くの灯に慣れていた男達が咄嗟に対処できるはずもない。

 闇夜で振り下ろされた石畳の塊を頭部に喰らった男達は吹き飛ばされ、壁に激突して倒れ込んだ。昏倒か絶命かは、この状態ではまだ判らない。


『後は――シルヴィア殿!!』


 それでも男達が動けない今は、シルヴィアを奪還する絶好の好機だ。

 ヘクターは倒れているシルヴィアへと駆け寄り、片手でその身を抱え上げた。

 そして、声をかけシルヴィアを落ち着かせよう、とした。


『――ん? ――うわ?!』


 だが、シルヴィアの行動はその一瞬早かった。

 ヘクターの背に、シルヴィアの身体が強張り素早く動いた瞬間、悪寒が走る。


『顔面にこぶし――噛みつき――いや違う!! 彼女の狙いは――』


 ヘクターが反応できたのは、ほぼ本能的な反射だ。


「――頭突きで顎か!!」

「どっせぇええええええええええええええええええええええい!!」


 頭蓋骨、という男女の差別無く固い『武器』の一撃が、至近距離のシルヴィアから放たれた。

 ヘクターはのけぞるようにして身をよじり、片手でそれをいなして回避する。


「――っ?! その声……まさかヘクター卿?!」

「よ……容赦無い見事な一撃でした、シルヴィア殿」

「…………し、失礼いたしました」

「…………い、いえ」


 こうして、ヘクターはシルヴィアの一撃に恐怖しつつ、誘拐犯達から救い出すことができた。


「と、とにかくここから離れますよ」

「え、あ……はい」


 護る相手を連れて無茶はできない。

 ヘクターはシルヴィアを連れて闇に紛れ、一旦その場から離れた。

 

「――おお、ヘクター卿、シルヴィア様」


 馬まで戻ると、元斥候兵の老人は心底安堵した表情となって、ヘクターとシルヴィアを迎えた。


「戻ったらすぐに人をやる。今しばらく見張っておいてもらえるか?」

「勿論でございますとも。……本当に、許しがたい者共でございます。お裁きの場に引きずり出さねば」

「そうだな。……奴らを引き込んだ内通者まで引き摺り出せればいい。とはいえ、今はシルヴィア殿の安全確保が最優先だ」

「わ、わたくしならば大丈夫ですわ、ヘクター卿。お気になさらず……」

「私がそうしたいのです」


 いつもならば言いにくい言葉が、あっさりとヘクターの口から発せられた。


「っ……ヘクター卿」

「私は、貴女を連れ帰るために来た。それ以上優先すべき事など、今は無い」


 今のヘクターにとって、最も守りたいのはシルヴィアだった。


「わ……わたくしなどに、気を使っている場合ではございませんわ」

「シルヴィア殿」

「貴方様は、明日の決闘であのラザール卿に勝たねばならぬ大切な御身体ではございませんかっ。貴方様が護るべきはマリアンさんであり、わたくしではないはずっ」

「……」

「……わたくしのせいで、貴方様が傷つかれたら……」


 暗闇の中で、シルヴィアの肩が小さく震えたのがヘスターにも判る。


「それで貴方様が決闘に負けたら……ルイスが愛するマリアンさんを助けられなかったら……わたくし自分が許せません。……わたくし……わたくしは……ルイスの……ルイスの幸せを守らなくてはならないのに……っ」

「……シルヴィア殿」


 いつになくシルヴィアの言葉は、含む所なく感情的で、そしてどこか稚い。


『……ああ……怖かったんだな』


 そんな、『女狐』の皮が剥がれたシルヴィアを、ヘクターは守りたいと思った。


「……貴女が無事で、本当によかった。……シルヴィア殿」

「っ……ヘクター卿」

「……よかった……本当に。……貴女にもう二度と会えなくなるなんて、私は嫌だ」

「……」


 愛おしいと思った。


「……急ぎましょう。とにかく、戻ります」

「っ……は、はいっ」


 とりあえずそそくさと目を逸らした老人に感謝しつつ、騎乗したヘクターはシルヴィアをその前に乗せる。


「ヘクトル、二人は重いだろうががんばってくれ」

「――あっ」

「ん? どうしたシルヴィア殿?」

「いえ……少しだけ、わたくしを見ないでいただけますか?」

「え?」

「お早くっ」

「あ、はいっ?」


 その馬の上で、シルヴィアはドレスの裾に手を入れ、その下から何かを取り出す。


「もう、大丈夫だと思いますけれど……」

「……?」


 女のドレスの下には、男の想像以上に秘密が多い。

 そんな国王の言葉を思い出しつつも、とにかくヘクターは王城へと急いだ。

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