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24弟馬鹿と証言

 レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代であるシルヴィアは、人目に晒される事には慣れている。

 それは両親と祖母が死んで以来ずっと、女主人代理として実家を支えたからであり、女主人代理として公の場に出る度に人目を惹く、美貌のせいでもあった。

 豊かな金の髪と退廃的な程白い肌を持つ、どこか豪奢な狐を思わせる目元のきつい美女。

 そんな評価を嫉妬や偏見も含めてシルヴィアは受け入れ、そしてそれを武器とできるよう、シルヴィアは日々自身の美貌や物腰、服飾術を磨き、美女としての地位を確立させてきた。

 どれほどシルヴィアを不快に思う者達も、シルヴィアの非常に残念な性格を理解している者達も、そんなシルヴィアが『美女』である事を否定はできない。

 

「――嘘偽りなく真実を述べる事をお誓い申し上げます」


 だからこそ。

 宣言後、淑女の完璧な一礼を取ったシルヴィアに、国王は勿論、国王妃、法務官、見物人、そして聖職者達まで、気が付けば魅入られるように注目していた。


『――……さぁ、始めましょうか』


 それらの視線を十二分に意識しつつ、シルヴィアはしなやかな所作で身を起し、国王へと向き直る。


「そして恐れながら国王陛下、わたくしの証言の前に、いくつかの質問にお答えいただけないでしょうか?」


 シルヴィアの言葉に、見物席が少々ざわめいた。

 証言者が裁判長である国王の意見を求めるのは違反ではないが、なにしろ相手は一国の主だ。気おくれしてしまい、そうそうできる事でもない。


「ふむ? 質問、とな? それは裁判に必要な事かシルヴィア・ヴェルナー?」

「はい」

「ならばよかろう。答えられる事ならば答えよう」

「国王陛下の慈悲深き御心に、感謝申し上げます」


 シルヴィアはもう一度一礼し、国王へと向き直る。

 シルヴィアが何を聞くのか。周囲が緊張する中、国王は相変わらずの平常な面持ちで問いを待つ。


「恐れながら国王陛下は、昨年十一月に執り行われた、新法王猊下の叙階式に参列なさいましたね?」

「……む?」


 だがシルヴィアの問いを聞いた国王は、裁判長としては珍しく、困惑したような表情になった。質問の意味が解らなかったからだ。


「……うむ。そなたの言う通り、余は新法王猊下の叙階式に参列を許され、ロルマ法王領のサン・エピロト大聖堂にて、新法王猊下ニコラウス4世よりウルビ・エト・オルビ(最初の祝福)を賜った」


 だが特に隠すような事でもない事実だったため、国王はすぐに平静を取り戻しシルヴィアに答えた。シルヴィアは言葉を続ける。


「それでは国王陛下、陛下はサン・エピロト大聖堂内に入られましたね」

「勿論だ」

「サン・エピロト大聖堂は、宮殿、法王謁見所、宝物館を持つ荘厳な建物と伺っております。特にルネサンス時代、天才と謳われた芸術家ファツィオ・ビアッジョ・ミケラントーレ総監督の元描かれた天井画などは、目が肥えておられる王侯貴族の方々すら唸らせるほどだとか」

「左様。余も初めてあれらを目にした際は、感動でしばし言葉を失うほどであった。……主がおわす天界を思わせる頂点を中心に、聖書の要所場面を当てはめたかの天井画の構図は、まさに神に対する至高の賛美に思えた」


 だがそれがどうした、とやや首をひねる国王に、シルヴィアは静かに問いかけを続ける。


「お尋ねいたします国王陛下。陛下は、その壁画に描かれた天使や聖母様、聖人達を目になさり、どう思われましたか?」

「どう、とは?」

「――醜い、と思われましたか?」

「まさかっ」


 思わぬ問いに、国王は困惑して返す。


「美しいと思う。当然ではないか。……天使も聖母様も聖人達も、目にする者達に神の愛を伝えるがごとく、美しく描かれていた」


 国王の答えに、シルヴィアは微かに微笑み、そして続ける。


「それでは、システィオラ礼拝堂のステンドグラスに描かれた受胎告知の聖母と大天使、宝物館に展示されていたダ・ヴァンチ作の絵画聖モニカの献身、レームブルック王国都の聖堂に飾られた聖母像をお目にされ、国王陛下はどう思われましたか?」

「むろん、それぞれ皆美しかった」

「まこと、その通りでございましょう」


 国王の答えを聞き終えたシルヴィアは、見物席、そして原告側の聖職者に聞かせるように、声を法廷内に響かせる。


「――以上の事からも、お判りでございましょう。美とは、我らが神の教義においても、決して忌避すべきものではないのです」


 見物席から、驚いたようなため息が聞こえた。

 国王はシルヴィアの意図を理解し、極々僅かな苦笑を浮かべる。

 シルヴィアの意図に気付いたモーガンが立ち上がろうとしたが、シルヴィアは余裕の微笑みすら浮かべ、滔々と言葉を続ける。


「讃美歌、という言葉がございます。美しきものを讃える歌。すなわち、神を讃える歌です。これは言葉の通り、我らが唯一の神を美しいものとして慶びをもって讃えている歌に違いありません。そして先程国王陛下に確かめていただいた通り、我らが祈り舎は、神、そして神の御許にあらせられる天使や救世主、聖母、聖人を、美しく表現する事を、決して禁止してはおりません」

「それは!! 神と神の御許に在る方々の美しさが、清らかなものだからだ!! 汚らわしい欲望を誘発する女の美しさとは質が違う!!」

「……欲望を誘発する美は、汚らわしい? それこそわたくしには理解が及ばないお答えですわねモーガン司祭。悪魔と化した最初の堕天使は、神に嫉妬し自らを堕落せしめたと聖書には書かれているではありませんか。嫉妬、己が認められたいという自己顕示欲求は、間違いなく欲望であり、それを誘発させたのは神の美しさではございませんか?」

「な――!!」

「――更に!! 聖女、聖人とされた者達に、汚らわしい獣欲を抱く者達は聖書にいくらでも出てきました!! 異国の王に身体を求められたアブラハムの妻サラ!! 奴隷と落とされた際、主人の妻に欲望を向けられ褥へと誘われたヤコブの子ヨセフ!! モーガン司祭!! 貴方は神の御許に列せられた彼らの美しさも、欲望を誘発する穢れたものとおっしゃいますか?!」

「き――詭弁だそれは!!」


 焦ったように叫ぶモーガンと、シルヴィアは対峙する。

 実際、主張の大部分は詭弁だとはシルヴィアも思う。

 教会や聖堂が美しく装飾されているのはその権威を示すためであり、聖女や聖母が美しく描かれているのも、画家達が美しいモデル(権力者の妻や愛妾、慰み者など)を数多く起用しているから、というのが現実だ。

 だがそれを判っていても、『宗教が美しいものを悪、堕落の象徴とはしていない』、という教会の方針は、シルヴィアの大きな反撃理由になりえた。


「――人間が美しくある事は、罪ではないはずです」


 激昂するモーガンを前に、静かな口調に戻ったシルヴィアは、どこか諭すように続ける。


「何故ならば、我ら人間を御創りになったのは神であり、神の御心のまま、私達はこの世に生まれ出たからです。……そんな我らの姿形を罪であると否定するという事は、神の御意志を否定している事にならないでしょうか? 」


 シルヴィアに視線を向けられた法廷側の聖職者達は渋顔だが、反論する様子は無い。


「更に言えば……恋人、伴侶が美しく立派である事を、幸福に思わない方がおられるでしょうか? 姿形だけではありません、身だしなみを整え、物腰態度に気を付け、相手を気遣い暖かく微笑む『美しい』妻や夫を見て、冷淡な気持ちになられる方はそうおられないと思いますわ。……美しさとは欲望を煽る危険なものかもしれません。ですが同時に、愛する方の気持ちをより近くに引き寄せ、相手との関係を温かいものにする力もあるのだと、わたくしは思います。それこそ神様の前で誓いを立てる夫婦にとっても、大切な愛の形なのではないでしょうか?」


 シルヴィアの言葉を否定する者達は多くない。

 大部分の見学席の聴衆は、シルヴィアの言葉を真剣に聞いているようだった。

 それを妨害しようとしてか卑猥なヤジを飛ばした男が、ルイスと加勢する騎士達に威圧され黙ったのを目端に捕え、シルヴィアは証言する。


「勿論、美しく生まれた者が獣のような罪人達の欲望の餌食となり、悲惨な事件が起こる事がある、というのもまた悲しい事実です。だからこそ美しく生まれた者は身を慎み、その家族も気を付けなければならないのでしょう。その点に関して、わたくしも否定する所はございません」


 ですが、とシルヴィアは国王にまっすぐ視線を向け、言葉を続ける。


「今回の事件においては、身を護る術すらまだ知らなかった幼いマリアン・ブランドン嬢と、まだ年若く世知にも疎かった年若いヘクター・ブランドン卿を責める事だけは、間違っているとわたくしは確信しております。……過去の不幸は、全て罪人達の罪。それだけでございます」


 そして、味方の証言者達と同じ結論を持って、シルヴィアは証言を終える。


「国王陛下。彼らは善良な、良い神の信徒でございます。彼らの魂は潔白であり、堕落などという言葉が当てはまるはずもございません」


 国王陛下とお二人に、神の御加護をお祈り申し上げます。

 そう結び、シルヴィアはもう一度深々と国王に一礼すると、国王に背を向けないよう横にずれる形で見物席へも向き直り、そしてもう一度美しい淑女の一礼を聴衆に贈った。

 その一礼に、静聴していた聴衆達は終わったと安堵したように、またさざめき出す。


『――それなりに、手ごたえはありました』


 一仕事を終えたシルヴィアは、いつも通りの隙の無い動きで座席に戻りつつ、扇で口元を隠しホッとため息をついた。


『……あとは、どれほど国王陛下のお考えをこちら側に引き寄せる事ができたか……』


 やらなくてはならない事はできた、という自負はあった。だが、それがどこまでこの裁判で通用するかは、シルヴィアにもまだ未知数だ。


『……聖職、法務官、国王妃様……彼らはどう思っただろう。そして彼らの意見は、国王陛下にどのようなお考えを与えるのか……』


 シルヴィアが目を向けた裁判長席には、裁判を傍聴していた聖職者と法務官、そして国王妃が国王を囲むように集まり、何かを熱心に話し合っていた。

 その中に決して好意的でない言葉を聞きつつも、シルヴィアは国王が正しい判断をしてくれるよう祈る。


「……」

「……」


 その隣で、ヘクターもやはり祈っているようだった。両手を握りしめ視線を伏せる姿を横目で確かめたシルヴィアは、やはりかける言葉が見つからず無言のまま唇を嚙む。


『……大丈夫です。……そう言って差し上げたいけれど……やっぱりご迷惑、よね』


 内心のシルヴィアの独白など当然知らないヘクターは、不敬にならないよう国王を睨まないよう注意しつつ、その全神経を国王と周囲の人間達の声に集中しているようだった。


『……神様。どうかお願いです。……ヘクター卿とマリアンさんを、お守りください』


 隣り合って祈る二人の様子は、傍から見ればよく似て、息が合っているように見えた。

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