21弟馬鹿と妹馬鹿と裁判開始
レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代であるシルヴィアと、レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、互いに緊張している。
「――打ち合わせ通りに参りますわよ、ヘクター卿」
「――ああ、問題ない。……マリアン、大丈夫か?」
「……はい。私は大丈夫です兄様。……ルイス様」
「いざという時はいつでも助けるよ……マリアン」
裁判当日。
二人はお互いの葛藤をとりあえず脇に置き、王宮の一室である控え室で、愛する弟妹の人生がかかった大一番裁判に集中していた。
「――いいですか皆さん。事前にご説明した通り、裁判は開廷、入場、原告側の訴え、被告人の否認から始まり、その後は被告原告交互の証言者達の証言です」
この日の為に集まってもらった証言者達に、シルヴィアは段取りを改めて説明する。
「原告側や裁判長である国王陛下からは質問が、見物席からは野次がガンガン飛んできますから、焦らず騒がず、冷静に対処する事。そして悪い質問に対して言葉が詰まった証言者への、割り込み弁護は容認されております。これは口が回り図太いわたくしが引き受けますから、証言者の皆さんは、激昂したり辻褄の合わない事を証言したりしないよう、まず御自分の発言を優先してくださいませ」
「判りました、シルヴィア殿」
「わたくしに、うまくできるか判りませんが……がんばってみましょう」
「シルヴィア様の弁護があるならば、安心ですね」
シルヴィアの説明を聞いた証言者達も、多少不安な表情になりつつも頷き、真摯な証言を約束する。
被告側の証言者達は、ヘクターが名を上げシルヴィアが厳選した、マリアンに好意的な者達だ。法廷の空気に飲まれ混乱迷走しなければ、裁判の有利になる証言となる事は確実なので、シルヴィアも気合が入る。
「不愉快な質問は、『そのような話は存じません』、か、わたくしが教えた定型文のどれかを返して流して下さい。――間違っても、原告団と喧嘩してはいけませんよ。いいですね、従騎士ウォルト殿?」
「なっ、なんで俺ですかシルヴィア殿!!」
「貴方が一番心配だからです。ヘクター卿、この子が挑発に乗って飛び出そうとしたら後ろから殴って下さい。国王陛下には見えないように」
「承知した」
「承知しないで下さいヘクター様!! ヘクター様に殴られたら、俺の骨がバッキバキに折れますよ!!」
「応急手当の訓練だと思え」
「思えません!! 医者どころか坊主を呼ばねばならない重傷になります!!」
純朴な従騎士と威圧感溢れる風体で頷く騎士二人のやり取りに、証言者達から温かい苦笑が漏れた。気がまぎれるならば良い事だとシルヴィアは頷き、次はマリアンと寄り添うルイスに言葉をかける。
「ルイス。本日貴方には裏方として、マリアンさんと証言者の皆さんの護衛をしてもらいます。……最悪どんな暴挙が起こるか判りませんからね、そんな連中が証言者に接触する事を阻止なさい」
「了解しました姉上。……遠慮なくマリアンの敵は、潰させていただきますよ」
『ああっ、黒く微笑む貴方も素敵だわルイスっ。……我慢我慢。ここは人前です』
一通りルイスを堪能した後、シルヴィアは一呼吸を置いて落ち着く。
「……そしてヘクター卿。……決闘裁判になったら、というよりまずなるのでしょうが……どうかお願いします」
「……ああ」
その後、僅かに躊躇った後で発せられたシルヴィアの声に、ヘクターは小さく頷いた。
「ラザール卿は、ご自分が認めた強敵程情けをかけず、決闘においても必ず殺すと言われております。……ヘクター卿、お気を付けください」
「判っている。私も全力をもって奴を倒す」
そう答えた後、ヘクターは僅かな沈黙後、シルヴィアに続ける。
「その……シルヴィア殿、裁判まで、色々と取り仕切ってくれてありがとう。とても助かった」
「いいえ、当然の事をしたまでです。……」
そうヘクターに返したシルヴィアは、激励を付け加えるべきか迷い、結局そのまま黙る。
『……嫌われているのだから、余計な事は言わない方がいいわ。……全部終わってから、今まで不快にさせていた事を謝りましょう』
「……」
「……」
黙ったシルヴィアを見返したヘクターも、気まずそうにやや逡巡した後、やはり黙った。
二人を中心とした待合室は、しばし気まずい沈黙が支配する。
「……姉上、ヘクター卿……不器用すぎだ」
「ルイス様?」
「ああ、大丈夫だよマリアン」
そんな二人を呆れたように見たルイスは、恋人に微笑みかけると証言者達に向き直り、優美に一礼した。
「本日裏側から皆様をお守りする、騎士ルイスです。……皆様の安全は、この命に代えても保障いたします。どうぞお心安らかに、証言台にお立ち下さい」
気まずい沈黙は、ルイスの天使の微笑みであっさりと霧散する。
「お、お役にたてるかしらルイス様……」
「ま、まぁ、そんなルイス様……」
「が、がんばりますルイス卿!! だから笑顔で凄まないで下さい!!」
『る、ルイス……麗しいっ!!』
女には陶酔を、男には威圧を、そしてシルヴィアには感動を与えるルイスの微笑みに、場の空気は一度に賑やかになり、そして収まった。
「――そろそろ時間ですね。まいりましょう皆様」
そんなルイスに感謝しつつ、シルヴィアは気を取り直しヘクターから目を逸らすと、マリアンの傍らに立ち、証言者を導くようにして進む。
「……」
「……姉上も貴方も、悪く考えすぎです」
「……」
すれ違いざまそう囁くルイスに渋顔を向け、ヘクターはその行列の一番最後に続いた。
そして関係者全ての入廷、裁判長である国王の宣言を皮切りに、裁判が始まった。
「――被告マリアン・ブランドンは、少女の頃より売春という神をも畏れぬ姦淫によって堕落し、また多くの男を誘惑し堕落せしめた!! 私は我らが神の名のもとに、この女の罪を断罪するものとする!!」
法廷に入る事を許された見物人達で埋まった王宮内の法廷に、シルヴィア曰く、『童貞を拗らせた』痩せぎすの司祭モーガンの訴えが響く。
同時に被告席に座るマリアンへと突き刺さる見物人達の視線は、同情の皮を被った嗜虐や、好色な興味にぎらつく者も少なくない。
こんな裁判の場に引き出される事自体、女にとっては耐えがたい屈辱だ。
「……ふむ。では被告マリアン・ブランドン。原告モーガン司祭の訴えを、そなたは認めるか?」
「――いいえ、国王陛下」
だが周囲に力付けられ、勇気をもって裁判に臨んだマリアンは、それらに怯むことなく顔を上げ、国王の質問にはっきりと答える。
「神と子と聖霊の御名において、私は神様の忠実なる信徒であると誓えます。――いかなる傷を負おうと、魂は潔白です。私はたとえ死に至ろうと、自らの潔白を主張するでしょう」
宗教的な断罪に対し、同じく宗教的な意味での潔白を主張したマリアンは、震える指先を必死に握りしめ、背筋を伸ばす。
「……うむ」
そんなマリアンに穏やかな一瞥を向けた国王は、いつもと変わらぬ声を、法廷内に響かせる。
「レームブルック国法および、宗教法において、原告被告、双方の訴えを確認した。これより双方それぞれの証言者は証言台に立ち、嘘偽り無く真実のみを述べるように」
本戦開始。
そう心の中で呟き、シルヴィアは落ち着いて王へと一礼するマリアンの姿に一安心しながら、最初の証言者を送り出した。
「……」
妹とそんなシルヴィアを確かめながら、ヘクターは法廷でやるべき事をするため、呼吸を落ち着けた。




