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19妹馬鹿と戸惑い

 レームブルックの英雄と恐れられる騎士ヘクターは、二日後に迫った妹マリアンの裁判に臨み、神経を尖らせてる。――だが。


「ヘクター卿!! やはりあの男との決闘になるのでしょうか?!」

「ラザール・デムラン卿!! あの稀代の傭兵が助っ人として、このレームブルックで決闘裁判とは!!」

「腕試しとレームブルックの騎士達と試合をしたというのは、本当ですか?! しかも十騎兵を相手に全く動じず勝利をかっさらったとか!!」

「見たい!! あの男と貴公の決闘なら是非!! いや、裁判が穏便に終わってくれれば良いとは思っておるぞ? 思っておるがな、こんな機会は滅多にないと言うか……」

「……」


 いつの間にか王宮の噂は、暴かれてしまった妹の過去から、ヘクターとラザールの決闘にと完全に話題が移っていた。

 マリアンよりもはるかに派手な男であるラザールが、悪目立ちしながら、ヘクターに喧嘩を売ったからだ。


「なんでもラザールは、シルヴィア・ヴェルナー嬢をお気に召したとか?!」

「なんと!! 高名な騎士二人が美女を取り合うという華まで添えられるのか!! なんという華やかな決闘か!!」

「ヘクター殿!! これは負けられませぬぞ!! 近隣に知られたレームブルックの美女を、余所者などに奪わせるわけにはまいりますまい?!」

「………………」


 これはラザールに礼を言うべきなのか? と、結果的に影が薄くなったマリアンの噂を想いつつも、ヘクターはそれどころではない話で盛り上がる周囲に返す言葉も無く、ただ忍耐を必要とする時間を沈黙で耐えた。

 ヘクターは派手な話題は苦手だ。

 救国の英雄だ、レームブルック最強の騎士だと持ち上げられていても、ヘクターは自分が大した教養の無い、戦場でしか役に立たない武骨者だという事を理解している。

 ヘクターはその外見と雰囲気で女性から恐れられている上、教養深い色男達のように、美女に甘い言葉を囁く事もできなければ、詩歌を送ったり楽器を奏でたりする事もできない。


『そんな私が美女を巡ってあのラザールと決闘など、役どころ(キャラ)ではなかろう。……まして相手が、あのシルヴィア殿など』


 ヘクターはため息交じりに、シルヴィアを思い出した。


『……私などとは、釣り合わんよなぁ』


 偏見をなくしたヘクターにとって、華やかな美女であり、家を支える技量と教養、そして十分な持参金を用意できる家に生まれたシルヴィアは、どこに嫁いでもおかしくない淑女に思えた。


『……まぁ、夫よりも弟を熱愛しそうだから、夫となる男はその辺の忍耐が必要だろうが……それでもやはり、彼女は……良き女性、だろうな。……私なんかと噂になるのは、不本意だろう』


 そしてだからこそ、シルヴィアと妙な噂になるのは虚しかった。


『……彼女は、弟の恋人を守ろうとしているだけだものな。……この騒動が終われば、私と関わる事もないだろう。……きっと彼女は清々する』


 その虚しさがどんな感情からくるものか。――それを考えないようにしながら、ヘクターは裁判の準備をコツコツと進めていた。


「おーい我宿敵!! 相変わらずの飢えた熊面だのう!! もっと人生を楽しまんか!!」

「また貴公かラザール卿!!」


 そんなヘクターを王宮で見かける度、ラザールは楽し気に絡んで来た。


「大体なんでまた、性懲りも無く王宮に出入りしてるんだ?! 騎士達に闇討ちされるぞ!!」

「はっはっは。ならばむしろあっぱれと、相手をしてやろうっ」


 あれだけ暴れたラザールだが、何故かレームブルックには馴染んでいるようだった。

 今は国王の許可の元王宮に足を運び、淑女に囲まれ異国の珍しい知識を披露したり、騎士達に囲まれて一触即発の舌戦を受けて立ったりと楽しそうに過ごしている。

 色々と悩み多きヘクターにとっては、当然ながら面白くない生活謳歌ぶりだ。


「冗談ではないっ、さっさとラスボーン大臣家の客間に帰る事だ!」

「あそこは居心地が悪くてなぁ。やれシルヴィアに手を出すなだの、ヘクターとなれ合うなだの、腰抜けの若造が煩いのだ」

「腰抜けの若造……まさかハドリー卿の事か?」

「まったく、あんなのの機嫌を取る事まで料金に入ってはおらんわ。それならば王宮で、淑女たちを口説いたり、つっかかってくる騎士達をからかった方がまだ面白いというもの」

「なんて迷惑な客だ……国王陛下も止めて下さればよいものを……」


 ヘクターは、ラザールの登城を快く許す国王に、少しだけ恨みを抱いた。勿論本気でではない。


「はっはっは、この国の国王陛下は中々の好人物だな。儂の強さを素直に認める所などは、嫌いでは無いぞ。それでいてかつての大侵攻の時は、恐ろしく勇敢だったとか。事実か?」

「事実だ。……そんな御方だから、私のような者もお仕えできるのだ」

「うん。卿の良さを認めたのだ。見る目はあろう」

「……」


 さらりと褒められ言葉に詰まるヘクターに、ラザールは続ける。


「だが、そんな王家に対し、家臣は少々悪辣だな。まぁ、よくある事だが」

「……なんの事だ?」

「それで、卿は裁判準備かヘクター卿?」

「ん? ……ま、まぁな。裁判内容に関しては、貴公には無関係だ。詮索は……」

「詮索はせんが、忠告はしておく」

「……忠告?」


 ああ、とラザールは頷きしかめっ面になる。


「どうもなー、儂の雇い主というか雇い主の倅は、悪い事を企んでいるようなのだ」

「……悪い事?」

「裁判で勝つより、卿を殺す事を重要視しているというか……まぁそれは儂の目的でもあるので、構わんのだが」

「……」

「気に喰わんのは、儂が必ず殺すと言うておるのに、何やら怪しげな連中を館に招き入れ、あれこれと企てておる様子だ。まるでこの儂を信用してないようではないか。気に喰わん。まったく気に喰わん」


 気に喰わない所はそこなのか、と思いつつも、ヘクターは口元を引き締める。


「企てとは、穏やかではないな。何か証拠でもあるのか?」

「無い。というか、何をやっておるのか知らされてもおらん。言ったろう、儂は信用されておらんのだ」

「自分を信用しない雇い主のために働くのは、馬鹿々々しくないか?」

「そこは割り切っておるさ。お前を殺せる機会を与えてくれたことには、感謝しておるしな」

「死んでやる気はないぞ」

「そうでなくては面白くない。まぁ、そういう事だ。闇討ちには気を付けろよヘクター卿。ああ、自分だけじゃなく、自分の家族にも気を配っておけ」

「忠告には感謝する。……とりあえず、私の家族は大丈夫だ」


 ヘクターは、裁判まで法廷戦術を練る、とマリアンをヴェルナー家の邸宅にひっぱって行ったシルヴィアに、密かに感謝した。


「そうか、ならば良い。お前とは最高の状態で戦いたいからなっ」


 多くは聞かず、ラザールはそう言って笑った。

 ――そしてふいに、ヘクターの背後に視線を送ると、楽し気に呼びかける。


「おおっ、これは乙女よっ。会うたびに麗しくなるようだな貴女はっ」

「……ごきげんよう。昼間から酔っぱらっておられるのかしら、ラザール卿」

「――っ」


 ヘクターが慌てて振り向くと、そこには侍女を連れ、王宮の廊下を静々と通り過ぎるシルヴィアの姿があった。


「そうだな、たった今貴女の色香に酩酊したところだ乙女よ。白鳥になって、貴女の沐浴中に寄り添ってしまいたいな」

「あらあら、貴方様ならば白鳥では無くケンタウロスではないかしら。人妻を狙って夫に殺されないよう、ご注意なさいませ」

「はっはっは。毒矢一発で死ぬ儂ではないな。」


 口説いてくるラザールを軽々あしらうシルヴィアは、辛辣な口調の割に楽しそうに見えた。


『けんたうろす……確か西の神話だったか。……そういえば、自由奔放に見えてラザールは、案外教養もあり、女性を飽きさせない話題も豊富だな……』


 そんな二人に疎外感を覚えたヘクターは、それを恥ずかしく思う。


『……疎外も何も、私と彼女達は無関係ではないか』

「――それでヘクター卿、今からお時間はございますか? わたくしはこれから――」

「……悪いが、準備に忙しいので」

「……え?」


 そんな内心の複雑な感情が、ヘクターにシルヴィアの言葉を拒否させた。

 

「貴女と違って、おしゃべりに興じている暇はないんだ。失礼する」

「なっ――」


 失礼な事を言った、という自覚はあった。

 

『……何を言ってるんだ私は。……シルヴィア殿が遊んでるわけじゃない事くらい、判っているじゃないか。……なのに』

「ヘクター卿、御言葉ですがわたくしは――」

『……どうして、こんなに……彼女に苛立ってしまうんだ』


 だがそれをどうしても謝罪する気になれず、ヘクターは足早にその場から消えた。

 過ちを認めず、相手に謝罪もしない。それはヘクターが騎士となって初めての事だった。


『……どうかしてる。……今は裁判だ』


 そんな自分でも制御しにくい苛立ちを、ヘクターは頭の片隅に追いやる。


『彼女には後日謝ればいいだろう。……マリアン、お前は必ず、兄が護る』


 そしてヘクターは、今一番考えなければいけない事と、妹の笑顔を無理やり思い出す。

 ――いつも湧き出るように浮かぶ妹の笑顔を、無理矢理思い出したのは初めてだった。

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