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18弟馬鹿と妹馬鹿と傭兵

 レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代であるシルヴィアは、試合場である王城の中庭で、困っていた。


『どうしましょうか。騎士様達が、ラザール卿の手の平で転がされています。……こんな決闘止めたいけれど、女の言葉なんか聞き入れては下さいませんわね』


 頭にすっかり血が上った騎士達と、そんな騎士達を嘲笑するラザールは、自分の従者や従騎士に手伝わせ、決闘準備を進めていた。

 事の成り行きとその結果である決闘を、シルヴィアは勿論馬鹿々々しいと思っていたが、だからと言ってそれを止める力は無かった。


『国王の騎士に命令できる女性は、国王妃様だけですもの。その国王妃様は、本当に侍女達を連れて散策に行かれたご様子ですし……ああまったく、こんな勝負勝っても負けても、なんの得にもなりませんのに……』

「おや、憂い顔だな乙女よ。そんな表情もまた美しいが」

『……準備が早いこと。従者の腕がよろしいのですわね』


 シルヴィアの心配をからかうように、ラザールは手早く準備を済ませ、従者に引かれて来た馬の鬣を撫でていた。

 身の回りに置く者達も美しいものを好むのか、ラザールは連れている従者と馬も、瀟洒で立派な装いをさせている。


「心配するな、儂にとってはお遊びよ。殺しはせん、というより殺すほど滾らん」

「あちら方はとても、手加減なさるようには思えませんが」

「そうであろうな。だから?」

『本当に、自信家ですわねぇ』


 対戦相手を全く気にしてない様子は、そのままラザールの自信だろうとシルヴィアは呆れた。


『……いいえ、この男のように相手をバカにしたりはしなくても、わたくしのルイスだって同じくらいの自信と実力はあるはずよ。……それに、ヘクター卿だって……』

「……」

「……なんでございましょうか、ラザール卿?」

「いやいや、貴女にそこまで可愛らしい顔をさせるヘクター卿が、羨ましいと思うてな」

「なっ?! ち、違います! 今考えていたのは、わたくしの大切な弟についてです!」


 間違いではなかったが、図星とも思われたくなかったシルヴィアは慌てて訂正する。


「ほう、弟。強いか?」

「ええ、それは勿論っ。先日の馬上試合(トーナメント)では決勝まで残り、あのヘクター卿に一本取ったのですからっ」

「……なんと? 貴女の弟では、まだ若造ではないか?」

「御年十八の若武者ですわ」

「なっ…………ヘクター卿……腕がなまったか?」

「違いますっ。ヘクター卿が弱くなったのではなく、わたくしの弟が天才なのですっ」


 言ってることが失礼なのでシルヴィアは訂正するが、予想以上にショックを受けている様子のラザールに、少々不思議な気分になる。


「ご心配なく、ヘクター卿は今も変わらず御強い騎士様ですわ」

「だったら良いがなぁ……」

「……それほどまでに、ヘクター卿と戦いたかったのですか?」

「そうでなければ、つまらん金持ちの誘いなど気乗りせんかったさ。……戦場で気に入った騎士達は、粗方殺しつくしてしまった。再戦を焦がれ求める敵は、ヘクター卿が最後よ。……試合などではない、あいつの全力との殺し合いができるのならば、どんな仕事だってしよう」

「……ヘクター卿も、とんだ男に見込まれたものですわね」


 シルヴィアはヘクターに同情した。


「ははは、それは貴女もだぞ乙女よ」

「ほほほ、ヘクター卿ほど熱烈には想われていないようですので、安心いたしましたわ」

「どうするかな~。貴女を口説き落としたらヘクター卿が更に本気になるかもしれんが……おっと」

「……あら」


 ラザールの声につられて視線を上げると、猛然と中庭へ走り込んで来る大男の姿を見つけた。ヘクターだ。


「っ!! ラザール卿!! 卿は何を――」

「おっと、あちらの支度もできたようだ。名残惜しいが、それではな乙女よ」

「負けたら笑ってさしあげましてよ」

「負ける気は無いが、それはそれで悪くないな。貴女の嘲笑はゾクゾク来そうだ」

『範囲の広い男ですわねー』 


 ヘクターをからかうようにシルヴィアに一礼したラザールは、馬に乗って試合場に向かった。

 そこにヘクターが到着する。


「シルヴィア殿!! あれはいけません!! 危険な男です!!」

「そうですわね、あれはいけません。ヘクター卿は特に近寄らない方がよろしいわ。危険ですから」

「……え?」

「……」


 よく判ってないヘクターを他所に、中庭では決闘の支度が整っていた。


「っ本当にやる気か!!」

「はぁ、止められませんわね」

「各々方!! このような戦いに名誉はありませんぞ!!」


 慌てて騎士達に呼びかけるヘクターに、騎士達の怒声が帰って来る。


「止めないでくだされヘクター卿!!」

「あの腹立たしい傲慢男はブチのめさねばなりませぬー!!」

「大口叩きおってー!! 目にものみせてくれるわー!!」

「あいつに好き勝手放言させたままの方が不名誉でございますー!!」


 これはだめだと、がっくり肩を落とすヘクターにシルヴィアは察した。

 なお国王は、試合場の真ん中に小姓達と陣取り、審判体制に入っている。


「頭に血が上った騎士は、猪並に扱い辛い……」

「ですわねぇ。ヘクター様も、ああいった時期がございましたの?」

「……」


 黙って視線を逸らしたヘクターの黒歴史を、シルヴィアは何となく想像できた。


『とはいえ、もう始まってしまいますわね』


 そろそろ諦めの境地に至りながら、シルヴィアは向かって左側に横烈した騎士達と、右側に馬を留めたラザールを観察する。


『……傭兵ラザール。ああ、これは間違いなく、強い』


 完璧に服従している騎馬、重心が揺れない安定した姿勢、構えた槍の微動だにしない穂先。

鈍く輝く灰鉄色の鎧甲冑に身を包んだラザールは、シルヴィアが祖父である老騎士から教えられた、騎兵の理想の戦闘態勢そのものだった。

そしてラザールと比べると、対峙する騎士達は興奮故か姿勢に一貫性がなく、どこか乱れている。


「……変わっていないな」

「ヘクター卿?」

「数年前に戦場で見た時と何も変わらない。……相変わらず、戦いの中に生きているようだ。……やはり戦士としてだけならば、あの男はすばらしい」

「……」


 そう、ヘクターが小さく呟いたような気がしたが、シルヴィアは見なかった事にする。

 なんとなくヘクターが他に見惚れている姿は、おもしろくない。


「レームブルック王国内試合の規定に従い、落馬の時点で、その騎士は敗北である。――両者、構えい」


 周囲の喧騒とは無縁の、穏やかな国王の声が中庭に響いた。

 騎士達は猛り、ラザールはむしろ静かにその時を待つ。そして。


「――試合開始(ヘラルド)!!」


 試合開始の宣誓と共に、中庭に馬が踏み込み凄まじい地響きが巻き起こった。

 獣じみた咆哮と共に十騎は扇の骨のように一直線にラザールへと突撃し、ラザールはそれを、加速させた馬で迎え撃つ。――そして。

 

「っ!! ――二騎、同時に?!」


 一度目の衝突で、抉り取られるように二人の騎士が馬から叩き落とされた。

 ラザールは厳密には一直線ではなかった、とシルヴィアは理解する。

 ラザールの馬は猛然と加速しながらも、まるで主人の意志を感じ取るように、微細な|曲線をもって敵の馬群中を走り抜け、敵の攻撃をすり抜けながら主人に絶好の攻撃機会を与えたのだ。


『な――なんて走りでしょう!! 馬も!! あれを走らせるラザール卿もまともじゃない!!』


 その卓越し過ぎた馬術に、シルヴィアは感嘆を通り越して呆れた。


「良い子だ、我が相棒。――さぁ若造共!! 少しは楽しませろ!!」

「ひ――っぎゃぁああ?!!」


 そしてまったく衰えない加速のまま逆端まで馬を走らせたラザールは、そのまま鋭い方向転換(ターン)で再び敵を見据えると、浮足立った者達から順々に撃破していく。

 優劣の差は明らかだ。


「さ、散開してラザール卿を囲めば、あの突撃は止まりませんかヘクター卿?!」

「無理でしょう。囲ませるほどあれは遅くないし、なにより馬の突破力が違い過ぎる。それにラザール卿は、相手の意図を見抜き馬を走らせるのも上手い。何かを企てれば、その企ての要を突いて崩壊させてくる」

「な――なんて嫌な戦い方でしょう!!」

「全くです。――だがだからこそ、あれに勝つのはとても難しい。……ラザール・デムラン卿は悔しいが、正しく決闘の天才だ」

「……」


 やはり、ヘクターが他の誰かに目を奪われている姿を、シルヴィアはなんとなく面白くないと思った。


「? どうしましたシルヴィア殿?」

「なっなんでもありません! ――あ、レオナルド卿が……」

「六ターンで全騎士撃破か。……まぁ、最後まで残ったレオナルド卿は、健闘した方でしょう」


 結局勝負は、大口通りの実力を見せつけたラザールに、最簿まで粘った騎士が馬ごと転倒させられる形で終わった。


「――ふん、弱い弱い!! 貴様らそれでも騎士か!! 殺す価値も無い!!」

「うぐ……っ!!」

「くそ……強いっ!!」


 ラザールは地面から自分を見上げてくる騎士達を罵倒した後、馬上からヘクターへと視線を送り、怒鳴る。


「ヘクター卿!! よもや卿も、こやつらのように腑抜けてはおるまいなぁ?! つまらん連中のどうでもよい訴えに手を貸しに来たのは、偏に卿を殺すためだ!! 殺す価値も無いつまらん男には、なってくれるなよ!!」


 どこまでも高慢な言葉だ。


『まぁ、なんて男なの!!』


 その挑発にシルヴィアは腹が立つが、隣に立つヘクターは一つ小さな息を吐き、ラザールへと返す。


「貴公が楽しむかどうかは、私の関知するところではない」

「ふん、負けた時の言い訳かヘクター卿?!」

「いいや、これは勝つための誓いだラザール卿」

「……ほう?」

「私は、貴公と楽しむために戦う事は無い。我戦いと勝利は、全て国王陛下への忠義の元、愛する者達を守るためのものだからだ。――貴公がそれを侵そうとする者達の味方をするというのならば、絶対に負けるわけにはいかない!!」


 ヘクターの言葉は、聞く者達全てに宣言するように、力強く中庭へと響いた。


「……ふん、ならば良い。――勝ちたいなら儂を今度こそ殺してみせい!! 儂も今度こそ、貴公を殺してやるぞヘクター卿!!」


 ヘクターの言葉にラザールは返し、そして心底楽しそうに嗤った。


『……この男……女より決闘好きですわよね絶対』


 その間、自分が二人から一瞥もされなかった事に気付いたシルヴィアは、やや複雑な胸中になりつつ、ヘクターの隣をキープした。


『べ、別に……ラザール卿と張り合ってるわけではありませんからね……』

「……シルヴィア殿?」

「張り合ってるわけではありませんからねヘクター卿!!」

「な、なんの事ですかっ?」


 そんなシルヴィアに気付いたヘクターは、当惑しながら首を捻った。


「……ほほぅ?」

「貴公もなんなんだラザール卿?!」


 そんな二人を見て、ラザールは更に嗤った。

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