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10弟馬鹿と宴席

 レームブルック王国、ヴェルナー騎士家女主人名代であるシルヴィアにとって、貴人の話し相手は、大事なお役目だ。

 それは馬上試合(トーナメント)の祝勝宴席でも変わりなく。シルヴィアは多くの貴婦人達と共に、女性用テーブルで国王妃以下身分の高い女性達の話に相槌を打ち、貴人の機嫌を伺いながら話を合わせていた。いつもの事だ。

 ――だが。


「――そなたはどう思う、シルヴィアよ? 儂はヘクターを、中々良い男だと思うておるのだが?」

「……お、仰せの通りにございます」


 そんな貴人の頂点である国王から、よりにもよって天敵ヘクターを称賛する話題を振られ、更に同意を求められるのは納得いかなかった。


『……いいえ、これは想定されるべき事態』

「そうかそうか。うむ、そなたはヘクターに飾り袖を渡し、健闘を祈ってくれたのであろう?」

「………………………………………………………………………………………は、はい」

「いやぁ、あれは婦人達に怯えられ、浮いた噂一つ無かったからのう。心配しておったのだが、これで一安心した」

『――あの男の兜を飾った飾り袖を、わたくしのだと公言してしまった以上……そりゃあ国王陛下の御耳に入るのも、それを喜ばれるのも、予想すべき事態でしたわよ!! ――国王陛下は、あの熊男をとっても気に入っておられますもの!!』


 シルヴィアは勢いとはいえ、大勢の耳があるあんな場所で放言してしまった事を心底悔いた。だが今更取り消せない。


「父上!! ヘクター卿の素晴らしさは、判る者にだけ判れば良いのですよ!! あの方が何度戦場で名高き敵将を討ち取り、我ら王族を守ってくれた事か!! あれほど頼れる騎士はおりませぬ!!」

「兄上に同意です!! 私もどうせ負けるなら、ヘクター卿にお手合わせ願いたかった!!」

「ルイス卿が羨ましかったですねっ!! 私もヘクター卿のように、国を守れる強い騎士になりたいものです!!」


 更に国王の息子である王子達まで目を輝かせてヘクターを褒め出せば、シルヴィアの話題否定権利など無いも同然だ。


『国王陛下だけでなく、王太子殿下以下王子様達もあいつの信奉者だなんてー!! 馬上試合(トーナメント)の時思いましたけれど!! あの熊男は婦人にではなく、殿方にもてるタイプだったのですね!! これで否定なんかしたら、非難轟轟ではありませんのー!!』


 別にヘクターのせいではない。

 だがヘクターを恨まずにはいられず、シルヴィアは話題から逃げるためにさり気なく後ろに下がりつつ、遠くでぶどう酒の杯を楽しんでいるように見えるヘクターに、一睨み送っておいた。


『呑気なものですわね!! 貴方!! わたくしと噂になんかなりたくないでしょう?!』

「――まぁまぁ我が君、勝手に話を盛り上げては、シルヴィアが可哀想ではありませんか」

「む?」


 幸い、国王達は国王妃にやんわりと窘められる


「貴婦人とて特に他意は無く、お世話になっている方の健闘を祈る事だってあるのですよ? そうであろう、シルヴィア?」

「っ……お、仰せの通りにございますっ。ヘクター卿には日ごろから弟ルイスが大変お世話になっており、そのきっかけで……健闘を祈らせていただいたのでございます」


 シルヴィアは上品に微笑む国王妃に感謝しながら、話に乗せてもらった。


「ふむ、まぁそれがきっかけとして……シルヴィア、どうじゃなあの男は?」

『それでも振ってきますか国王陛下?! 申し訳ございませんが、わたくしとあの男は仲良しどころか天敵同士なのですよー!!』

「まぁ陛下、そんな強引に……」

「いやいや妃よ、儂は若い者達の幸せと富国強兵を考えておるのだよ。やはり利発な娘は、修道院に行くより結婚し、妻母となって子を立派に育てて欲しいという……」

『勘弁して下さいー!! あの男と結婚なんて想像もできません!! あんな――』


 ――シルヴィアの脳裏に、圧倒的力で敵を倒すヘクターの姿がよぎる。


『あんな……戦っているときはちょっと素敵でしたけど!! それだけですわ!! それだけですからね!! 勘違いしないでくださいませヘクター卿!! 貴方は馬上試合(トーナメント)なんかめったに出ない方だから、だからちょっとびっくりしてしまっただけなんですからね!!』


 そう思いつつもう一睨みすると、偶然か視線が合ったヘクターは、一瞬引きつるように体を硬直させ、慌てて視線を逸らした。


『まぁ!! 失礼な男!! ……わっ、わたくしだって、貴方なんて嫌いなんですからっ!!』


 少しだけ痛む胸を無視して、シルヴィアはヘクターから目を逸らし、話の輪に視線を戻す。


「やはり、騎士は戦闘力であろう妃」

「まぁ陛下、平和な治世下においては、貴婦人に向ける優美さも大切にございます。王太子妃(長男の嫁)、そなたはどう思う?」

国王妃様(お義母様)、わたくしは、騎士様はやはり馬術であると思います」 

「ははは、王太子妃は馬が好きだからな」


 国王と国王妃を中心とした話の輪は、いつの間にか話題がヘクターから移り始めている。


『……これなら、そっと逃げても問題ありませんわね』


 話題が移り、国王の興味が自分から完全に逸れたのを確かめたシルヴィアは、国王が移動した所で一礼して話の輪から完全に外れ、そして中庭へと逃げる事にした。


「……むっ、シルヴィアが動いたぞっ、ほらっ、飲んでる場合かっ! 行くのだヘクターっ!宴席後夜の中庭なんて、絶好のシチュエーションであろうがっ」

「……陛下、楽しんでおいでですね?」

「何をいう妃っ、楽しまずにどうするっ、あの堅物威圧ヘクターの色恋沙汰であるぞっ」

「……そうだと思いました」


 そんなシルヴィアに密かな声援を送りつつ、国王は妃に本音を漏らした。

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