ハウスキーパー?
今日は土曜日である。今週は入院していたせいでほとんど学校に行ってないな……。
そして、来週から新しいハウスキーパーの人が来るらしいのだが、今日、挨拶に来るとのことだ。
実際に働く前に、自己紹介をかねてとのことらしい。
時計を確認すると十一時一分前だ、来る時間は十一時らしいのでそろそろ来るだろう。
そう思っていると、チャイムの音がなる。
時計を見る、秒針がちょうど十二の数字を回ったところだ。
「時間ぴったりね」
母親がそう言いながら、玄関に向かう。
……あれ、戻ってこないな、そう思った時にちょうど戻ってきた。
戻ってきた母親の顔を見ると、何とも言えない微妙な顔をしていた。
その様子を変に思っていると、後ろから人ついてきてリビングに入ってくる。どうやら、新しいハウスキーパーの人らしい。その人を確認すると、母親の微妙な顔の理由がわかった。
リビングに入ってきた女性は、アッシュグレイの髪をした、無表情な人だった。容姿はこの世界においても、優れている位である。例えるならば、芸術の粋を集めた人形と評したらぴったりな人だった。
……が何故かメイド服を着ていた。
家が頼んだのはハウスキーパーであってメイドでは無いのだが……。そもそもメイド服でここまで来たのだろうか?
母親が微妙な顔で、椅子を勧め、飲み物をだす。
「ありがとうございます」
メイドの人の声は、聞き取りやすい非常に綺麗な声だった。
「えーと、”鋼城 マリアンへレス”さんでよかったわよね」
「はい、その通りです、奥様。こちらが履歴書になります。」
「あっはい、どうも拝見します。あっその前に、私が家の主人の秦野 洋子、こっちが息子の秦野 琥珀。」
「よろしくお願い致します」
挨拶をすると、鋼城さんは見とれる程に綺麗なお辞儀を返してくれる。
母親が受け取った履歴書を確認しているのを、行儀が悪いが横からのぞき込む。
「すごいわね、国立第一軍学校を卒業してるのね。卒業後は、軍に所属していたと……、って十年もいたの!」
「はい、十一歳で入学、十五で卒業して、その後十年間軍にいました、そして軍を辞め、今は皆橋家事代行サービスに入社致しました」
何故ハウスキーパーに……、と思い親子共々沈黙していると。
「家事に関しては、修行を積みましたので問題はありません。さらに軍時代に、第一級護衛官の資格も取得していますので、奥様、お坊ちゃまの護衛にも役に立つ自信があります」
俺たちに黙っていられて、不安に思ったのか、自己アピールをしてくる。……いや、顔は無表情な訳だが。
第一級護衛官この資格を持つ人は、主に要人警護などで活躍しており、資格取得には大変苦労するらしい。
「すっ、すごいのね……」
「それ程でもありません」
「何故、エリートコースを歩んでいた貴女が軍を辞めたのか、聞いても良いかしら?」
鋼城さんは少し目を閉じた後、おもむろに鞄の中から本を取り出した。本にはカバーが掛かっていた為、何の本かわからない。
「理由はこの本に出会ったからです」
「拝見しても?」
「ええ」
母親はその本を手に取り、ゆっくりと開き……
「あら懐かしい」
と小さく声を出した。その母親の横からのぞき込むと、そこには可愛いメイドさんとかっこいい男の子が描かれている漫画があった。
「……これは?」
「琥珀君知らない? 大人気だった漫画だけど」
「いや、知らないけど」
俺の言葉に反応したのか、鋼城さんが話し出す。
「これは、十年ほど前に大人気だった、”メイドの主はご主人様”というタイトルです」
「はぁ……」
で?
「私は、発売当時、この漫画の存在を知らず、最近になって読んだのです」
「はぁ……」
で?
「最初は、知り合いに勧められて読んだのですが、読んだ瞬間私のやりたいことがわかったのです」
「……はっ?」
「わたしのやりたいことは国に仕えることでは無く、自分が認めた主に終生仕えることだと言うことにです。それを理解したらこのまま軍に居る訳には参りません。すぐに軍を辞め、いつ主が見つかっても良いように修行を開始致しました。そして修行が完了したので仕えるべき主を捜す手段の一つとして、今の会社に入社致しました」
……つまり、この人は漫画に影響されてメイドになったってことか? ……マジですか? スペックだけ見ると恐ろしい程なのに、ちょっと思い切り良すぎやしませんか、この人。
「じゃあ、主さんが見つかったら、仕事を辞めるということかしら?」
母親が疑問に思ったのか質問をする。今の話だとやはり見つかったら、辞めるのだろう。
「いいえ」
しかし、鋼城さんの返答は違っていた。そして衝撃の答えが返ってくる。
「私がお仕えする、ご主人様は今見つかりました」
そう言い、こちらをジッと銀色の瞳で見つめてくる。
「…………んっ?」
「どうか私を貴方のメイドにして下さい、琥珀様。貴方様を見た瞬間、はっきりと理解したんです」
「え~と、何を、と聞いても?」
「貴方が私のご主人様だと言うことをです」
そう言うと。流れるような動作で俺の手を取り、そのまま甲に唇を落とす。
その顔を見ると、白い肌がほんのり紅く染まっている。
……盛り上がってる所悪いけど、たぶんそれ只の思い込みですよ。