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お昼ごはん

「な、何事……」


 女子達が出ていったドアを見て、前頭が呟いている。

 いつもなら、走っていく女子が数人居るぐらいである。決して今のように他を蹴落してでも絶対に自分が先に行くと言うような、凄惨な争いは起きない。


 何よりも、まだ授業は終わっていない。


 教壇をみると、現国を教えている田中先生が唖然としている。


 どうすんだよこれ……。


 その後、気を取り戻した先生が終わりを宣言した後、起立、礼をして授業が終わる。


 二人だけで起立、礼したの初めてだよ……。


「えと、じゃあ俺も行ってくる」

「うん、よくわからないけど、気を付けてね、本当に……」


 前頭はドアを見ながら、そんなことを言う。

 先ほどの女子達の異様な行動が気になってるのだろう。

 俺も気になる……。


 さぁ買いに行くかと、ドアへ目に向けると、先ほどとは違う光景がそこには有った、入り口に人がいるのだ、ボロボロの女が。


 乱れきった長い髪で顔が隠れている女である。髪の毛の隙間から見える目はギラギラと怪しげな光を放っている。


 あまりな光景に思わず叫びそうになったが、ドサリと音をさせ椅子から崩れ落ちる前頭を見て、頭が冷える。


 前頭が気絶したようだ。倒れた前頭の身体をゆすりどうにか気を取り戻させる。その間に先ほどの女性は教室に入り近づいてくる。別に問題はない。冷静にみたらクラスメイトである”三枝(さえぐさ) みのり”だったのだ。決してテレビの画面から出てくる人じゃない。なぜボロボロなのかはわからないが。いつもは長い黒髪が綺麗な清楚な美少女なのだが。今はとてもホラーだ。


「なっ、何が……」


 気を取り戻した前頭も、誰かわかったのか、そんなことを小さく口にする。


「……ぱ」


 近くまで来た、三枝さんから疲れ果てた声が聞こえてくる。


「パン買って……、きまっ、きましたから、一緒に食べっ……食べて、……くれませんか?」


 息も絶え絶えでそんなことを言ってきた。


 どうやら、朝に言った俺達の会話を聞いていたらしい、女子全員……。

 購買に買いに行きたく無い俺の代わりに、パンを買ってきてお昼に誘おうとしたらしい、女子全員……。


 よほどの激戦だったのだろう、いつもは綺麗な黒髪もすっかり艶を失っており、制服も所々破れている。

 

 俺は思った、これで断ったら、この娘ショックで自殺しないだろかと……。そこはかとない危うさを感じる。


「い、いいよ……」


 取り敢えず、了承しておいた。



 ……怖いから。



 その言葉を聞いた三枝さんの変化は劇的だった。


「本当ですか!」


 今にも死にそうだった声は張りを取り戻し、目には生気が戻っていた。

 そして、ハッ! と自分の今の姿に気づき。


「少し待っていて下さい。すぐ戻って来ますから、本当すぐですから」


 と言い放ち、出ていった。しかしすぐにその言葉通り戻ってきた、戻ってきた三枝さんの姿は見違えていた。


 長い黒髪はいつも以上の艶があり、肌はプルプルとした張りがでて、全身から力が漲っているのがわかる。さらに所々破れていた制服は繕われていた。三枝さんが来た後に戻ってきた女子達と比べると、あきらかに


 ”勝者と敗者”


 その言葉がふさわしい光景となっていた。


「さあ、食べましょう! いろいろ買ってきたんです」


 三枝は嬉しそうに言う。その言葉を聞き恨めしそうにこちらを見る女子達だが、決して混ざってこようとはしない。おそらく敗者には俺とお昼を一緒にする権利はないのだろう……。


「あっ、お金はらうよ」

「そんな、いいですよ! 私が勝手に買ってきただけですから、好きなパンが無かったら申し訳ないですし」

「えと、……じゃあお言葉に甘えて、頂きます」

「はい、召し上がって下さい」


 本当は、パンくらいで恩に着られても腹が立つので、お金を払おうと思ったが、その心配もなさそうなのでありがたく頂くことにする。


「あっ、カツサンド貰うね」

「はい、前頭君も良かったらどうぞ」

「僕はお弁当だからいいよ……」


 前頭は不機嫌そうに返事を返すが、三枝さんはニコニコと嬉しそうだ。その三枝さんはフルーツサンドを頬張っている。ちなみにパンはまだ十個ほどある。


「あっ、秦野君、口元に食べかすがついていますよ」

「えっ本当?」


 指で拭ってみるが取れていない。もう一度拭おうとすると、三枝さんが近づいてきた。


「じっとしていて下さいね……、ほら取れました」


 三枝さんは指で取ったパンくずを見せると、そのまま口に入れた。


 その瞬間、教室は恐ろしい殺気に包まれた。


「呪呪呪呪呪」


「怨怨怨怨怨怨怨怨」


「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」


 教室中から怨嗟の声が聞こえてくる。

 その空気に前頭は恐怖からぶるぶる震えている。しかし、目の前の三枝さんは、何もないように清楚に笑っている。


「さ、三枝さん、お昼みんな凄い勢いで出ていったけど、身体大丈夫?」

「大丈夫ですよ、人生の敗北者達が一杯出ましたけど、私は勝ちましたし問題有りません」



 何故か煽りやがった!



 その言葉に、教室の空気がさらに淀む。


「呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪」


「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨」


「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」



 三枝さんは、その空気もまったく気にせずに話を続ける。


「それに、私格闘技を習ってるから丈夫なんです」


 むん、と力こぶを作る仕草をする。

 可愛い仕草だし、清楚な美少女である三枝さんがする事によって、さらに可愛いのだが……。

 この異様な空気の中で、この態度。


 この清楚な美少女の神経は、かなり図太い事がわかる……。


 こうして退院後の初めての学校は過ぎていった。


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その瞬間、教室は恐ろしい殺気に包まれた。 はははは、はははは。
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