クラスメイト
学校が近づくにつれ女子生徒が増えてくる、と言うよりも、今のところ前頭以外の男子を見かけない。
その中を歩いていると、自ずと注目を集める、それを感じてだろう、隣を歩いている前頭の機嫌が悪くなっているようだ。なんせ、前頭のふっくらしている頬が、さらに膨れている。擬音で表すとプンプンであろう。
「本当嫌だね! こんな不躾に見てきて、もうちょっとデリカシーってもんを考えて欲しいよ! プンプン!」
自分で言いやがった!
今まで気づかなかったが、どうやら前頭はぶりっ子なのかもしれない……、女嫌いの癖に誰にアピールしているのか知らないが……。
…………俺じゃないよな?
女生徒達の注目を浴びながら校舎の中に入り、教室に向かう途中、綺麗な声で呼び止められる。
「秦野君」
声を掛けてきたのは、クラスメートであり委員長の、三島 百合だった。外見は前髪をパッツン揃え、後ろ髪をポニーテールにしている少女である。印象的なのは、釣り眼がちの目の下にある泣きボクロで、どことなく色気が漂っている美少女である。
「委員長、おはよう」
「え、あ、お、おはよう」
「? どうかした?」
朝の挨拶をしたら、驚かれたので聞いてみると、横から不機嫌そうに前頭が口を挟んでくる。
「秦野君が挨拶をしたから戸惑ってるんだよ、いつも通り無視してたらいいのに」
あっそうっスか、俺の今までの態度ですか、サーセンでした。
「だから、成長したっていったろ、挨拶ぐらい普通にするよ」
「秦野君、私、今日の日を一生の思い出にするわ!」
委員長はよほど嬉しかったのか変なことを言い出す。
「別に、明日もするからそんなに気にしないで欲しいな……」
委員長を見つめ、微笑みながら声を掛けてみる。
自分の笑顔がどれくらい効果があるのか試してみたのだ、効果があればこれから先も多用していくつもりである。
なんせスマイル、ゼロ円だから。アーヘンハイムの通過は円じゃ無いけど……。
すると委員長は、顔を赤くし、呆然として動きを止めている。
「……委員長?」
動かないので再度声を掛けてみると、委員長の鼻から一筋の赤い血が流れ落ちてくる。
どうやら、頭に血が上りすぎて鼻血を出したらしい。
俺の微笑みは効果抜群である。
とりあえず、ティッシュを渡し、鼻に詰めさせる。
鼻に詰め物をした、美少女か……、凄い微妙である。
当の本人は、ふわふわした足取りで歩いており、実に危なっかしい。
前頭はなんで委員長なんかに優しくするのかとプリプリ怒っている。
何故、前頭が怒っているのかが、謎だが、それ以上に謎なのは、委員長が何の用事で話しかけてきたかである。まぁ、忘れるぐらいだから、たいした用事でもなかったのだろう。
三人で教室にはいると、俺の姿を確認した女子達が一斉に周りに集まってきて、口々に体調の心配をしてくる。
「秦野君、身体大丈夫だった?」
「もうみんな、すごい心配したよ~」
「でも、大丈夫そうで良かった」
みんな思い思いの言葉をくれる中、委員長は、最初に私が言うはずだったのに、と小声で言いながら頭を抱えている。
「ありがとう、心配を掛けたみたいだけど、身体は大丈夫だから」
一瞬教室の中が静まりかえり、その後爆発した。
「イイイイヤッホー! 私、秦野君にお礼言われた!」
「あんた何いってんの! 私に向かっていってくれたのよ! 勘違いしてんじゃないわよ!」
「貴女達、目が悪過ぎよ! 秦野君は私を見て言ってくれていたじゃない!」
「……違う、私に言ってくれた、間違いない。占いで良いこと有るって言ってたし、これの事だ」
「バッカじゃないの! バッカじゃないの! バッカじゃないの! 私に言ったに決まってるじゃん!」
等など、全員が自分に言われたと主張して譲らない。
何故みんなに言ったとわからないのか……。
「秦野君、もうこの馬鹿女達ほっといて、席に行こう」
女子達の争いを、侮蔑の目で見ていた前頭が言ってくる。
それに同意し、ほっといて席に向かう事にする。
俺の席は、窓際の最後尾である。ちなみに横の席は前頭で、この並びは担任の教師が、少ない男子に配慮した結果である。その為、俺たち二人の周辺の席は人気が高く、俺たちの周り席との交換で最高、三万ジェニーという、高値がついた。ただの中学生がこの値段を付けたことに寒気がする。ちなみに、アーヘンハイムの通貨であるジェニーの価値は、前世の通貨である円と同じぐらいと考えていい。
鞄から教科書を取り出し、机に入れていると重大な事に気づく。
「しまった……」
声が聞こえたのか、隣の席から前頭が聞いてくる。
「どうしたの?」
「お昼ご飯、買うの忘れた……」
「ああ、そういえば、いつもコンビニのパンかお弁当だったね」
「うぅ、今日は購買で買うしかないか……」
「お昼の購買は、生徒で溢れるからね~、買うの大変だよ」
この中学は、給食では無く、もちろん食堂なんかもないので、自分で持ってこない生徒は購買でパンを購入するしかお昼ご飯を調達するしかない。そして、不思議なことに、ここの購買のパンは安い上に、コンビニのパンなどよりも断然に美味しいことから、お昼の購買は人で一杯になるのだ。
「うわぁ! 行きたくない!」
そう叫び、俺は机に突っ伏す。
そして、午前の授業が終わり、お昼休みの始まりの鐘が鳴ると、一瞬でクラスの女子達が争う様に教室を出て行った。
いくら何でも早すぎるだろう……。