舞澄セリナと温泉
「う……、うーん」
ピピピと電子音が鳴る。さほど音量が大きい訳では無いが眠りを妨げるには十分な音量だろう。
その音に反応して布団の中でのそのそと動く物がある。まぁ物では無く当然の事ながら人間なのだが。
その人間……、舞澄セリナは眠たげな目を擦りながら近くに置いてあったスマホを手に取りまだハッキリと覚醒していない頭で、鳴り続けているアラームをもたもたと切る。そしてスマホに表示されていた時間を寝ぼけ眼で確認する。
「まだ六時……、もいっかい寝る……」
自分でセットしたはずのアラームのはずだが、起きることを拒否し二度寝を敢行しようと布団に潜り込む。
暖かい布団に包まれて、二度寝がもたらすウトウトとした微睡みの気持ちよさに身を委ねてながら、ぼんやりと頭に疑問が浮かんできた。
(なんでこんな時間にセットしていたんだろう……?)
普段なら七時位にアラームをセットしているはずで、それにしたって髪のセットが時間掛かるから無理に起きているのだ。出来ることならギリギリまで寝ていたいといつも思っている。
六時にアラームをセットしている理由……。その理由を思い出そうとしたが二度寝の気持ちよさに”やっぱりいいや”とあっさり思考を放棄する。
(だいたい昨日はいろんな事が有って疲れているんだ……)
セリナは昨日の事を思い出し、その記憶に連動してようやくセリナは自分が旅行に来ていることを思い出す。そして六時にアラームをセットした理由も思い出した。
「あ、朝風呂はいる……」
セリナは温泉に行くと決まってから絶対に朝風呂に入ろうと決めていて昨日眠る前に意気揚々とアラームをセットした事を思い出した。しかしのそのそと布団の中で動くが中々布団から出ることをせず、結局布団から出ることが出来たのは十分程たってからだった。
布団から出た後ものたのたとした動きでお風呂の準備をした。準備に時間をかけたのが良かったのか頭の方もキチンと覚醒し、ようやく部屋の中に母親がいないことに気がついた。
「あれ……? おかーさん?」
どこいった? と頭を傾げながら昨晩のことを思い出す。最後に母親を見た記憶は琥珀の母親と仲良く酒盛りをしている姿だ。遅い時間になっても酒盛りが終わる気配が無いので先に戻って眠ったのだ。もしかしたら夕食を食べた場所でそのまま寝ているのかも知れない。
「……琥珀さん」
セリナは昨日の夕食を一緒に取った少年の名前を呟く。
当然真っ先に思い出すのはお風呂で見てしまったあられも無い姿だ。その姿を思い浮かべると体中の体温が上がることがわかる。セリナは両手を顔に当てると伝わってくる温度がどれだけ高いかが良くわかり、鼻血が出ていないか無意識に確認してしまう。それだけ衝撃的な経験だったという事だ。
「責任とってお婿さんに貰おう!」
そう決意するが一緒について来そうな付属物を思い出すと今までの火照りが嘘の様に全身から温度が引いていく。
無理もない事だろう……、なんたって簀巻きにされ尋問されたのだから……。
その上あのマリアとか呼ばれている女性は、自分を屠殺対象と見ていた気がする、とセリナはその視線を思い出し大きく身震いする。
そもそもあの人はなんなのだろうか? 家族の様だけど琥珀の事を様付けしていたしイマイチ良くわからない人だとセリナは思う。そして怖いのであんまり近づかないようにしようと心の中で決意する。
「でも結婚したら一緒に住むことになるのかなぁ……? ……結婚、けっこん」
結婚という言葉を口に出すとまた顔が熱くなってくる。しかし妄想は止めることが出来ず進んでいく。
「セリナ……綺麗だよ……」
「そんなダーリン……」
「今日は一日君を抱きしめて離さない」
「ああっそんな! 情熱すぎるわ!」
「ふふっ、僕の愛はこんなもんじゃ無いよ!」
「ダーリン!」
「セリナ!」
ヒシッっと抱きしめ合い、そして濃厚なキスをした所でようやく我に返りセリナは両手で顔を覆いイヤンイヤンと身悶える。
都合の良いことにマリアは一切出てこない。
「なんちゃって! なーんちゃって!」
えへへ、と幸せな妄想に笑顔がこぼれる。
しかしすぐさま現実に引き戻される事となる。
「あっ、あのお嬢様……?」
なんたってここは自分の部屋などでは無く、旅館の廊下なのだから……、いくら朝早くても既に働いている人はいる。
「……うぇ?」
セリナが掛けられた声に振り向くと、そこには旅館の仲居がおかしな人を見る目で見ていた。
「あの……、大丈夫ですか?」
「大丈夫! 大丈夫です!」
一応旅館のオーナーの娘と言うことでセリナは宿泊の初日にキチンと挨拶をしていたのだが、今の醜態を見られてしまっては台無しである。
恥ずかしさも相まって、セリナは仲居の目から逃れる為にそそくさと醜態を晒した現場から逃げ出した。
そしてようやくお風呂場に到着した。今日は景色が良いと言われる方の温泉……、つまり混浴の方に入ろうと決めていたセリナは
どきどきしていた。
(もしかして、琥珀さんと一緒になったりして……)
「そ、そんなまさかね!」
とは言え、先日あり得ない事が起こったばかりなので少しだけ、ホンの少しだけ期待をしながら浴衣を脱いでいく。そして鏡に映る姿を見て琥珀は自分の身体を気に入るかと言うことが頭に浮かぶ。ちなみにセリナは琥珀の身体をドンピシャで気に入っていた。
「よし行こう!」
セリナは期待を胸に混浴に向かった。




