旅行
さて、やって来ました旅行当日。天気は快晴で、これが澄みわたる空と言わんばかりの美しさである。
旅行先へは車で行く事となっており、運転手はマリアが務めるとの事である。俺は準備が終わったので、一足先に外へ出て待っているところである。母親たちが出てくるのを空を見ながら待っていると声をかけられた。
「あああっ、あの!」
「んっ?」
声をかけてきたのは、お隣さんである菊水さん、本日の旅行メンバーの一人である。遠出するためか何時もよりも髪を整えているが、相変わらず目の下のくまは健在である。そんな菊水さんの格好はロングのTシャツとジーパンである。健康的な服装、動きやすそうでアクティブなイメージが出来る服装なのだが、この人が着ると凄く不健康に見える。……その上、この快晴の天気とも恐ろしい位に似合わない人である。
……イメージ的には電気を消した部屋で、布団にくるまりながらボーッとテレビを見ていそうな印象を抱かせる人だからな。
「ああどうも、おはようございます菊水さん」
「ほほほ、本日はお誘い頂きっ 、あっありがとうございます」
「いえ、いつもお裾分け頂いていますし気にしないで下さい。もう少しすれば母も出てきますので」
「はははっはい! 了解しました」
普通に話は出来るのと思われるかも知れないが、この会話の間も視線はあっていない。……いい加減慣れても良さそうな物だが。俺がそんな事を考え、菊水さんを見ていると段々と菊水さんがアワアワとしだしてきた。
「なっ、にかおかしな所でも有りましたでしょうか!」
菊水さんはおかしな所が無いか自分の服を確認し始める。
おかしな所はない……、敢えて言うなら挙動がおかしいけど、それはもう個性と考えよう。
とすると、今の俺は女性を何も言わずにジッと見つめる変な男、そう言うことになるのか……。
それはよろしくない、よろしくないな……。
「いえ、別におかしな所はありませんよ。ただ今日の格好がいつもと違うから少し見とれてしまいました」
別に嘘は言っていない。見とれた……、というよりも観察していたが。それにこの人いつも上下共にジャージばっかり着ているから新鮮でもあったのだ。まぁ菊水さん自体は新鮮と言う言葉からほど遠いけど……。
どっちかと言うと鮮度が落ちてくたびれているといった感じだからな。
俺の言葉を聞いた菊水さんは少し硬直すると、ハッと気づいたかの様にスマホを取り出し猛烈な勢いで操作し始めた。
「あ、あの何やってるんですか?」
あまりに唐突な動作に少し驚きながら聞いてみると、菊水さんは頭を上げ申し訳なさそうな顔をした。
「すすすいません、今の言葉に胸がときめきまして小説に使えると思いメモを……」
「う゛ぇ、今の小説に使うんですか?」
「つ、使うかはわかりませんが、あのような言葉が女性を恋と言う闇に引きずり込むと思いまして……」
闇に引きずり込む……、なんて物騒な言いぐさか。そこまで悪いこと考えてないよ!
「先程様な言葉を掛けられた女性は、暗闇に輝く炎に誘われる蛾のように自ら破滅に向かうのだ、とも……」
ヤバイ……、更に酷い言いぐさである。
「今度は今書いているのとは違うテイストで一本お願いされているので……」
「今書いているのって、この間教えて貰ったヤツですよね? 違うのも書くんですか?」
「はい。と、取り敢えず短編で一つ依頼されているんです……。何にしようか悩んでいたんですが、今ひらめきました」
「へー、って内容聞いても良いですか?」
「だだだ、大丈夫です。秦野さんから貰った様な物ですから」
「俺から貰ったってさっきの言葉ですか?」
「はい……、今度のヤツは美少年に貢ぐ女性を書こうと思います……」
ちょっと待って貰おうか……。しかし俺の心の声は届かなかったようで菊水さんは話を続ける。
「その美少年は主人公の女性に甘い言葉を掛けて、色々貢がせて行くんです……。その内に女性も騙されていることに気づくんですが……、それでもその美少年から離れることが出来ない。そんな感じのヤツを考えました」
………………俺がモデルじゃ無いな! 俺は騙してなんかないし! しかし何というかバッドエンドになるような……、俺は大丈夫だよな?
「それって……、もう結末考えているんですか?」
「けつっ、結末ですか? いえ、まままだ決めていませんが……、刃傷沙汰でもいいかなと……」
おかしいな? こんな良い天気なのに、なんだかどんよりと曇っている様な気分になってきた……。
できればその結末は回避して欲しいな……。いやまぁ、なんとなくだけど! 別に自分に当てはめていない。
その後、マリアと母親が家から出てきて、菊水さんとの挨拶を終え車に乗り込んだ。
車は前から家に有った物だけど、マリアが少し変えたと言っていたのを思い出したので、何処を変えたのか聞いてみた。
「変更箇所ですか?」
「前にどっか変えたって言っていたよね?」
「はい、とは言ってもまだ少しだけですが……。この前変えたのはガラスです」
「ガラス?」
「防弾ガラスに変更しました」
「……何のために?」
「もちろん狙げ……、盗難に用心する為です」
「……」
「……」
俺とマリアの間に沈黙が走る。車内では母親が用心って大事よねーとかのたまっており、菊水さんはスマホを操作しながら防弾とか狙撃とか呟いている。
そんな車で俺たちは旅行に向かった。




