登校
「それじゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
「……いってらっしゃいのチューする?」
朝から酔っ払ってんのか! このアル中!
母親を送り出してから、自分も学校へ行く準備をする。
頭の中に浮かんでくるのは、先ほどのニュースだ。
”婚姻および一夫多妻制推進法案”
この法律はかなりいわく付きだったりする。とも言うのは、この法律の前身である”結婚義務化法案”にある。もともと、アーヘンハイムだけでは無く、この世界のどの国でも一夫多妻制を導入されている。それは男性の数を考えるに、当然のことなのだが、実際には多妻を持つ男性はそう多くないのである。
これは、男性の女性に対する意識の問題が根底にあるので、そうそう簡単に解決はしないのだが、アーヘンハイムはそれを法律によって強制的に、夫婦の数を増やそうとしたのである。
背景には少子化と、そして金銭のやりとりでの子作りにかかる費用の高騰があったのだが……。
ともあれ結果として、この法案は可決後に撤回に追い込まれたのである。原因は男性と、その男性たち支持する女性達の猛烈な反対が有った為である。
当初、アーへンハイムの国会では、この反対を受けてもこの法案を通そうとしていたのだが……、ここで、誰もが予想だにしていなかった事態が起きたのである。
それは、この世界の男性の意志の強さと言っても良いかも知れない……。
何が起こったかと言うと、アーヘンハイム全土で起こった男性の集団自殺である。
男性は強制されて結婚するぐらいなら死んだ方がましだ! そう結論づけたのである。
この事態に、アーヘンハイムの国は揺れた。内心で結婚義務化を喜んでいた層も、一斉に政府を非難しだしたのである。只でさえ少ない男性が、集団で自殺など、とんでもない話である。これを異常な事態受けて、この法案は撤回に追い込まれたのである。その次善策として出されたのが”婚姻および一夫多妻制推進法案”である。
この法案を簡単に言うと、
結婚すれば、国がお金をあげますよ。さらに妻を増やしたら、もっとお金をあげますよ……という法律である。
ぶっちゃけると、金あげるから結婚して、子供増やして下さい。そういう法律だ。
しかし、この世界の男の行動力はハンパ無いな、俺は集団自殺までかました男たちにかなりビビル。
結婚したからといって、一緒に暮らさなければいいという、結構ザルな法案だったはずなのにこのザマである。
おそらく、勝手に選ばれた女性と結婚することが、とんでもなくイヤだったんだろう。
自分も記憶を取り戻さなければ、自殺した人と同じ考えをしていたかもしれない。
そのことに、身を震わせると、記憶を取り戻した事に感謝する。記憶があれば、今世は前世に比べると、格段に過ごしやすい。
そんな事を考えていたら、学校へ行く時間が近づいてきた。
さてと、と部屋に戻り、制服を見る。
スカートである。先ほどは感謝した前世の記憶であるが、その記憶のおかげで今は、この制服に違和感バリバリである。
おそるおそる、手に取り、着替えていく。着替えは手慣れたものである、まぁそれは、今まで日常的に着ていたものであるから当然なのだが……。
着替え終わり、姿見の前に立ってみる。
……くそう! 似合っているじゃないか!
もともと、女性と比べてみても際だって美しい顔立ちをしているので、スカート、ブレザーの制服でも驚くほどかわいい。
こうしてスカートを履くことに慣れていくんだなぁ……と少し黄昏れてしまう。
時計を見ると、もう良い時間だったので家を出て歩く。
自宅から中学までは徒歩で十分程である。
「秦野君!」
良い天気だなぁ、とぼんやり歩いていると、後ろから呼び止められる。
振り返ると、少しぽっちゃりしている男子生徒がいた。
「ああ、おはよう、前頭」
「うん、おはよう。大丈夫だった、階段から落ちたって聞いたけど……」
彼の名前は、前頭 彰人クラスメイトであり、クラスにおける俺以外の唯一の男子である。
尊大な性格をしていた、俺に対しても友好的に接して来てくれた、男子の友達である。
「先生ったら、ひどいんだよ! お見舞いに行こうとしたら、迷惑になるからって病院教えてくれなかったんだよ! 女子はともかく僕には教えてくれても良いのに!」
「ああ、心配掛けてごめん、もう大丈夫だから」
その言葉に、前頭は少し首を傾げている。おそらく、俺が素直に返事をしたのを訝しがっているのだろう。
以前の俺だったら……、
『別にお前になんか心配して貰わなくても大丈夫に決まっているだろ!』
と、ツンデレ染みた返答をしていた筈である。
「……なんか少し、変わった?」
「いや、少し成長しただけ」
「なにそれ、ちょっとかっこいい……」
前頭から、少し尊敬の目で見られる。
「休んでいる間に、何か変わった事あったか?」
「う~ん特には無いけど、……そういれば、秦野君が階段から落ちたって聞いて、女子が泣いて心配してたよ、もう! 凄い気持ち悪かった!」
驚いてはいけない……、この世界ではよくある感想だ……