パン屋
新しい朝が来た、時刻は午前五時を少し過ぎたところだ。
気持ちいい朝日を浴びながら、俺は今、柔軟体操をしている。
壁に足を引っかけ、グ~っと足を伸ばす。
何故、朝も早くから、柔軟をしているかと言うと、魔性の男に成るためには、やはり身体は引き締まっていなければいけないと思い、今日から早朝にランニングをしようと思いたったのだ。
……ちょうど前世の記憶のせいで、早起きしてしまったからではない。ちなみに前世では、毎朝五時起き、遅くても七時には会社で仕事をしていた。習慣とは恐ろしい物だ。
少し気分が落ちてきたので、早速ランニングを始める。……別に過去を振り切りたかったのではない。
「フッ、フッ、フッ」
しばらくして時計を見ると、走り始めて二十分程が経っていたが、思っていたよりも疲れない、今までランニングなんかした事がないにも係わらずである、もしかして、これは肉体のスペックも相当高いのかも知れない。
……なんだこのチート野郎、他人として会ってたら、一目で嫌いに成ってたかもしれない。
たがしかし、これが自分だとしたら、優越感しか浮かばない。特別とか優秀なんて言葉は大好きだ。
そんな気持ちに浮かれながら、走り続けながら周りの風景を楽しんでいると、焼きたてパンの良い匂いが漂ってくる。
辺りを見回すと、一件のパン屋が既に開いていた。
そういえばと、家の冷蔵庫の中身を思い出す。ビールしか思い出せない、……いや、おつまみもあったな。……あろうがなかろうが、朝飯にはならねぇ。もう一度、パン屋を見る。美味しそうな匂いが鼻を通って、脳を刺激する。足は自然と店に向かっていった。
そのパン屋は落ち着いた、上品な外観をしていた。木で出来たドアを開けると、チリンチリンと鈴の音が鳴り、俺の来訪を知らせる。中にはいると、焼きたてのパンの良い匂いが、一層の食欲を沸き立たせる。
しかし、残念ながら開店したばかりからか、出来ているパンの種類は少なく、それだけが残念だった。
とりあえず、食パンはあるようなので、それを買うかと見ていると、鈴の音を聞いたのか、店員が調理場から出てくる。
「いらっ、え……なんで、あれ? いらっしゃいませ?」
なんで疑問系なんだよ! 合ってるよ! 男でも自分でパン買いに来る事もあるよ。
などと内心で思いつつ、
「おじゃましてます、美味しそうな匂いに釣られて来ちゃいました。もう開店してましたよね?」
もちろん、開店している事は知っている。オープンって出てたからな! 話を繋げて店員さんと仲良くなろう作戦である。もしかして、おまけとかしてくれるかも知らないしな。
この店員さんは、グレイの髪を後ろで束ねており、かわいい印象を受ける女性である。
「あっ! もろちんです! イヤ違う、もちろんです!」
……どうしよう、ナチュラルにセクハラされた。
…………とりあえずスルーしておこう。
「そっ、そうですか、じゃあこの食パンを下さい」
セクハラ店頭に、並んでいた食パン、一斤買う事をつげる。
「ありがとうございます! お切りいたしますか?」
「お願いいたします」
トーストサイズに切ってもらうにするとちょうど 、カウンターにジャムが置かれており、手作りと書かれた札を発見したので、ついでに買っておく事にする、イチゴとブルーベリーがあるのでどちらを買うか悩んでいると、セクハラ店員から声をかけられる。
「あの! 良ければ、そちらのジャムおまけいたしますよ」
「えっ、良いんですか?」
「はい、そのかわりと言ってはなんですが、また入らして頂けませんか? 出来れば人が多い時間帯にでも……」
「えっ、じゃあ、今度買いに来るときは、お昼頃か、夕方頃に来ますね、……えと、でも何でですか?」
「いやぁ、男性のお客さんが来る店って言うだけで、宣伝になるんですよ」
話を良く聞くと、そもそも男は、食品なんかは自分で買いに来ず、女性にいかせるらしい、そんな中わざわざ男性が自分で買いに来る店となると、それだけで注目を集めるらしい、元々、パンの出来には自信があるらしく、
「うまくいけば、チェーン展開も視野に入る!」
と意気込んでいた。
そんな欲望溢れるパン屋でパンを買って家に帰ると、時間は六時を回っていたので、シャワーを浴び朝食の支度をする。
まぁ、トーストを焼くだけだが……。
「なんか良い匂いがする~」
「今、パン焼いてるから、仕事行く準備してきたら?」
「う~、わかった~」
と寝ぼけた様子で自分の部屋に向かう母親を見送る。
しばらくしたら、ピシッとしたキャリアウーマンが来たので、トーストを渡す。
「イチゴとブルーベリーのジャムがあるから」
「うわ~、早起きして買って来てくれたの?」
「ランニングの途中で、良い匂いがしたからね」
「えっ、ランニング始めたの? なんで急に」
「いや、ただの体力作りだよ。気にしないで」
「ふ~ん、あっ、テレビつけるね」
と母親がテレビを付けると、
『昨日の国会で婚姻および一夫多妻制推進法案が可決され、来年度に公布、施行されることが決まりました』
ちょうど興味深いニュースが流れていた。