家
無事、退院の日を迎えた、高階先生はいつも通りのニコーっとした笑顔で見送りをしてくれた。一緒に見送りに来てくれたナースの人達は全員号泣していた。数十人は居たので嬉しかったと言うよりも、恐怖が先に来た。
……ほとんどの人が、まともに男と話したことが無いって言ってたから、まともに会話した俺がいなくなると言うことは、なにか胸に来るんだろう。
しかし、一斉に号泣された時は、あまりの迫力に顔が引きつったよ……。
母親の車に乗り、十五分程で家に着いた。
「さぁ、着いたわよ、鍵開けるから少し待っててね。」
「うん」
母親を待ってる間に、家を見てみる。実際に帰ってこなかったのは四日間なのに、ずいぶんと懐かしい気がする。
しかし、家大きいよな……、三階建て庭付きである。豪邸である、そう言えば、母親は会社の役員をしているって言ってたような……、前は全然興味が無かったから覚えてなかったのだ。
「お待たせ、今、鍵あけるからね」
鍵が開く音がして、母親がドアを開け中に入っていく。自分もそれに続いて中に入り、リビングに到着する。
「おなか減っているわよね? 何か取ろうか? それとも帰ってきたばかりだけど、外に食べに行く?」
「えっと、簡単な物なら、俺が作ろうか?」
「う゛ぇ……」
俺が提案したら、母親がすごい声を出して、こっちを見てくる。
「えっと、チャーハンとかなら作れるし、それなりの味に出来るけど……」
俺はそう言いながらキッチンに向かう。おそらく俺の料理に不安があるんだろう、以前は全然作ったこと無かったし、外食ばかりしていたからな……、でも前世の記憶がある今ならそれなりに料理は出来る。だから提案したのだが……
「ち、違うの! あのね、冷蔵庫に材料がほとんど無いの……、だからね今日は店屋物にしよ? ねっ!」
ちょうど冷蔵庫を開けようとすると焦ったような声が聞こえてくる。
そうか材料が少ないのか、でも一応確認しておくか、残り物の野菜とかで炒め物とかできるかもしらないしな。
「そうなんだ、まぁ、余り物で何か作れるかも知らないし、ちょっと見てみるよ」
そう言って、大きな冷蔵庫のドアを開ける。
「あっ!」
母親の焦った声が聞こえた。そして冷蔵庫に入っている物が俺の目に入ってくる。
俺の目に入ってきた物は、冷蔵庫一杯の大量のビールと、そのあてであるおつまみのたぐい。冷凍庫を開けると、
これまた一杯の冷凍の枝豆。
ゆっくり、母親の方へ顔を向けると、そこには目に涙を浮かべ、顔をフルフルと横に振る酒に溺れる女がいた。
「ちがうの、これはたまたまなの、そう偶然今日に限って、お酒でいっぱいなだけなの、別に私、お酒好きじゃないし、知らない内に入ってたの、違うよ、アル中じゃないよ。」
そんなわけあるか! 必死に言い訳してるけど、もしかして、この人家事全然出来ないんじゃ……
そう言えば、家のことは全部ハウスキーパーの人がやってくれてたな……
この世界、家事も出来なきゃ男にもてないはずだけど……、どうやって俺の父親手に入れたんだろう?
思わず、道で酔いつぶれている、四十代のOLを見るような目を向けてしまった。哀れみの視線だ。母親はその視線を受けて半泣きになっている。
「しょうがないね、じゃあ店屋物とろうか。」
その言葉を聞くと、母親は半泣きの顔から、一瞬で笑顔になりメニュー持ってくるねと言い部屋を出ていった。
どうやら、嫌われなかった事が嬉しかったらしい。
少しすると、手に色々な店のメニューを持って戻ってきた。
「お蕎麦に、ピザに、お寿司に中華、いろいろあるけど、どれが食べたい? 全部でも良いよ」
「いや、そんなに食べられないし」
「だよね~、私のおすすめは、このおそば屋さん。お蕎麦も美味しいけど、丼も美味しいのよ」
「じゃあ。そこにしよ。俺はこの天丼と暖かい蕎麦のセットで」
「私は。季節の炊き込み御飯とざる蕎麦のセットにしようかな、じゃあ電話するね」
そう言い、母親は電話で注文をする。
「じゃあ部屋に行ってるから」
母親に声を掛けて自分の部屋に向かう。
俺の部屋は三階の奥にある。
ドアを開け、中を見渡すと見慣れた自分の部屋である。
今更ながら大きい部屋だと思う、十四、五畳ぐらいあるんじゃないかな。
部屋の中に入り、クローゼットの前に行き、開ける。
中にはいろんな服が入っているのが見える、その中で、中学の制服があるのを確認すると、大きく溜め息を着いてしまう。
この世界の学校の制服と言われる物は、男女区別無く、ほとんどがスカートなのである。
記憶を思い出した今なら、違和感ハンパ無いのである。しかし、今までなんの抵抗もなく着ていた物に今更、文句を言うのもおかしな話であるし、この制服もこちらの世界の文化である。ならば、違和感があろうと無かろうとなれるしかないのである。郷に入っては郷に従えのことわざもあることだし。
それに良く考えたら、良いこともあるのだ、こちらの世界では、いくら女装しても白い目を向けられることが無いのだ。
女装趣味なんか無いけどな!