美味しいケーキと紅茶で
南方院の客間には和やかな雰囲気が流れている。香り豊かな美味しい紅茶に、南方院のパティシエが作ったケーキが美しく並べられ、この国屈指のご令嬢が楽しげに談笑されている。それは同姓である女子の目から見てもほっこりとする程の穏やかな一時……
等と言うお花畑な思考は南方院 雅の従者である桜はしていない。訪ねてきた二人の令嬢は自分の主と同じ男性を狙っているのだから、単に遊びに来たとは到底思えない。彼女達の後ろには自分と同じ従者兼護衛が静かに佇んでいる。彼女達は主人である令嬢達が命令すれば即座にこちらへその獰猛な牙を剥くだろう。
自分も負けるつもりは無いが、流石に手練れ二人を相手にしたくない。幸いここは南方院のテリトリー。仕掛けて来る確率は低いが気を抜く事は出来ない。それだけ男性関係のイザコザはデリケートな問題なのである。
国内……いや世界屈指の家柄のご令嬢、争い事等とは程遠い深窓の姫君。しかし彼女達がその気になれば、それはもう単純な個人のいさかいには収まらない。それこそ企業間、下手をしたら国を巻き込む争いになる可能性だってある。
大体である。幾ら優雅に紅茶を飲もうと、幾ら上品な所作でケーキを口に運ぼうと、どれだけ深窓の姫君ぶっても、四大貴族なんて物は耳に聞こえが良いだけのヤクザ者と言っても過言では無い。その血筋を遡れば戦争で功績を上げた庶民が時の王家の血を入れたりした結果である。とどのつまりその血には野獣の遺伝子が宿っていると言う事に他ならない。
加えて彼女達には金、名誉、地位、権力そして歴史ある家柄等と言う厄介な物もくっついており、公的権力でさえ生半可に手を出す事が出来ない。恐ろしい野蛮人達だ。一瞬たりとも気を抜けない。桜は和やかにお茶を楽しむ少女たちを静かに注目する。
「わっ、このケーキ美味しい!」
「そうだね、この紅茶とも良くあってる」
「そうだろうそうだろう。家の自慢のパティシエが作っているからね」
雅は二人の称賛を聞き満足気に頷き、そして何でも無いように核心へと話を持っていった。
「二人とも来るのは久しぶりだよね? 会えて嬉しいけど急にどうしたのかな?」
「んー、そんなに大したことじゃ無いんだけど……」
「少し変な噂がクラスに広まったので、その確認? して欲しいってクラスメイトから言われて……」
「うん。それで友達の私達が来たんだ。ごめん迷惑だった?」
話をしている少女達の表情は朗らかな笑顔だが、雅が話を変えた時に場が緊張した事を桜は敏感に感じ取った。先程の会話も額面通り受け取っては駄目だと、桜は自分の脳内で最適な語句に変換してみる。
『お前達一体何の用事で来たんや。下らん事やったら容赦せえへんでぇ』
『お前がやった事に対する確認じゃボケェ』
『正直に答えろや。まさか迷惑とは言わんよなぁ!』
恐ろしい……桜は思わず身震いしそうになるが鋼の精神力で押さえつける。
「迷惑なんかじゃ無いけど……噂ってどんなのかな?」
「なんかねー」
"秦野琥珀君にちょっかいかけてる"
その言葉が出た瞬間、部屋の重圧が高まった。そしてその言葉を放った東華院詩乃の顔は笑顔だが眼だけが深く暗い色を宿していた。
「もちろん噂は噂だと思ってるんだけど……」
「あーそうな噂が出てるんだ」
「はい。琥珀君はクラスでも人気者だからみんな気になって気になって」
「うんうん。……それに私と柚香にとっては只の仲の良いお友達って訳じゃないから」
「ええ、パートナーとして一緒にパーティーに出て貰いましたし、それ以上の関係にと考えてますから」
「それに雅さんって色々な男性と付き合ってるから、そこも心配の種になってたよ」
二人の令嬢は事実を知りながら、雅から何もしてない、との言質を取ろうとしているのだろう。柔らかい言葉を使っているが彼女達が言いたい事は一言に集約される。
『何、人が狙ってる男に手を出しとんねん! いてこまされたいんか! 他の男で我慢しとけや!』
である。この年齢で明白な脅しをかけてくる女子高生は嫌すぎる、と桜は思った。そして自分の主がそんな脅しに乗るわけが無いことも理解していた。何故ならば同じ種類だからである。
「ああ、そんな感じの噂が流れてるんだ」
雅は呆れた様な声を出した。
「でもそれ、噂じゃないなぁ」
雅の言葉に二人の令嬢の眼はスゥッと細まった。
「……ふーん」
「へぇ……」
「そもそも恋愛は自由じゃない? 私が琥珀君に惚れたからっていって文句を言われる筋合いは無いんじゃ無いかなぁ?」
「でも琥珀君は惚れられて困ってるかもしれませんね」
「やっぱり年上よりも若い同い年の方がお似合いだし……」
「……!」
一気に険悪になる部屋で桜は思った。今話題の彼もこんなギスギスする人達よりも私の様なホッとする癒しを与えられる女子の方が良いのでは? と……




