護身術
進路は決まった。数日経ってから槙さんは契約書を作って再度学校へ来た。そして、保護者に挨拶をしたいと言うことで都合の良い日を教えて欲しいと言い残して去っていった。
母親には既に伝えてある。最初は清明に進学した方が良いんじゃ無いかと言われたが、何とか説得した。
ボーイズラブの高校生活は嫌なので、全力で説得した。後は高校の授業の予習を毎日やっていけば良いだろう。
一度、高校を卒業した記憶は有るが、社会人生活で高校の授業なんか覚えてないのだ……。
だから復習感覚でしっかり勉強しておかないと落ち零れる事になる。
……勉強の大切さは大人になってからわかるものである。
まぁ進学先も決まり、取り敢えずは一段落ついたので、以前に考えていた護身術を教えて貰えるか、鋼城さんに聞いてみようかな。
リビングに降りていくと、ちょうど鋼城さんがキッチン周りを掃除していた。
「あっ、鋼城さん。それが終わったらちょっといいかな?」
「琥珀様、私に敬称は必要ありません。どうかマリアとお呼び下さい」
いつもの無表情でそう言われる。だがどことなく不満そうな……。
実は以前から愛称で呼んでくれと言われていたのだ。しかし、会って間もなかったので、抵抗もあり呼んでいなかったのだが、そろそろ拗ねそうな感じを受けた。
「あ~、わかった。これからはマリアって呼ばせて貰うよ、よろしくね」
「はい、改めまして宜しくお願いします」
顔は無表情だがすこし声が弾んでいる。これが正解なのだろう。
「それで悪いんだけど、それが済んだら少し時間貰えるかな」
「はい、大丈夫です。後、五分くらいで終わりますので、すこしお待ち下さい」
「ありがと」
その言葉を聞き、リビングのソファーに座りテレビを付ける。ちょうど画面に映ったのは、この世界で一番人気のあるスポーツであるスーパーアーツであった。
スーパーアーツそれは、特殊な装置で区切られた範囲内で行われる格闘技だ、大体が直径が百メートル程の円の中で行われる。
この格闘技が前世の格闘技と大きく違うのは、ここで行われる戦いは只の打撃の打ち合いではなく、正に魔法でも使って戦っているような戦闘なのだ。この格闘技の選手は、これまた特殊な装置を身体に身につけ、広大な範囲のフィールドを所狭しと暴れ回るのである。その凄さは先も述べたとおり魔法を使っているみたいに思えるのだ。なぜならスーパーアーツの選手は、素手で大岩を砕いたり、壁を垂直に駆け上がったりは当然のこと。選手によっては炎を出したり、水を出したりして攻撃する人もいるのだ。正に魔法である。そして武器の使用が有りというのも前世の格闘技と違う所だろう。
このスーパーアーツは男子からも絶大な人気があり、このスポーツのプロは男子からも大いにもてる。
その為、多くの女性がこのスポーツのプロになることに憧れているのである。
テレビから試合終了のブザーが鳴り響く、今やっていた試合はKOで決着がついた。
最後は腹に思い一撃を食らって、数十メートル吹っ飛んでいった。ものすごい迫力である。人気が出るのもわかるものだ、俺も好きだし……。
でも前は気にならなかったけど、アレで良く生きてるよな……。特殊な装置すごいな……。
そんなことを思っていると、マリアから声が掛かる。時間を見るときっかりと五分が経っていた。
「お待たせいたしました。どういったご用でしょうか?」
「うん、マリアは第一級護衛官の資格をもっていたよね?」
「はい、琥珀様の身は私がお守りいたします」
「え~と、ありがとう……」
「当然のことです」
「で、でもいつも一緒って訳じゃないから、俺も自分の身は自分で守れる様になっておきたいと思って、護身術かなにか教えて貰いたいなと思って」
「……確かに身を守る術を持つことは大事ですね。わかりました、私で良ければお教えいたします」
「ありがとう、毎朝走ってるから、それなりに体力は有ると思うんだけど」
「そうですか、それではお庭で授業すると致しましょう」
「わかった」
庭に行くと、マリアが大事なことを話します。と前置きをして話し出す。
「自分のみを守る為には、何が一番重要だと思いますか?」
「えっ、何だろう? 力とか技とかかな?」
「違います、心です。気構えと言っても良いです。良く心技体と言いますがこの中で一番大事なことは心です」
もちろん、後の二つも大事ですけど、とマリアは言う
「つまり、心を強くしろって事?」
「はい、そうです」
「でも、こう襲ってきた相手を倒すとか、そう言った事を教えて欲しいんだけどな……」
「普通の人が他人を殴ることや傷つける事は、凄いストレスが掛かることなんですよ、ですので心を鍛える事はとても大事なのですよ。……まぁ、大事なことですがとても簡単なことです。”相手を仕留める”コレを強く思って手心を加えない、躊躇しない、これだけでいいんです」
「それだけ?」
「はい、実践で躊躇ったりしたら大きな隙になりますので。もし襲いかかられたら躊躇無く仕留めて下さい」
「わかった」
「それでは、実践へ行きましょうか。先ずはコレをお受け取り下さい」
そう言って、何処からか取り出した物を俺に渡す。
それは実際の重量よりも、重く感じる気がした。
「…………………………………………」
「? どうか致しましたか」
「コレは何……」
そう聞いた俺の目は、おそらく虚ろだったと思う・
「えっ、ナイフですが?」
そのとおり、先ほど渡されたのは全長が三十センチ程のナイフだったのである。
「…………」
沈黙する俺に、疑問を抱いていたマリアだが、”ああ”と納得したように声を出す。
「大きすぎて持ち運びにくいですか?」
違うよ! そういうことじゃないよ!
俺の思いに気づかずマリアは話を続ける。
「もし、暴女に襲われたらそれで躊躇することなく反撃して下さい」
「……えっ?」
「武器を持っていれば、多少の技術の差など吹き飛んでしまいます」
「えっ? つまり襲われたら刺せと……」
「はい、先ほども言った通り、躊躇せずに反撃して下さい。例え当たらなくともこちらの本気を知れば、相手は尻込みをします。その隙に逃げても追撃をしても良いです」
「…………」
「? ……ああ、大丈夫ですよ、男性は身の安全の為に刃物の携帯を認められていますから、さすがに銃器は駄目ですけどね」
そう言い、無表情な顔がすこし苦笑したように見えた。
やばい……、俺の考えていた護身術と違う。
なんとか説得して普通の護身術を教えてもらえるようになった……




