2.冷たくて、力強い
「ううぅ……」
祭壇室を出て、私はホールに戻りました。気分はだだ下がりです……。
あたりを見渡し、癒しの種を探しました。いた!
「銀髪くーん!」
「その呼び方やめてください」
あ、いけません。ほっぺスリスリするところでした。
「今はもう昼休みです。とりあえず食堂に向かいましょう」
私の顔を見るなりそう提案してくれた白髪くんでした。
「で、どうだったんですか? その表情から案ずるに、あまりいい結果ではなかったと察しますけど……」
私はやけ食いしたい気分だったので肉とか野菜やらバンバン注文し、銀髪くんはまさに白髪くんが食べそうなパフェを注文してました。どこまで可愛いんだい。
「そ、それが……。無形でした……」
「ぶっ!!」
まさかの銀髪くんが吹き込みました。パフェで吹くって……。
「す、すみません……」
「い、いえ。どうぞ」
今度は私がハンカチを差し出しました。白髪くんはそのハンカチを見るや、顔が曇りました。
「……持ってたんですか?」
「あー、はい。ごめんなさい」
だって、差し出されたら受け取るじゃないですか、フツー。
銀髪くんは口とかテーブルとか拭きながら言いました。
「無形、ですか」
「はい、無形です」
「……そうですか」
少し、銀髪くんの顔が綻んだ。そしてニヤけながら私に痛恨の一撃を食らわしました。
「全生徒を虜、ですか……」
「うっ……!」
え、遠慮ないですね……。時に天使になったり時に悪魔になったり……。この子の素性が読めません!
「し、白髪くんはどうだったんですか!? もちろん有形なんですよね!」
「無形ですよ」
「……はい?」
な、何ですかそれ! 私を散々バカにしといて無形だなんて! 今度は私がバカにしてやりましょう!
「この学校を支配、ですかぁ??」
からかい気味に言ってやりました。どうでしょう?
「はい、もちろんです」
「……え?」
予想外過ぎて何も言えませんでした。
「無形だからってみんな弱いとは限らないじゃないですか。もしかしたら有形よりも強い武器になることだってあるんですよ」
そ、そんな素晴らしい武器を手に入れたのですか銀髪さん!
「ど、どんな武器ですか?」
「少し、見せましょうか」
そう言って、魔力を込める。
「あ……、眼が……!」
眼が、赤くなりました。充血してるのではなく、本当に瞳全体が真っ赤に……。
「これが、ボクの無形武器です」
銀髪で赤眼の少年……。とても目に焼きつく姿。
「……それで、どんな能力ですか?」
「目力が強くなりました」
「……は?」
「だから、目力が強くなったんです」
「……はぁ。はあ?」
「あのだから、目力が」
「いやわかってますわかってます」
え、なに? 目力が強くなった?? その程度の能力であんなおおごとを?
「……」
「……なんで黙るんですか?」
これは天然と呼べばいいんですか? それともバカですか? ただ一つだけわかったことは……。
「フフ〜ン」
「……なんですか?」
「そっかあ。目力が良くなったんですか。すごいですね」
「……今までで一番バカにしてますね」
一つだけわかったことは、銀髪くんは本当に愛くるしい存在だということです。いやもうくるしいです。今も顔も赤くしてほっぺた膨らませてます。
「君はどうなんですか? ボクのことバカにしといて、大したことなかったら思いっきりバカにしますからね」
「はいはい」
あれ? さっきもこんな展開じゃありませんでしたっけ? なんかやったことが返ってきてますね。では、少しカッコよく言ってみましょう。
「物質を時空間移動で消し、そこからまた召喚することが出来る能力です」
おおー! 自分で言っときながらすごくカッコいい! ウソはついてないですよ。
「つまり物を出し入れ出来る能力ってことですね」
こ、この銀髪チビ! 人がせっかくカッコよく言ってやりましたのに! 誤魔化したのは認めますけど……!
「ど、どうせ使えない能力ですよ!」
「え? そんなこと思ってないですよ。むしろかなり使える能力じゃないですか」
「え??」
本当に予想外の返答が来ました。悪く言われるつもりが良く言われたみたいです。
「ただ、ボクと組んだらですけどね。ボクがこの目で相手の武器の動きを止め、その間に君が武器を奪う。つまり言い換えればボクの能力は相手の動きを見切る能力、そして君の能力は相手の武器を一旦消し、もう一度出して自らの武器にする、相手の主力武器を奪う能力です」
「……えっと……」
それって、もしかして……。
「ボクのパートナーになりませんか?」
この研修学校では魔物退治を中心とする依頼が来る。その依頼を生徒自身が受けることが出来るが、生徒が受ける場合、必ず二組以上のペアで行かなくてはならない。その二組ペアは基本誰でもいいが、連携プレイなどのことも考え、大体はみなパートナーを選んでいる、というものです。
この赤眼銀髪の少年は、私をパートナーとして選んだのです。
私がこの学校に来た理由、それは全生徒を虜にすること。そのための第一歩として彼を選んでもいいかもしれません。
ですが、それとは別の理由で彼と組みたいと思う自分がいました。
この感情は何なのか、この頃の私は気づきませんでした。ただ___。
「よろしくお願いします。名前まだ言ってませんでしたね」
彼と組みたい、そういう気持ちははっきりとあったのです。
「神奈木レンカ、と言います」
私は手を差し伸べた。すると彼はその手に答えてくれました。
「時野カノンです」
その手は、とても冷たくて、力強いものでした。
その後教室に戻りました。HRが始まるようです。
そこでびっくり仰天したことは、担任の先生が教頭先生だったことです。ええ〜。
「私が今日からこのクラスの担任を任されることになった、琴吹クロアだ。ちなみに教頭も兼任してるから、私の反感を買わないように。買ったらサヨナラだぞ」
その矢先にガシャーン!! 窓が割れ、一人の生徒が外から飛び出しました!
生徒が着地すると先生に顔を向けました。
「セーフか!?」
「色々アウトだ」
全生徒が「こいつ終わった」と思いましたが……。
「早く席に座れ」
「オウ!」
なぜ!? 反感、あれ!? なぜ!?
反感は買われなかったようです。
「それじゃあ、まずは自己紹介からだな」
琴吹先生が号令をする。
「出身校と名前と今年の抱負言えばいい。じゃあ端から」
自己紹介をしていってます。
私の番。
「清頂学園から来ました、神奈木レンカです」
清頂学園と聞き、多くの生徒は驚きました。
当然です! 何たって、お嬢様学校なのですから! この喋り方もそこで身につきました! 正直やめたいです!
そして、今年の抱負!
「全生徒を虜にすることです!」
とは言わない。さすがに。
「みんなと仲良くすることです♡」
おっほほーぅ。男子の目が♡になってます。これで全生徒虜計画に一歩近づきましたね。
そしてしばらくして、カノンさんの番になりました。
「学歴はありません。時野カノンです」
ない……? え? そうだったんですか? 確かに、もしそうだとしたら武器のこと知らなくても説明つきますけど……。ここまで訳ありだとは思わなかったです。
「今年の抱負は、この学校を支配することです」
まさかの! まさかの!! そのまま言うとは!!
みなさんの反応は……、あぁ、冗談だと思ってますね……。苦笑いしてます。
まあ、ただ、ちょっとカッコいいというか、羨ましいですね。
そしてあの遅刻した生徒も自己紹介しました。
「武体高校から来た結城カントだ。ホウフは飯を食いたい」
「………………」
傍から小声で抱負の意味を説明……。
「抱負は、悪をぶちのめすこと」
悪をぶちのめす……。そのことに理由はいらないと言わんばかりの堂々ぶり。しかし……。
______。
誰もが感じた。
一瞬、冷たい空気が流れた___。
しかし、結城カントは続けます。
「つまり、魔物を殲滅することだ」
そして、自己紹介は終わる___。
その後、また教頭先生に呼び出され、今職員室にいます。
「先生、私たちあれからまだ何もやらかしてないですけど……」
「まだとはなんだまだとは」
そういうことです。
「別に悪いことしたから呼んだんじゃない。ま、ちょっとだけ悪い情報ではあるがな」
「何ですか?」
採点ミスで入学取り消しになりましたさようなら、的なことだったら泣きますよ。あ、それはちょっとどころじゃないですね、大丈夫ですね。
「お前ら、無形武器だろ?」
「はい……」
うぅぅ……、思い出させないでください……。未だに響くんですから……。
ですが琴吹先生はそんな私の心情を読み取ろうともせず(もしくは読み取っておきながら)話を進めます。
「実はな、無形武器の奴は三人ペアで行かなきゃいけないんだ」
「えーっと、つまり、三人で行けば依頼を受けられるってことですよね?」
「そうだ」
本当にちょっとですね。
「でもどうしてですか?」
「無形武器は将来はどうだろうと、最初はどの有形武器よりも弱いもんだ。一定以上の実力があるとみなされたら二人でもいいんだが、今回お前らの場合においてもそうだろう?」
私はこの時、カノンさんの言葉を思い出した。
『かなり使えるじゃないですか』
『ボクと組んだらですけどね』
……意外と二人でイケる気はしますけど。まあでも初めは多いに越したことはないです。先生の言うとおりにしましょう。
「ま、どうせお前らは組むんだろ? あと一人探すくらい何とかなるだろ」
「え、なんでわかったんですか?」
「何となく」
「何となくですか」
まあでも予想出来なくもないですからね。
「わかりました。それではあと一人見つけてから依頼を受けさせて頂きます」
「ああ。悪いな」
私は職員室をあとにしようと一礼したあと後ろを向く。
「本当にそれだけですか?」
______。
まただ……。
一瞬、冷たい空気が流れた。
「あん?」
琴吹先生は、魔物を見る眼をしていた。
そしてカノンさんは、赤い眼をしていた。
「本当に理由はそれだけなのか聞いてるんです」
「てめえ、何様のつもりだ」
「教頭先生」
職員室にいる者全員が、声の主に顔を向ける。
「校長先生……」
琴吹先生の声が震えていた。
「何が何様のつもりだ、なんだ?」
「いえ、その、何でもありません」
「答えなさい、教頭先生」
あの男の人よりも男勝りな教頭先生が、校長先生に対しては蛇に睨まれたカエルのようでした。
「……む、無形武器の人が三人以上でないと、依頼を受注出来ない理由について、無形武器は有形武器と違って初めはとても弱いためと、説明したところ、この新入生は、本当に理由はそれだけなのかと聞いて来たので、カッとなってしまいました……」
「この新入生が、無形だったのか?」
「はい……」
校長先生が、私たち二人の元へ歩み寄る。
「……どっちかな?」
「りょ、両方です」
「なんと、両方か」
校長先生は眼を丸くした。喋り方と違い、よく顔を見ると割と若い。琴吹先生より少し年上ぐらいでしょう。
先に私に向かって聞いた。
「君の名前は?」
「か、神奈木、レンカです……」
「そうか」
校長先生は優しく笑った。こっちまでも安心するほど。
そして、カノンさんにも同じ質問をする。
「して、君は?」
「時野カノンです」
「時野……、カノン…………」
校長先生は、一瞬辛そうな顔をした。カノンさんはそれを見過ごさなかったようです。一瞬眉をしかめました。
「そう、か……」
と、半ば独り言を漏らし、去ろうとする。
「質問をしたのは、カノンくん、かな?」
「はい」
「カノンくん、今度校長室に来なさい。ゆっくりお茶でもしましょう」
言い終わると、去って行きました。
教頭先生は少し反省した顔をしていました。
「すまないな。ただ三人というルールは守って欲しい」
「わかりました。お騒がせしてすみません」
今度はカノンさんの方が潔かったです。
私はカノンさんの後ろをついてくいくように職員室をあとにしました。
あの冷たい空気の発生源が琴吹先生ではなくカノンさんからであることを知ることも、先の話です。