企てる少女
わたしの名前はエリエーデ。エリエーデ・ユシュアン。公爵令嬢。
しかし困ったことに、わたしにはユシュアン公爵家の高貴な血が一滴も流れていない。それはわたしの母、ユシュアン公爵夫人が不貞の果てにわたしを産んだから。相手はただの庭師。
種違いの姉と兄は、公爵と同じ亜麻色の髪を持っている。母でさえ茶髪なのに、その中で一人、金髪のわたし。髪も色こそが公爵家の証のように思えた。
妊娠した時期とか、髪色のこともあり、母の不貞はすぐばれた。わたしと母はすぐに公爵家から引き離され、母の実家に幽閉状態だった。存在を隠匿されていた。十五まで、そこで育った。しかし公爵は母を許し、母は早々にわたしを置いて公爵家に戻った。これは後から聞いたのだが、公爵はわたしも引き取っていいとずっと言っていたらしい。ようやく十五で実の娘とすると言い引き取られた。他の二人と変わらずに、というわけではなかったけれど、かなりいい待遇だった。
「エリエーデ? はじめまして」
初めて顔を合わせた種違いの姉は、キツめ顔立ちだが美人で柔和に笑った。
「妹ができて嬉しいわ。わたくしのことはぜひカレン姉様って呼んで。よろしくね」
仲良くしましょう。
正直、嬉しかった。
幽閉されている間、わたしはすることがなくて本ばかり読んでいた。そのなかには、義理の妹をいじめる姉とかたくさん出てきた。正直、そうなってもおかしくはないと思っていた。それなににカレン姉様はとての優しかった。一緒にお茶をしたり、庭を案内してくれたり。ドレスも姉様が積極的に選んでくれた。姉様のおかげで、最初の頃はとても充実だった。
しかし。ことはそうは上手くいかなかった。
兄のカルロは姉様ほどわたしに優しくはなかった。無関心と言えばいいのか。兄が興味あるのは姉様だけだった。正直そのシスコンぶりにはかなりひいた。
それに使用人も、わたしに少し辛くあたった。皆公爵が好きだから、不貞を働いた母をとても嫌っていたから。
そして母。公爵に許され戻ったはいいものの、母は公爵家では浮いていた。そんな母はわたしを見るとキツく当たった。
「おまえがいなければいいのに」
そんな言葉に、心を抉られた。
しかし、助けてくれたのは姉様だった。
「子は親を選べません。作っておいて無責任なこというもんじゃありませんわ」
姉様はそう言ってわたしを庇ってくれた。そして公爵に告げ、母は療養という名目で地方に行くことになった。
「エリエーデ。困ったことあったらわたくしに言いなさい」
しかし母はいなくなっても、使用人の当たりは強かった。それを零すと、カレン姉様は悩んだ。
わたしは、たくさん本を読んでいたから。こんなシチュエーションにはこれが相応しいんじゃないかと思った。
「お姉様がわたしを虐めればいいのよ」
「え?」
キョトンとしたカレン姉様に語った。理不尽にイジメられるさまを見れば同情してくれると思うと。
「……わたくし、エリエーデと仲良くしたいわ」
「わたしもよ。でもわたし、他の人とも上手くやっていきたいの」
少し目を潤ませて、わたしはこう言った。
「わたしを哀れに思うのなら、わたしの言うとおりにして! それがわたしのためだから!! 頼ってもいいでしょう? お姉様」
姉様はアッサリ落ちた。正直、チョロすぎやしないかと心配になった。
「具体的にどうしたらいいかしら?」という姉様に、わたしは本で得た知識を伝えた。姉様は難しい顔をしながらも、頑張るわと意気込んだ。
翌日から、すぐに姉様は開始した。
「お母様がいないからって、平和になると思って?」
それは見事な悪役顏をして、お姉様は高らかに言った。
「我が公爵家に貴女など不要ですわ!」
「そんな……。お姉様、どうして突然、こんな」
「お黙り。気安くお姉様なんて呼ばないでくださる」
不快そうに顔を顰めたあと、姉様は嗤った。
「ちょっと優しくしたらつけあがって。誰が貴女のような下賤な存在妹だと思うものですか」
ちなみに。台本はわたし作だ。実は姉様の目は少し赤かったりする。
そうして。以降も繰り返し続けたら、次第に使用人から同情されるようになった。あんなに優しい姉様だけど、ほとんどの使用人は関わらないからその本性を知らない。だから見た目でころっと騙されてくれた。
こうして。『可哀想なエリエーデ』が出来上がった。
姉様には本当に感謝している。教養学園でも、どこからか姉様に嫌われていると聞きつけた輩嫌がらせをされた。涙を浮かべて耐えていたら、たくさんの人に助けてもらえた。
わたしの生活は、とても充実している。
姉様。姉様。
本当に、ありがとう。




