恋する王子
彼女に出会えたのは、何よりも幸運だった。
「ジークさま」
彼女が柔らかい笑みを浮かべて、頬を少し染めて俺を見る。それだけで、昇天しそうになるほど幸せだった。
「ルル」
俺のルル。愛しい愛しいルルーシュ。
「愛してる」
腕に閉じ込めた温もりに、浸る。
ここまで来るのは、長くて。そして本当に大変だった。
俺の名前はジークセイド・ローラン。ロックフォール王国の王太子だ。幼少の頃からの許嫁の公爵令嬢カレンディラ・ユシュアンとは仲は良かった。よくカレンの弟のカルロや俺の妹のリーリアと四人で遊んだ。カレンとカルロにはもう一人キョウダイがいるらしいけれど、会ったことはなかった。
いつの日かカレンと結婚することを、あの頃の俺は文句はなかった。カレンと過ごす時間は穏やかで、嫌いじゃなかった。カレンは見た目は気が強そうだが、本当はお人好しで穏やかな性格だというのを知っていたし、カレンは頭がいいから空気をよく読んだ。カレンといるのはとても楽だった。
しかし。ある日。運命の日。あの日を俺はけして忘れない。
カレンと共に通う貴族の子女の教養学園で、俺は一人の令嬢と出会った。ひと気のない裏庭を一人通った時、目を閉じて歌う赤い髪の少女を見つけた。その声に聞き惚れた俺は、歌い終えた時拍手を送った。その瞬間、少女は目を開け、髪と同じ色の目を零れんばかりに見開いた。そしてその後、恥ずかしそうに頬を染めた。
その一連の行動に、俺は目を奪われてーーー恋に落ちた。
それからは、いつも赤い髪の少女を想っていた。想えば想うほど、燃え上がった。王太子の力持って調べた結果、少女の名前はルルーシュ・ブレアで、伯爵家の令嬢で、財政難で家が傾いていることも知った。助けたくても突然現れた男など信用出来ないだろう。
彼女と仲良くなりたい。しかしきっかけが掴めない。そんなこんなで学園を卒業してしまい、彼女との関わりは途絶えた。王太子の権限でも使って呼び出せばいいのだが、いきなりだし。そもそもどうしたらいいのか分からない。何を話したらいいのかも分からない。
俺は悩んだ。悩んで悩んで、そして悩みすぎて知恵熱を出した。
「……殿下が熱を出すなんて珍しいですわね」
見舞いにきたカレンが、苦笑しながらベッドサイドに花瓶をおく。派手すぎず地味すぎない。色合いも俺の好みだった。確かに俺は、風邪を引くことがない。でも、夏はよく風邪をひく。
「安静にしてくださいませ、殿下」
笑顔で言ったカレン。その時俺の頭に名案が閃いた。この時この場に妹がいたら、
「馬鹿じゃないの」
と冷たくぶったぎられただろう。しかし幸か不幸か、今ここには俺とカレンしかいなかった。
「カレン」
「なんでしょう?」
「頼みがある」
カレンとは長い付き合いだ。だから、彼女がこう言われたら断れないことを俺はよおおおおおおく知っている。
「ルルーシュ・ブレア伯爵令嬢をいじめてほしい」
「はい?」
聞き返したカレンに、俺は一部始終を語った。カレンは真面目な顔でうなずいていた。
もしこの場に、カルロかリーリアがいたら。即座に止めに入っただろう。しかしここには、俺とカレンしかいないのだ。
「いじめられているルルーシュ嬢を俺が颯爽と助ける。接点ゲットだぜ」
「わたくしはルルーシュ様をいじめるだけでよろしいの?」
「俺の好意を受けるルルーシュ嬢に嫉妬してくれれば最高だ」
「まあなんて無理難題」
難しい顔をしていたカレン。わたくし、貴方にそこまで執着しておりませんのよ?と困った様子。しかし長い付き合いだ。カレンは口八丁に弱い。
恋には障害がつきものだとか、様々な言葉を駆使した結果、この言葉でカレンは折れた。
「頼むよカレン。お前にしか頼めない。後生だ」
結論を言おう。
この作戦は成功した。
カレンが広い顔を使いルルが参加するお茶会に乗り込みネチネチとした嫌がらせをしたり、カレンの広い情報網でサーチしたルルの居場所に先回りしカレンが嫌がらせをしたあと偶然を装って近付き慰めたり。何度か嫌がらせを止めに入ったりもした。次第に仲良くなった。俺を見て頬を染めるようにもなった。一度は俺の身分に恐縮したりもしていたが、愛の力は偉大だった。最終的にはルルの方から想いを伝えてくれた。
そして。
ルルは今、俺の腕の中にいる。
彼女の家も持ち直した。
「ジークさまっ」
引き止めるようなルルの声。
「いってらっしゃいませ!」
笑顔を浮かべたあと、前を向く。緩む口元を抑えることなど出来なかった。
「よかったですね」
ルルに背を向けてから、カレンがにこやかに告げた。
俺は今、何よりも、幸せだった。