魔法使いワイズ
8月22日
あれからマスクドライバーが駆け付け、足高を追った。あっという間に追い付いて、ビルの間を飛び交いながら空中戦が繰り広げられた。マスクドライバーが優勢だったのだが、マスクドライバーは負けてしまいレイは連れ去られてしまった。
足高のパンチがまぐれで当たったと世間は言っているが、実際は暴れたレイがマスクドライバーを蹴ったのだ。
胴体をかする様な蹴りだった。それによってマスクドライバーの動きが完全に止まってしまったのだ。
それから4人はレイを連れ去られたショックで何もする気が起きず、シェルター内のベンチで何を話す訳でも無くただ座っていた。秋葉から出たのは昼過ぎで、レイの自転車は豚太郎が乗って帰った。
今夜も黒柳さんに泊まる予定だったのだが、今日で解散することになった。ボイルとブータンが家に戻ると親達が待っており、今日の出来事について詳しく聞かれた。
秋葉で起こった事はテレビで放送されていて、レイが連れ去られる様子もしっかり映っていたそうだ。
レイの家に連絡したところ、レイが足高に連れ去られてから直ぐにZ団本部から連絡があったらしい。
Z団とは、足高の所属する秘密結社で、シティ・コロシアムの運営、ヒーローや怪人のスカウト、ツールの開発等に携わっている。
話の内容は許可無くレイを連れ去った事への謝罪と、レイのスカウトだ。今日はいつもの黒柳さんの下、この話題で持ちきりだ。
「凄いよねレイ。ヒーローの仲間入りだよ」
とテンションが上がっているのはブータン。こう見えてこのグループ1番のヒーロー好きだ。
「でも、スカウトって何か特殊能力を持った人しかスカウトされないんだろ ?レイってどんな特殊能力を持ってたんだろうな」
考え込む4人。普段一緒にいても分からない能力。普段一緒だからこそ分からないのかもしれない。
「足高とマスクドライバー交戦しているとき、レイの足がマスクドライバーをかすったんだ。マスクドライバーが動かなくなったのって、その時発動した能力のせいじゃないかな ?」
ボイルは自分の考察を話した。豚太郎と武士はそれだ !と納得した。
「いや、それは違うと思う。足高を追いかけていた時のマスクドライバーのフォームはびっくりするほど耐久力が無いんだ。子供の蹴りでもやられちゃう位さ。レイの蹴りが当たったのは、ただ暴れてたから。無意識だったからこそ避けれなかったんだ」
「じゃあ、Z団は何を見てレイに能力が有るか判断したんだよ」
ブータンに問い詰める武士。
「足高がぼくらを避難させている時に誰かと話してたんだ。多分Z団の首領と話してたんだと思う。携帯や無線で話してる様子は無かったから。Z団の首領は超能力が使えて、離れた場所に居る部下にはテレパシーで指示を出しているんだ。レイの能力に気付いたのは首領で、足高に命令してレイを連れて来させたんだと思う」
今日のブータンは何だか冴えている。ただの食いしん坊だと思ったら、意外な一面に唖然とするボイル。
「残念だけど少し間違えてる」
皆が声の方へ振り向くとレイが歩いて来ている所だった。暑そうに手で顔をパタパタ扇ぎながら黒柳さんの下に入って来た。
「足高が首領の指示で私を連れ去ったのとマスクドライバーが私の足が当たって倒れたのは合ってる。でも、首領は私に能力があるから呼んだ訳じゃないの」
「え、じゃあどうして」
「それは内緒。デビュー戦までは事務所の人以外に言わない様に言われてんの。それに、首領には絶対ばれるし」
そうだ。さっきブータンが話していたが、Z団の首領は超能力が使えるのだ。ここでひそひそ話をしていても、テレパシーでばれてしまうだろう。
ピロリン
携帯の受信音だ。誰も携帯なんて持っていない筈だが。
「私のだ」
レイがポケットから携帯を取り出して画面をチェックした。
「これどうしたの ?スカウト祝いに買って貰ったとか ?」
ボイルを除く3人はレイに詰め寄った。
「違うよ。首領に仕事用として持たされてるの。もうっ、暑苦しいからこんなに近寄らないで。げっ、首領からだ」
レイはバツの悪そうな顔をした。
「何て来たの」
と聞くのは豚太郎。
「さっき話した事ばればれ。こういう話はするなって」
「ふーん、大変だね」
「で、今日は何で集まったんだっけ」
「え、何もないのに集まってたの ?」
ブータンの発言に少し驚くボイル。
「俺達いつもこんな感じだよ。何も無ければとりあえずここに来てる」
「ブータンは暇だと寝てるかゲームしてるかだからあまり来ないけどね」
レイが笑いながら付け加える。
「ヒマだからゲームしてるんじゃないぞ。ボクは真面目にプレイしてるんだ」
「何それ、廃人みたい」
「ハハハハハハハ」
レイの一言で皆笑った。
「そうだ、皆暇なら今から部屋に上がってかない ?」
「ボイル君、ボクの部屋に自分の部屋みたいに人を誘わないで」
「まあまあ。細かい事は気にしない気にしない」
いつもブータンにツッコミを入れるボイルが、ブータンにツッコミを入れられているのが可笑しかったのか、3一人は笑いながらブータンの部屋へ上がった。
ブータンの部屋は2人だと十分広いが、5人も入るとやや窮屈だ。ボイルの布団は畳まれて部屋の端に置かれ、布団のあったスペースに立て掛けてあったテーブルを置いた。叔母さんがジュースとお菓子を持ってきてくれた。
「で、おもしろい物って何だ ?」
武士がボイルに聞いた。
「フフ、それはね。その前に、ブータン、本棚から適当に小説を持って来て」
ブータンは本棚から小説を持って来た。分厚いハードカバーの本だ。
「ありがとう。それじゃあブタハナを貸して」
ブータンは言われるままにブタハナを貸した。ボイルはそれを受け取り、ブタハナの上に本を乗せた。
しばらく沈黙が流れる。
「あの、これは何をしているんだ ?」
沈黙を破ったのは武士だった。
「今本の内容を読み取ってるんだ。しばらく待っている間に説明しようか」
ボイルは軽く咳払いをして眼鏡をくいっと上に上げた。
「これは僕が新しく開放したブタハナの能力で、本の内容を読み取って本の世界に実際に行く事が出来るんだ」
「 ? 」
皆の頭に ?が浮かぶ。
「ま、まあ実際にやってみたら分かるよ。読み取りも出来たみたいだし、先に僕がやって見せるから後から同じ様にやってね」
そう言ってボイルはブタハナの上の本に手をかざした。すると、ボイルは一瞬で消えてしまった。
「ボイルくんが消えちゃった」
「ねえ、これ大丈夫なの ?ヤバイんじゃないの ?」
皆があわてふためく中、武士は冷静だった。そして、ボイルと同じ様に本に手をかざそうとした。それに気付いた豚太郎がそれを阻止した。
「ちょっと、何してるの !さっきの見たでしょ。危ないよ」
「ボイルが言ったろ。やってみれば分かるって」
「でも、目の前で消えたんだよ」
「大丈夫だって。ほら、一緒にやるぞ」
武士は豚太郎の手を掴み、自分の手ごと本にかざした。
「ちょ、待て、ぎゃあああ」
豚太郎は断末魔を上げながら武士と共に消えた。
気が付くと武士と豚太郎は町の中に居た。トン王国では無く別の国の様だ。トン王国では見たことの無い物ばかりで、看板の文字も英語だ。
「おーい、こっちこっち」
ボイルの声が聞こえる。辺りを見回すと、ボイルはカフェのテーブルでお茶を飲みながら手を振っていた。
武士と豚太郎はボイルの隣に座った。
「なあ、どうなってるんだ。俺達何で外国に居るんだ ?それに着ている服も変わってる」
武士と豚太郎の服はさっきまで着ていたTシャツでは無く、とんがり帽子にローブ。まるで魔法使いの様な服装だ。
「まるで魔法使いみたいだね」
豚太郎がボイルに言った。
「まあ、ここは魔法使いワイズの世界だからね。今の僕達は魔法使いさ」
「 ?」
豚太郎と武士は頭の中に ?を散りばめた。IQ200の天才児であるこの眼鏡は今日は訳の分からないことばかり言う。
「説明よろ」
武士がボイルに説明を求めた。何だか投げ槍だ。
「ブタハナの能力で僕らは魔法使いワイズの世界に入って、その登場人物になったんだ。本の世界に存在する人物は、主要人物からエキストラまでちゃんと決まってるんだ。そこによその世界の人間が入り込んだらめちゃくちゃになってしまう。だから、この世界に入る際、登場人物の体に憑依する形を取るんだ」
道理でボイルも武士も豚太郎も、服装だけでなく姿まで変わってる訳だ。
「成る程。でも、僕達がこの世界に居る間、この体の持ち主はどうなるの」
豚太郎が聞いた。
「彼等の意識は今は眠っている状態だね。僕らが元の世界に戻ったら目覚めるから特に問題は無いよ」
ふとボイルが遠くに目線をやった。そして周りに聞こえない様に2人に話し掛けた。
「ランドが戻って来た。2人供、見つからない様に去って」
「どうしたんだよ急に」
武士は訳が分からなかったのでボイルに質問した。
「僕は主人公のワイズにとりついてる。ストーリーでは叔父のランドが入学祝いの笛を買ってくるのをここで待っている事になってる。その間君達と話している描写は無いんだ。ランドに見つかったら話が滅茶苦茶になるから早く何処か見つからない所へ行って」
「分かった。行こう武士」
「お、おう」
2人は人混みの中へと消えて行った。
「ここまで来れば大丈夫じゃねえか ?」
路地裏で武士が豚太郎に言った。
「うん、そうだね。それにしてもボイル君と行動出来ないのは厄介だね。僕らは誰にとりついたんだろう」
「さあな。もし、エキストラなら物語に縛られず自由に行動出きるんじゃないか ?」
「そうだね。ねえ武士、せっかく来たんだ。色々見て回ろうよ」
「そうだな。よっしゃ行くか」
「何がよっしゃ行くかだ。ケイト、グリフィス探したぞ」
2人は反射的にビクッとなった。悪い予感がした。
「父上と杖を見て来るから待っていろと言っただろう。どこをほっつき歩いている」
最悪だ……。
2人はワイズのライバル、トランプの連れだった。ボイルと比べ物語での出番は少ないものの、嫌な役に代わり無い。確か豚太郎の方はスペード、武士の方はクラブと周りから呼ばれていて、でかい図体で頭が悪く、よくワイズに嵌められる役だ。
(早く元の世界に帰りてえ)
2人供心からそう思うのだった。
ボイル達が戻って来たのはあれからすぐだった。
3人供本の世界を十分に堪能した様で、しばらくは行かなくて良い。いや、むしろ行きたくないとの事だ。
ボイルは主人公として本の世界に居て、シナリオ通りに動かないと話がメチャクチャになってしまうのでほとんど自由が無かったらしい。
武士と豚太郎はボイルと比べかなり自由が効いたものの、悪役だったのでボイルと対立したりやりたくない嫌がらせをしなければならず、大変だったそうだ。
何がともあれ、この本の世界に入る能力は素晴らしいものに違いは無い。
武士と豚太郎は心身共に疲れ、レイは仕事の都合で帰った。
「それにしてもスゴいねこれ。ボクもやってみたい」
ブータンはブタハナに手をかざそうとした。
「待って、その前に説明することがあるから」
「さっきは何も説明しなかったじゃないか」
早く本の世界に行きたいブータンはじれったそうに言う。
「2人には中で説明したんだ」
ブータンは説明を聞くことにした。
「じゃあ説明と注意次項言うよ。まずブタハナに手をかざして本の世界に入ったら、その世界の住人にランダムに憑依することになる。憑依したのが登場人物だった場合、物語に合わせて行動しなければならない。そうでないと、物語がメチャクチャになって最悪本の世界から出られなくなる。それ以外は自由にしてオッケー」
「意外と面倒だね」
「そして本の世界では、憑依した人物の能力が使える。元の世界に戻りたい時は、シナリオに書いていない場面なら、念じると戻れるから。説明は以上かな。もう一度聞く ?」
ブータンはいいえを選んだ。こんな説明2度も聞いていられない。
「大丈夫」
そう言ってブータンはブタハナに手をかざした。特に何も変化は無い。ブータンの目に映るのはいつもと変わらぬ自分の部屋。
変化したことといえば、ボイルが居なくなってる事。魔法が使える訳でも無く、外に出てもいつもと変わらぬ風景。いつもの公園、いつもの家、いつもの空、いつもの自分。
皆もいつもの様に黒柳さんの下に集まっていた。
豚太郎と武士がカードゲームで遊んでいた。ボイルはここにも居ないみたいだ。
「おう、お前も入る ?デッキ持ってこいよ」
武士にそう言われてブータンはデッキを取りに家へ戻った。
きっとボイルはまた1人で秋葉にでも行っているのだろう。帰って来たら本の世界には行けなかったと伝えよう。
夕方、皆と別れブータンが家に戻ると、母が夕食の支度をしていた。ボイルはまだ帰って来ていない様だ。
「ただいま。今日の晩ごはんは何」
「豚のしょうが焼きよ」
「やったー !」
「もうすぐ出来るから手を洗ってきなさい」
ブータンは手を洗いに洗面台へ向かった。手袋を外し、手を濡らす。水の冷たさが蒸れた手にかかり心地良い。
まだ夕食が出来るまで時間がかかりそうだったので、ブータンはテレビを観ながら待つことにした。教育番組にチャンネルを変更する。6時から始まるアニメがちょうど始まった。ブータンはこのアニメが好きで、観れる時はほとんど見ていた見逃した時は休みの日に録画したのを片っ端から観るのを習慣にしている。
アニメを見始めて5分も経たない内に夕食の支度は整った。ブータンは食卓に付いた。
「あ、待って。もう少しでお父さんが帰ってくるから待ちましょう」
「うん、わかった」
ブータンは食卓に付いたままアニメの続きを観た。
「終わったわね。変えても良い ?」
「いいよ」
母はチャンネルをニュースに変えた。ブータンはアニメの次に始まる番組も好きで、本当はチャンネルを変えてほしくなかったのだが、母にそんなの観るの ?と言われるのが嫌だったので我慢した。
「ただいま」
玄関から父の声がした。
「あ、お父さん帰ってきた。お帰りなさい。良かった冷める前に帰ってきて」
茶碗が父の分、母の分、ブータンの分、おや、ボイルの茶碗が無い。
「お母さん、ボイルくんの分は ?」
「え、何言ってるの。ボイル君が来るのは9月からでしょ」
9月 ?しかし昼間はちゃんとボイルはブータンの部屋に居たし、一緒に公園にも行った。
「あ、あれぇ ?」
「もう、せっかちな子ね。そんなにボイル君が来るのが楽しみなのね」
違うんだ。本当についさっきまでボイルくんは部屋に居たんだ。しかしどう説明しても母は信じてくれないと分かっていたので黙っておくことにした。
夕食を食べ終わり、バラエティー番組を観て、風呂に入って、ベッドに潜り込んでも、ブータンの頭の中はもやもやするばかり。なかなか寝付けない。
ボイルくん、どこへ行っちゃったんだろう。目の前のボイルが消えて、ボイルはまだ家に来ていないことになっていた。そもそも本の世界に入ったはずなのに、今いるのはいつもと変わらぬ自分の家。どういうことだ。
眠い、もうどうだっていいや。
8月23日
ブータンは目を覚まし、体を起こして床に目をやった。布団が敷いてある。この中でボイルが寝ている。昨夜はここに居なかった彼がそこにいる。
そういえば、黒柳さんで野宿をした日から日記を書いていない。あの時やるつもりだった花火もやらずじまいで、部屋の隅に転がっている。夏休みの宿題の1つである日記。今書こうという思いと、めんどくさいから後にしたいという思いがぶつかり会って、ブータンはなかなかベッドから出て机に向かえない。
ぐずぐずしていると、ボイルが目を覚ましてブータンの方を見た。
「お帰り」
と一言。それだけ言って着替え始めた。ブータンは分からなくなった。昨日はボイルが居なくなっていた。まだ家に来ていないことになっていた。それが一晩眠ったらそこにいる。昨日と今日、どちらが本当なのだろうか。昨日の事は夢だったのか。
「昨日、ボイルくん居なかったのに、まだ家に来てなかったのに、どうして居るの」
ブータンはボイルに問いかけた。何を言っているのか自分ですらよく分からなかった。そのくらい混乱していた。
「だって、昨日はずっと帰ってこなかったじゃないか。誤魔化すの大変だったんだから」
とボイルは言った。
「でも、本に手をかざしてもボイルくんが居なくなっただけだったよ。ボクはボクのままだし、物語を教えてくれる人も居なかった」
「よし、じゃあもう1度確かめてみよう」
ボイルはブータンにブタハナを渡すよう求めた。
「いや、待ってその前に」
ブータンはベッドから降りてドアノブに手をかけた。
「朝ごはんを食べてからにしよう」