足高軍曹
ボイル達は秋葉に到着した。
ボイルは銀杏区へ行きたかったのだが、多数決でまた紅葉区へ行く事となった。分かってはいたが残念なボイルであった。
しかしボイルは、ブタハナを改良する為のパーツを買いにちょくちょく紅葉区へ足を運んでいたのでどんな場所かは確認済みだ。しかし、買い物を済ませてさっと帰っていたのでまだ十分に堪能していない。
ボイル達はまだ朝食をとっていなかったので、コンビニに寄ることにした。ブータンとボイルはおにぎりのコーナーへ、武士と豚太郎は漫画雑誌を読みに、レイはトイレに行った。ふ
「うーん、どれにしようかなー」
ブータンはどのおにぎりにするか1つ1つ手に取って選び始めた。
「あっちの半額になっているパンの方が良いんじゃない ?安値で沢山食べられるよ」
ボイルは半額の品物が置かれたトレーを指して言った。
「今日はおにぎりの気分なんだ。2つしか買えないけどその分味わって食べるから」
ブータンは質より量を選ぶタイプだと思っていたが、そうではない様だ。彼なりのこだわりがあるらしい。意外な所もあるもんだと思いながらボイルは梅とツナマヨを手に取った。
「じゃあ僕は飲み物を選んで来るよ」
ブータンに一言告げてドリンクコーナーから緑茶を取ってレジへ向かう。
レジに店員が居ない。
待っていても出て来る気配が無い。そういえば店に入った時から店員が見当たらなかった。
不意に窓ガラスが割れる音がした。思わず体を屈め耳を手で塞ぐ。車でも突っ込んで来たのか、それは陳列棚を巻き込み壁にぶつかって止まった。武士と豚太郎は雑誌を手に持ったまま唖然と窓から突っ込んで来た者を見ていた。
「何さっきの音」
トイレから出てきたレイも驚きを隠せない様だ。
皆の目に入ったのは車では無かった。背中に4つの腕、顔に8つの目が付いた人だった。
「う……イテテ」
起き上がった奇妙な人をよく見ると、顔は8つの目の他に横に開閉する顎、手足には小さな刺がいくつも付いている。
4人は思わず身構えた。
「あれ、どうして人がいるんだ ?この地区はシェルターへの避難警告が出ている筈だぞ」
避難警告 ?それで店に誰も居なかったのか。
「僕達何も聞いてません」
「それはおかしい。7時45分に放送があったぞ」
ボイル達が秋葉に来たのは8時過ぎ。聞いてない訳だ。
「秋葉に着いたのが8時過ぎだったもんで」
「なら入り口のゲートが塞がれて無かったか」
「はい、なので乗り越えて来ました」
ボイルは後頭部を掻きながら言った。奇妙な人は表情こそ分からなかったが、呆れている様だった。
「やれやれ。それにしてもよくあのゲートを越えれたな。今からシェルターまで連れて行ってやるからここを出るぞ」
奇妙な人は自動ドアの前で4人に手招きした。
この人、見た目は不気味だが悪い人では無さそうだ。多分ついて行っても大丈夫だろう。ところでブータンは何処へ行ったのだろう。姿が見えない。この人が店内に突っ込んで来てから忽然と消えてしまった。
「うーん」
声が聞こえる。ブータンの声だ。
「ブータン、何処にいるの」
「ここだよ。ここ、ここ」
声はぐちゃぐちゃになった陳列棚から聞こえた。
「狭いよー。助けて」
ブータンは壁と棚に挟まれていたのだ。ボイルは奇妙な人と棚をどかしてブータンを救出した。
「大丈夫 ?怪我は無い ?」
ボイルはブータンの体を触って確認した。
「大丈夫。肉壁を使ったから」
ブータン曰く、肉壁とは体をクッションの様に柔らかくして衝撃を吸収する技だそうだ。技だかなんだか知らないが、生身で受けたら大変な事になるレベルなのだが……。ブータンだから大丈夫ということにしておこう。
「うん ?あ、軍曹っ。足高軍曹っ」
ブータンは奇妙な人を見るやいなや歓喜して駆け寄った。
「知り合いなの ?」
ボイルはブータンに訪ねた。
「この人はZ団所属のアシダカグモ型怪人足高だよ。とってもカッコイイんだ。ファンの間では軍曹と呼ばれているんだ」
アシダカグモはゴキブリを素早い動きで捕食し、ゴキブリが全滅すると静かに部屋から去る益虫である。しかし見た目の気持ち悪さから駆除されることも少なく無い。
そんなアシダカグモの様に彼を怪人という理由で嫌う人も居れば、ブータンの様に慕う者も居る。
「早くここから出るぞ」
足高が5人を促した。
そうだ、早くここから出てシェルターへ向かわないと。巻き添えは御免だ。
コンビニから出ると、全身を装甲で覆った人物が立っていた。
「ドライバー。逃げ遅れた子供を発見した。シェルターまで連れて行くからしばし休戦だ」
ドライバーと呼ばれた人物は頷いた。
「よし、じゃあ急いで行くぞ」
そう言うと足高は右腕でレイを抱え、背中の4本の腕で残りの4人を抱えた。そして物凄い速さで走り出した。ビルの壁を駆け上がり、ビルからビルへと跳び移る。5人の重さをものともしていない。5人はテンションがハイになっており、何を言っているのか分からない。
あっという間にシェルターに着いた。ドーム状の頑丈そうな建物だ。足高に降ろして貰い、ボイル達はシェルターの入り口へ向かった。
「足高、ありがとう」
ブータンが振り返ってお礼を言った。どうしたのだろう。足高はまだレイを抱えたままだ。
「悪いな。上からの命令でこの娘は本部へ連れて行く事になった」
そう言って足高はレイを連れて行ってしまった。