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ブータン日記  作者: チャッピー一族
3/7

続・ボイルの夏休み

■8月16日


ボイル達はブタハナボードを何とか乗り熟せる様になった。 慣れるととても快適な乗り物だ。大きさも調節出来るので、2人までなら難無く乗れる。

これからブタハナボードに乗って秋葉に行く予定だ。

「この前は紅う葉に行ったんだから、今度は銀杏に行くんだよ」

「分かってるよ。さあ乗って」

ボイルは後ろに乗る。

「しっかり掴まっててよ ?では、出発〜」


スムーズに加速するブタハナボード。速度は30㎞位出ているだろうか。とても快適だ。

ブータンは口笛を吹きながら運転している。自転車だと2、30分かかっていたが、これなら半分で着きそうだ。

前方に障害物がある。テーブルの様だ。ブータンは全く気付いていない。

「ブータン、前、前」

「前がどうしたの ?」

「テーブルがあるよ。あ、ぶつかる !」

片側の脚が折れてジャンプ台の様になっていたため、幸いブタハナボードはぶつからず宙を舞い、グライダーの様に滑空した。

「飛んでる !飛んでるよ !」

少しパニックになるブータン。

「元々飛ぶ為のシステムだからね。バランスを取るのが大変だったから、ギリギリ浮いた状態で操作していたんだよ。ほら、しっかりバランス取って」

ブータンは気を取り直し操縦に集中した。少し傾けただけでバランスが崩れそうになる。トランプピラミッドの様に絶妙なバランスを保っていた。

ブタハナボードはスムーズに滑空し、次々と屋根を越え、城下町にたどり着いた。

「すごい、あっという間に城下町に着いたよ。秋葉までもうすぐだ」

「ブータン、前っ、前っ。ぶつかるー !」

目の前にはビルが迫っていた。慌てて右に体重をかけ避けた。

何とかぶつからなかったが、大きくバランスを崩してしまう。

2人はバランスを保とうとするが、なかなか安定しない。落ちない様にしがみつくので精一杯だ。

いきなり出力が上がり上昇する。


ここで落ちたら絶対に死ぬ。


上下左右に暴走するブタハナボード。

2人の握力は限界が来ていた。しかし、

ここで手を離したら死ぬ。

その思いが限界以上の力を発揮させていた。ところが。

「手に汗が !滑るっ、滑るっ !」

ボイルが汗で手を滑らせ、ブタハナボードから手を離してしまった。

「ボイルくーん !」

間一髪でブータンが手を掴んだ。それによってバランスを崩し、2人揃ってブタハナボードから落ちた。

身体中にふわっとした気持ち悪い感覚が走る。

ぐんぐん迫って来る地面に、2人は思わず声を上げた。



頭の中に産まれた時から今に至るまでの記憶が駆け巡る。

忘れていた赤ん坊の頃の記憶も、動画を観ているみたいにはっきりと思い出す。


これが走馬灯というやつか。短い人生だったけど楽しかったな。


2人は死を覚悟した。




ガンッ


かなり高くから落ちた筈が、もう金属の屋根の様な物に身体が叩き付けられる。傾斜があるらしく、滑り落ちて行く。

窓枠に掴まって落下を免れた。

しかし2人は、窓枠にぶら下がった状態で、決して助かったとは言えない。

「ぐ……。これ、かなりキツい」

ブータンはかなり辛そうだ。体重があるうえに変な手袋をしているから無理も無い。しかし、ボイルも支えてやる余裕は無かった。

窓はしっかり固定されており、強化ガラスで出来ている。人の力では割れそうに無い。

室内に人通りは無く、助けを呼べるのはいつになることか。

そんなことを考えながら室内を見回していると、正面のドアから人が出て来た。

ブータンのと似た付け鼻を付けた豚そっくりの男の子だ。

これはチャンスだと思い、大声で助けを求めた。

「助けて !誰が人を呼んでくれ !」

聞こえていないのは分かっていた。でも叫ぶしか無かった。

男の子はしばらくオドオドした後、部屋に戻ってしまった。




しばらくして、上からロープを伝って下りて来た大人達に救助されたが、侵入者と疑われ捕まった。

事情聴取で窓にぶら下がっていた理由を説明するも全く信じてもらえず、それどころか、さらに疑われた。疑いを晴らす事は出来ず、密室に閉じ込められてしまった。

「どうしよう。本当の事を言っても信じてもらえない。脱出しようにもこの密閉空間じゃどうしょうもない」

「お腹空いた」





それどころじゃないだろ !と言ってやりたかったが、ブータンはあの付け鼻が無いと食欲を失い、急激に痩せて行き、数日でミイラ状態になってしまう。

先週は付け鼻をすぐに付けられた為復活出来たが、付け鼻は何処かへ飛んで行ってしまった。ブータンの食欲を取り戻す方法は無い。探そうにも当ては無いし、いつここから出られるか分からない。


最悪の事態が頭を過った。考え過ぎかもしれないが、あり得無くは無い。

5日であんな状態だったのだ。タイムリミットは5日と見て良いだろう。一刻も早くここから出なくてはならない。


どうにか脱出出来ないものか。辺りを見回してみた。


部屋に窓は無く、ベッド、ソファー、テーブル、テレビが置かれ、フローリングの床には絨毯が敷かれている。天井にはエアコンが備え付けられており、丁度良い温度を保っている。

まるで客室みたいだ。不審者を幽閉するには設備が充実し過ぎている。

「ジュースとお菓子があっても、食べれないからつまんないや。ボイルくん全部食べちゃいなよ」

そう言ってブータンはリモコンを手に取り、テレビを観だした。

脱出する手段は無さそうだし、肝心なブータンはテレビを観てくつろいでいる。

ボイルはすっかりやる気を無くしてしまった。ブータンの隣に腰を下ろし、お菓子を食べながらテレビを観始めた。



数時間後、ドアが開き警備員が入って来た。

「王様がお呼びだ。2人共来なさい」

すっかりくつろぎモードだったボイルは、警備員の厳格な雰囲気にこわばり、鼓動が早まった。

今の自分たちの置かれている状況を思い出す。

(僕達は不法侵入者として捕まったんだった)

王様からどの様な尋問を受けるのか考えると、嫌な汗が出てきた。


警備員の後ろに付いて廊下を歩く。警備員の靴の足音がコツコツと響き渡る。隣で緊張感無くお腹を鳴らすブータンがいないと、恐怖とか緊張でやられそうだ。

警備員が立ち止まる。目の前には大きな扉。警備員は扉に向かってコンコンとノックをした。

「失礼します」


「入れ」

奥から返事が聞こえた。王様の声だろうか。

警備員が扉を開けた。


「不法侵入の疑いで捉えた2人の少年を連れて参りました」

警備員が声をかける方向には階段があり、その先に玉座に座る人の姿があった。

王冠に派手な装飾が施された服。いかにも王様という感じを醸し出していた。

「御苦労。下がって良いぞ」

警備員は退室し、2人は取り残された。王様はじっと2人を見ている。

「君達が落としたのは……」

王様は懐から何かを取り出した。「このブタハナかな ?それとも……」

と言いながら玉座の後ろから何かを取り出した。

「この大きなブタハナかな ?」

どういうことだ?どうして王様が持ってるんだ?しかも、サイズの違う2つの付け鼻を。

落としたのは間違い無く大きな付け鼻だ。だが、ここで大きい方を選ぶと、金の斧と銀の斧の話の様に『この欲張りが !どちらも没収じゃー !』なんて事にならないだろうか。だからといって小さい方を選んでも、嘘をついた事になるから同じく没収となるだろう。

そもそも、王様は君達が落としたのはどっちかと問いかけて来た。王様も付け鼻ボードを落とした事を知った上で質問しているのでは無いだろうか。

「僕達が落としたのは、大きなブタハナです」

ボイルは余計な考察を止め、正直に答えた。

「素直でよろしい。間違い無く大きい方が君達のブタハナだ。城の者が外に落ちているのを見つけ、回収したのだ」

王様は笑顔になって、付け鼻ボードをボイルに差し出した。

「ありがとうございます」

ボイルは階段を上り、付け鼻ボードを受け取りお辞儀をした。そして階段を下りてブータンの元へ戻り、付け鼻を元のサイズに戻してブータンに渡した。

「これでお菓子が食べれるね」

「ありがとう。ボイルくん」

ブータンはボイルにお礼を言って付け鼻を鼻に装着した。

「手荒い真似をしてすまなかったね。この頃物騒でね、警備を厳しくしているのだ。お詫びに食事をご馳走させてくれたまえ」

「やったぁ !」

ブータンは歓喜した。



「では夕食まで時間があるから、部屋でゆっくりしてくれ。今城の者を呼ぼう」

王様は玉座の横に置かれた電話の受話器を取り、連絡を取った。しばらくすると、扉からノックの音がした。

「失礼します」

「入れ」

扉を開けて入って来たのは、さっきの警備員では無くメイドだ。

「この2人を部屋へ案内しなさい」

「かしこまりました。さあ、こちらへ」

2人はメイドに付いて行った。警備員と歩いた通路を逆に歩き、部屋に着いた。

「どうぞ、ごゆっくり」

メイドは笑顔で会釈をし、去って行った。

「ここ、さっきと全く同じ部屋だね」 ボイルがブータンに問い掛ける

「うん、そうだね」

「ここは留置場じゃ無くて、客室なのかな?もしかして僕達、最初から客としてこの部屋に連れて来られたのかな?」

「どうなんだろうね ?あ、新しくお菓子が補充されてる !やっと食べれるよ」

ブータンはソファーに座りお菓子を食べながらテレビを観始めた。この件の真意についてはどうでも良いみたいだ。

ボイルもブータンの隣へ座り、ジュースを飲みながらテレビを観ることにした。





プルルルル、プルルルル

電話の音が響き渡る。

「はい、部田野です。はい、はい、あら〜そうですか。いえいえとんでもない、こちらこそありがとうございます。はい、では宜しくお願い致します。はい、では失礼致します」

ガチャ

「誰からだったんだい ?」

仁野介は妻の真梨恵に聞いた。

「城のメイドさんから。介夫とボイル君、今夜は王様の所で泊まるって」

「そっか。また2人の居ない夕食だな。前はいつだったっけ ?」

「先週じゃなかったかしら。介夫、ボイル君が来てから楽しそうね」

「うちのボイルも、ここに来てから何か夢中になる物を見つけたみたいだよ」

レッドは妻のヴェロニカとソファーに座り、妹の真梨恵に言った。

レッド・キャベツ(38)は、部田野真梨恵(35)の兄である。真梨恵と同じ獣人にも関わらず、レッドには獣人の特徴である頭部の耳が存在しない。 トン王国は豚人間に支配された国と言われているが、真梨恵や介夫の様な豚耳だけで無く、犬耳や猫耳等、耳の種類も様々だ。その為、頭部に耳が付いた人々は獣人と呼ばれている。

獣人は他の人種より優れた身体能力を持つ反面、知力はやや低く、平均寿命は短い傾向にある。

東京がトン王国に変わる際、京都や他の県へ移らず残る人も何人か居た。その人達と獣人が子供を作ると、頭部の耳が無い獣人が産まれる事がある。レッドの頭部に耳が無いのも、祖先が日本人と獣人だった為である。

部田野家以外にも日本人と獣人の混血は以外と多い。日本の男性は、獣人の女性の容姿を好む人が多く、特に頭部の耳に魅力を感じるらしいのだ。


「子供達も居ない事だし、今日は飲みませんか ?私はお酒を買ってきます。レッドさん、一緒に来てくれますか ?」

仁野介はレッドと2人きりで話す機会が欲しかった。真梨恵と結婚して挨拶どころか顔も見たことが無かったのだ。妻の兄の事をよく知りたいし、仲良くしたい。

「ええ、良いですよ」


2人は家を出てスーパーを目指して歩いた。城下町から離れた場所の為、道は暗いが、街と同じで夜空の星は見えづらい。

「やっぱりここは星が見えにくいなぁ。ウータンはどうですか ?星は綺麗に見えますか」

「私の住んでる場所は観光客で賑わうウータンでも都会な土地だから、こことあまり変わりませんよ」

「そうですか」

話が途切れて暫く沈黙が続く。レッドはずっと気になっていた事をいつ聞こうかタイミングを窺っていた。今聞かないと、もう聞くチャンスは無いと思い、勇気をもって聞く事にした。


「ところで仁野介さん、妹とはどの様な経緯で結婚したんですか ?」

「……。今から23年前の事です。私は知らぬ間にこの町に迷いこんでいたんです。どうやってここに来たのか、どうしてこんな姿なのか、全く記憶に無いんです。自分の名前すらも忘れていました」

「自分の名前も ?じゃあ仁野介は本名では無いのですか ?」

「ええ、真梨恵が付けてくれました。宇宙人ぽいから宇宙仁野介だそうです」

仁野介はクスッと笑う仕草をした。大きな複眼で顔がほとんど隠れているので、ジェスチャーが無いと分かりづらい。

真梨恵は子供の頃から見た目や第一印象で名前やあだ名をつける娘だった。昔飼っていた猫も、黒いからという理由でクロという名前をつけていた。

「真梨恵の奴、もう少しまともな名前を思い付かないかな……。すいません。妹が変な名前を付けてしまって。昔からそういう癖が有るんです」

「変な名前 ?私は気に入ってますよ ?それに、彼女はこんな姿の私に臆する事無く接してくれた。自分自身この姿にびっくりしたくらいですよ ?他人が怖がらない訳が無いのに。思わず見惚れてしまいましたよ」

確かに、レッドも仁野介に会った当初は正直怖いと思っていた。本人もそう思っているのだから無理も無いが。

仁野介は真梨恵のそんなオープンな性格に惚れた様だ。見た目も可愛らしい上、孤独で不安な中そんな風に接されたら誰だって惚れてしまうだろう。

「真梨恵は身寄りの無い私を家に泊めてくれました。仕事と部屋が見つかるまで居て良いと言ってくれて、一緒に暮らす内に両思いになって、ゴールインしました」

「そうなんですか。何だか似てますね。私の結婚の仕方に」

「え、レッドさんも記憶喪失だったんですか ?」

「いや、少し違います。あ、目的のスーパーってあれじゃないですか ?さあ、行きましょうか」

「ちょっと待って下さいよ。レッドさん」

レッドはごまかして店内へ入って行った。その事を話すのはまだ早いと感じたからだ。





ボイルとブータンはメイドの後に付いて廊下を歩いていた。ディナーが用意されている部屋へ向かっているのだ。

「どんな御馳走が出るかな~。楽しみ」

ブータンはディナーの事で頭がいっぱいの様だ。ボイルはまるで迷路の様な廊下を見渡しながらメイドに付いていった。外から見るとそうでも無さそうだったが、中はかなり広い。

この城は1000年前、トン王国がまだ東京だった頃は、東京タワーという電波灯だったそうだ。その東京タワーをベースにし、トン王国のシンボルとして建てられたのがこの城だ。正式名称移動式巨大要塞玄武724式《いどうしききょだいようさいげんぶなによしき》なのだが、『トン城』と呼ぶ人が多かった。現在は『トン様の動く城』と呼ばれており、正式名称を知っている者はほとんどいない。

メイドが歩みを止めた。周りばかり見ていたボイルは全く気付かず、ブータンもディナーの事で頭がいっぱいで、2人共メイドの背中に激突した。そして3人は床に倒れ込んだ。

「い、痛てて。あ、す、すみません !」

ボイルは慌ててメイドの上から離れた。

「お、重い」

メイドはかなり苦しそうだ。それもその筈。ブータンがまだ上に乗っかっていたからだ。

「焼き豚とか出たらいいな~。豚肉じゃなくても牛肉のステーキでも良いかも」

ブータンはメイドの上に倒れている事にすら気付いて無い様だった。

「ほらブータン、何やってるの。メイドさん潰れちゃうよ」

ボイルはブータンをメイドから引き離した。

「大丈夫ですか ?」

「ええ、心配ありません。では、この扉を開けたらディナー会場になります。私はここで失礼させて頂きます。それではごゆっくり」

2人に一礼をしてメイドは行ってしまった。

ボイルは女性とこんなに密着したのは初めてだった。

(女の人ってあんなに柔らかいんだ)

メイドが見えなくなってもボイルはドキドキした気持ちが収まらなかった。

「ほら、早く行こうよ」

ブータンに手を引かれ、ようやく我に返った。

 扉を開けると、そこには広々とした空間に長いテーブルが2つ。その上に様々な食べ物が用意されていた。どうやらバイキング形式の様だ。

「わあ、すごい !」

 ブータンの目は今までに無いくらい輝いていた。

「おお !2人共来たか。こっちへ来て座りなさい」

 奥のテーブル席で王様が2人を呼んでいた。隣には窓から見た少年が座っている。2人は王様と少年の正面に向かい合う形で座った。

「今日は疲れただろう。遠慮せずに沢山食べてゆっくり休みなさい。そうだ、ボイル君。私の息子を紹介しよう。ブ、挨拶しなさい」

 王様は隣に座る少年に言った。

「初めまして。ブ・トンジュンです」

「ボイル・キャベツです。よろしく」

 ボイルも挨拶を返した。やっぱりこの子は王様の子だった。

「トン様、ボク達窓にぶら下がってたじゃない。だから初めてじゃなくて2回目だよ」

 ブータンがどうでも良いツッコミをする。

「ちょっと、彼は王子様なんだよ ?そんな無礼な言い方……」

「良いんだよボイル君。ブとブータンは友達だ。王子だからといってひいきする必要は無いんだよ」

 王様はブータンの口のきき方に対して特に何も思っていない様子だ。ボイルはほっと胸をなでおろした。

 今日心臓に悪い事ばかり起こった。高所から落ちるは、幽閉されるは、親戚が王子にため口叩くは。今日だけで寿命が10年くらい縮まったかもしれない。

 でも、トン王国に来て1番刺激的で楽しい1日だった。自分の作った乗り物で空を飛び、命がけの冒険、さらに城の中に入り、食事をごちそうになったのだ。

(来て良かった)

 心からそう思うボイルであった。

「あれ、ボイルくんとる量少ないね。調子悪いの ?」

ボイルがサラダと少量のエビチリしかとってなかったのでブータンが心配して声をかけた。

「いや、今日はお腹いっぱいなんだ。お菓子を沢山食べたからね」

それに対し、ブータンとトン様は特大の皿にこれでもかと料理を山盛りについでいた。

「2人共よく食べるね」

「だってこんなに沢山のご馳走があるんだよ ?食べなきゃ損だよ」

「そうだよ。沢山食べないと大きくなれないんだよ ?さあブータン、バーゲンタイムの始まりだよ」

「よし、それならボクは豚肉バーゲンだ」

テーブルの料理を2人は半分も平らげた。




ボイル、ブータン、トン様の3人は、ボイルとブータンの2人が幽閉されていた部屋でお菓子を食べていた。

ディナーが終わって2人は部屋に戻り、順番にシャワーを浴び、テレビを観ながらくつろいでいたところに、トン様が大量のお菓子を持って来たのだった。

「それにしてもよく食べるね2人共。さっきあんなに食べたのに」

緑茶を飲みながらボイルは言った。

「お菓子は別腹だよ。今夜はお菓子バーゲンだよ !」

と言いながらチョコやポテチをガツガツ頬張るトン様。別腹と言っているが、2人は別腹の次元を超えている。

「ところでさっきから言ってるバーゲンって何なの ?」

「バーゲンはバーゲンさ。まあ、フィーバーに似た感じだね」

ボイルはバーゲンの意味を全く理解出来なかった。

「トン様のお腹の中には虫が住んでてさ、トン様が食べるとその食べ物をバーゲンするの。だからトン様は大食いなんだよ」

「ブータンは腹の中にブタでも飼ってるんだろ ?だから大食いなのさ」

大笑いするトン様とブータン。ボイルは2人のノリについていけなかった。

「ほら、ボイルも食いねえ食いねえチョコ食いねえ」

トン様に差し出されたチョコを手に取るボイル。

「あ、ありがとう」

四角いキューブ状のチョコを口に入れた。とても固くて噛んだら歯が折れそうだ。

「このチョコ固いね」

「あ、噛んじゃダメだよ。このチョコはした舐めて食べるんだ」

それを早く言ってくれ。そう思いながらチョコを舐めた。甘くて美味しい。

「それにしても2人が窓枠にぶら下がってるのを見たときは驚いて言葉も出なかったよ。 ところで、あの時大声で叫んでたけど、何て言っていたの ?」

トン様は昼間外にぶら下がっていたのがこの2人だと気付いていた様だ。ディナーの時、初めてボイルに会ったかの様な話し方だったが、それはいきなり馴れ馴れしく話すと王様に叱られるからだそうだ。

「夏休みにこうやって友達と遊ぶなんて初めてだよ。今夜は忘れられない思い出になるよ」

そんな大袈裟な。とボイルは思った。

「僕さ、この城からほとんど出れないんだ。城の中には設備が整ってて、外に出なくても退屈しないんだけど、夏休みなんか誰も来ないからいつも心のどこかで孤独感というか、寂しさというか、そんな気持ちがあったんだ。他の子達と同じ様に友達と遊んだりはしゃいだりしたいと思っていたんだ」

王子として産まれた。ただそれだけで一般の子達と同じ日々を送る事が出来なくなる。一見華やかで羨ましくみえる王族も、権力はあれど自由は有らず。

王族も国民も互いに持たぬ物を羨んでいる。

「トン様、夜は始まったばかりだよ。さあ、朝まで楽しもう」

ボイルはコントローラーを手にして言った。

「そうこなくっちゃ !2人共、今夜は寝かさないよ ?」






■8月20日

誤解も解け、ブタハナも戻って来た。勘違いで捕まえてしまったお詫びとして、夕食をご馳走になり、更に一晩泊まらせてもらった。王子のブ・トンジュンとは友達になった。これからはトン様と呼ぶ事にした。

トン様とブータンはクラスメイトらしい。

「いや~、この前は良い経験をしたな~。城の中に入れた上、食事をご馳走になって泊まらせて頂いたんだもの。生涯忘れる事は無いよ」

「お城の中ならいつでも入れるよ ?学校や図書館もお城の中にあるし」

「え、そうなの ?」

ボイルのテンションが一気に急降下した。

今日は巨大タコ型滑り台、黒柳さんでお泊まり会をする予定だ。今はそのための準備をしている最中だ。

寝袋、ランプ、お菓子、ライター、飯盒、米、夕食用の食材等。足りない物は今から買い出しに行く。

買い出しに行くスーパーは城下町にある。店のほとんどは城下町にあり、近所にある店といえば駄菓子屋や客が入っているのをほとんど見ない定食屋くらいだ。

「後足りない物は、カレールーとお菓子と水、虫除けスプレーに蚊取り線香、夜に皆でやる花火だね」

念のためボイルはメモをした。

「さてと、じゃあ出掛けようか。行こうブータン」

2人が靴を履いて出ようとした時、叔母さんがスリッパをパタパタ言わせながら小走りで来た。

「あ、ボイル君、悪いんだけどついでにお使い行ってきてくれる ?買う物は書いてあるから。それとはい、お金」

ボイルは叔母さんからメモとお金を渡された。

「よし、じゃあ行こう。ボイルくん乗って」

外では既にブータンがブタハナボードを用意して待っていた。

「いや、僕は自転車で行くよ」

え、何で ?」

「どっちが速いか競走してみたくてね」

「うん、なら自転車使って良いよ。よ~し、負けないぞ」

何とかブタハナに乗るのを逃れることが出来た。もうあんな目に遭うのは懲り懲りだ。

「ボクの号令でスタートね。よーい、ドン」

ボイルはブータンの号令と同時にペダルを踏み込んだ。ブタハナは速く、あっという間に差をつけられてしまった。その差はどんどん空いて行く。2人乗りを逃れる為の提案とはいえ、このまま負けるのは悔しい。ボイルはペダルを漕ぐペースを上げた。

ギアの付いてないママチャリでは追い付くのは難しいが、1つだけ勝機があった。この先の路地は曲がりが多い上に狭い。ブータンはまだ小回りを利かせて操縦出来ない。そこを狙えば勝てる筈だ。

例の路地に入った。予想通りブータンは思うように進めず、大きくスピードを落としていた。

ブータンにどんどん近づいて行く。

そして遂に、ブータンを追い抜いた。

「お先にー」

全くスピードも出ていなかったしバランスも崩していた。あの様子では抜き返すのは難しいだろう。





ボイルが目的地のスーパーに到着してもう1時間になるがブータンはまだ来ない。

いくら何でも遅過ぎる。また何処か高い所に飛んでしまって降りれなくなったのだろうか。心配になって戻ろうとしたその時、ブータンがこちらに向かって歩いて来ているのが目に入った。ブタハナはボードの状態のまま右腕で担いでいる。

「どうしたんだい ?随分遅かったじゃない」

「うん、急にブタハナに乗れなくなっちゃって」

「あんなに不安定だったもの。それに僕に抜かれて焦っていたからいつもの調子が出なかったんだよ」

「いや、そうじゃなくて動かなくなったんだ。狭い道を抜けて追い付こうと飛ばしたら、逆にスピードが落ちて、止まっちゃったんだ」

「どれ、見せてみて」

ボイルはブータンからブタハナボードを受け取った。スイッチを押してみても全く動かない。

「本当だ、びくともしない。帰ってから詳しく調べてみるよ。とりあえず買い物を済ませてしまおう」

2人はスーパーで今日必要な物と、叔母さんに頼まれた品を買って自転車に2人乗りをして帰った。大量の荷物と巨漢小学生を乗せて無事に家に帰還する自信が無かった為、ボイルは運転をブータンに任せ、後ろの荷台にブタハナボードを持って乗った。





ボイルは家に戻って早速ブタハナボードをを調べた。大きくなってもコネクターの接続部位に変化は無かった為以前と同じ様に調べる事ができた。


データに異常は無い。

マウスで探って行くと、動かなくなった原因の根源が見つかった。


充電切れ


これがブタハナボードが動かなくなった原因だった。




 充電が切れたなら充電すれば良いじゃない。しかし事はそう簡単には解決しなかった。

 充電出来ないのだ。

 パソコンに繋いでみたものの、何も動かない。そもそも今まで充電してる所なんて見たことが無い。

「ねえ、今までどうやって充電してたの ?」

 ボイルはブータンに聞いてみた。

「そんなのやったこと無いよ。動かなくなったのは今日が初めてだよ」

 前からブタハナを使っていたかの様な言い方だ。

「ブタハナを今までどう使っていたの ?」

「え~と、カバンの変わりにしたり、風を吹いて友達を吹き飛ばしたり」

 後者の使い方が酷いと思ったが黙っておく事にした。

「う~ん、どうしたものか。もう出発まで時間が無いよ。仕方無い、持って行って続きをやろう」

 時刻は午後5時。

 もう何人か公園に集まっていた。

「遅いぜ」

「近い人ほど遅いよね」

 1番身体が大きい男の子と、その隣の女の子が言った。

「いや~、ゴメンゴメン」

 軽く謝るブータン。

「今日はいとこを連れてきたんだ。ウータンからきたボイルくん」

「ボイル・キャベツです。歳は14です。この国には以前からずっと来たいと思っていました。色々教えて下さい。宜しくお願いします」

 ブータンに「遅いぜ」と言っていた大きい子が近付いて来る。見た感じ、このグループのリーダーと言ったところか。

「俺、砂掘武士。よろしくな」

 そう言って右手を差し出した。

「こちらこそ」

 ボイルは同じく右手を差し出して握手をした。

「これで俺達友達だな」

 ボイルにトン王国での初めての友達が出来た瞬間であった。 



 午後6時

 ボイル達は夕食のカレーを作っている所だ。食材を切る係、飯盒係、カレーを作る係に2人ずつ別れて作業を行っている。

 ボイルはリーダー格の武士とカレー係をする事になった。食材を切り終わるまでまだ時間が掛かりそうだ。ボイルはまだ解決していないブタハナの充電に取り掛かる事にした。ノートパソコンを開いてブタハナにコネクター繋いで調べる。

「なあ、なにやってんだ ?」

 横から武士がパソコンのディスプレイを覗く。

「何だこりゃ。何が何だかちっとも分からねぇや」

 そりゃそうだろう。ボイルですらよく分かっていないのだから。

「ブータンのブタハナのデータさ。充電する方法を探ってるんだ」

「ブタハナって、何処にも無いぜ ?」

「このボードさ」

 ボイルはサーフボードの様な形になったブタハナを触って言った。

「これがブータンがいつも鼻に付けてるヤツ ?前はこんなに大きく無かったぞ」

「僕が大きさを変えれる様にしたんだ。大きいまま充電が切れちゃったから元に戻らないんだよ」

「ふーん。だからブータンのやつブタハナを付けて無かったのか」

「これが無いとブータン全く食べられなくなっちゃうしね」

「そりゃ大変だな。あの大食いが全く食べれなくなるなんて余程大切なもんなんだな。手に持ってても食欲は戻らないのか ?」

「試して無いから分からないな。やってみるよ」


 午後8時。

 夕食も出来上がり、黒柳さんの下で食べることになった。

「オッホン。カレーも出来上がった所で早速頂きたいとこだが、皆新入りのボイルに自己紹介しよう」

 咳払いをして武士が言った。

「まず俺から。俺は砂掘武士。特技はスポーツ全般。好きな食べ物はカレーだ。宜しくな」

「僕はブー・タロウ。漢字は豚に太郎。5人兄弟の長男で特技は料理。宜しくね」

「私は野本レイ。武術やってまーす」

「おい、お前も自己紹介しろよ」

 武士がブータンに言う。

「でも、ぼくんちに泊まってるし_」

「いいからやれよ」

「ちぇっ、わかったよ」

 ブータンは渋々自己紹介を始めた。ボイルも正直必要無いと思っていた。

「部田野介夫です。皆からはブータンと呼ばれてます。趣味と特技は大食いです。よろしく」

「よーし !皆自己紹介も済んだし食べよう。せーのっ」

「いただきます」

「ううっ」

 ブータンが悲しそうにカレーを見つめている。ボイルはブタハナを差し出した。

「これに手を当ててみて」

 ブータンは怪訝そうな顔をしながらも言う通りにブタハナに手を当ててみた。

「あれ ?」

 ブータンは手に持ったスプーンでカレーを掬う。そしてそれを口に入れた。

「たべれる !」

 ブータンは嬉しそうにどんどんカレーを食べ始めた。武士の助言が役に立った。

 なにも鼻に付ける必要は無かったのだ。体のどの部分でも接触していれば食欲は戻ったのだ。

 夢中になって食べ続け、残りのご飯とカレーを全て平らげたブータンなのであった。


 午後9時


 ブタハナは見事に元の大きさに戻り、ブータンの鼻に収まった。どうやらブータンの食欲が満たされると充電される様だ。

 片付けも終わり皆黒柳さんの下に集まっていた。

「キャンプといえば語り合いだよな。さ、皆語らおうぜ」

 ……。

 皆沈黙する。

「いきなりそんな事言われても困るわよ。まず言い出しっぺの武士から話しなさいよ」

「そうだな、う~ん」

 何を話すか考えて無かった様で、武士は何を話そうか考え始めた。

「じゃあボクから話すよ」

 手を挙げながらブータンが言った。

「8月1日にみた夢の話をするね。薄暗い町の中にボクが1人で立ってたの。ボクらの住む町と同じ様な町で。建物はほとんど壊れていて、廃墟状態。心細くなって人を探していたら、遠くに人がいて、近づいて声をかけたら、それはゾンビだったんだ。どこもかしこもゾンビだらけ。必死に逃げたんだけど、行き止まりになっちゃって、ゾンビがどんどん近付いてきて、名前を呼んで来るの。そこで目が覚めた」

「本当にあったら怖い話だな」

「でも夢の話だし全然怖くなかった」

 周りの反応はイマイチだった。ボイルは実際にブータンに食べられそうになったと話そうと思ったが、黙っておくことにした。

「なあボイル。自分の国のこと聞かせてくれよ」

 リクエストは武士だ。ボイルはウータンがどんな国で、どんな文化で、どんなものが流行ってるかを話した。皆興味津々といった様子だ。

「1度で良いから行ってみたいなあ」

 豚太郎が目を輝かせながら呟いた。

「行ける訳ねーじゃん。トン王国から出たら駄目なんだぜ」

「そっか、そうだよね」

 武士に突っ込まれ豚太郎は少し気を落とした様だ。

「どうして外国に出たら駄目なの ?」

 ボイルは武士に聞いた。

「これさ」

 そう言って武士は自分の頭の耳を指す。

「この耳が有る人は国外に出ることを禁止されてるんだ。無理に出ようもんなら子供でも容赦なく射ち殺される」

 どうして耳が人と違うだけで国から出る事を禁じられるのだろう。もしかしたら

 トン王国の人は人を食べる

 という噂が関係有るのかもしれない。ボイルはその事を聞いてみた。

「ああ、外国ではその噂が広まってるらしいし、まだトン王国が東京だった頃にトン人が日本人を食べたとか食べなかったとか」

「外国人だって人を惨殺したり、食べたりする人も居るのにね。カニバリズムって言うんでしょ ?」

「レイ、詳しいね」

「本屋にそういう事件を特集したのがあったの」

 ボイルは少し引いた。それと同時に腹の奥で何か沸き上がる様な感覚があった。これが腸が煮えくり返るという気持ちいなのだろう。ボイルは腹が立っていた。ただの噂を鵜呑みにしてブータン達を閉じ込めるこの国に。

「でもさ、王国から出なくても十分楽しいし、絶対に出れないって訳じゃ無いんだぜ ?」

 どういう意味だろう。検問の隙を見て出るということか、裏ルートからパスポートを入手するということか。

 あ、そういうことか。ボイルはその手段がどんなものかを理解した。

「スポーツ」

「そう、スポーツで世界1を狙える位の実力を付ければ、耳がある人でも特別にパスポートを作れるんだ」

 実力の有るスポーツ選出が特別な待遇を受けられるのは万国共通らしい。とある国では、裁判の日と試合が重なった為、刑期を遅らせるという特別措置をうけた選手もいるくらいだ。スポーツが国に与える影響はかなりのものなのだろう。

「ブータンなんて将来のフードファイトオリンピック候補って言われてるし、1番外国に出る可能性を秘めてるよね」

 豚太郎曰く、ブータンの大食いの実績はトン王国の小学生の中で断トツトップで、喰い道ロードの歴代記録を塗り替え、日々記録を更新しているそうだ。

「頑張って世界一のフードファイターになって、色んな国にいくんだ。そして皆に沢山お土産を買うんだ」

 皆ブータンに期待している様で、その日が来るのを楽しみにしていた。島国の中のとても小さな国から出ることを許されず、外の世界を知る事無く一生を終える事を強いられているにも関わらず前向きに生きる彼等がボイルには立派に見えた。

 ボイル達は夜遅くまで語り合った。




■8月21日


 皆寝るのが遅かったにも関わらず6時には目を覚ましていた。ワクワクしている時は眠気は何処かに吹き飛んで行く。

 今日は皆で秋葉に行く予定だ。現在公園にはボイルとブータンと豚太郎が残っている。武士とレイは自転車を取りに家に戻っていた。

「へぇ、豚太郎君は弟が4人も居るんだ」

 豚太郎の家も自転車は有るが、弟が使っている為今日は使えないそうだ。なので豚太郎はブータンと一緒にブタハナボードに乗る事になった。

「こんなもの作るなんてボイル君すごいね」

 ブタハナボードを繁々と見つめながら豚太郎は言った。

「作ったというよりは修理に近いけどね。5日も掛かっちゃったよ」

「それでもこんなオーパーツに近いものを直せるなんてすごいよ !天才だ」

「よく言われるよ」

 ボイルは謙遜をしない。周囲からはよく天才と呼ばれていた。慣れっこだし自覚もあった。

「あ、2人共戻って来たみたいだよ」

 武士とレイが自転車に乗って戻って来た。ボイルはブータンの自転車、ブータンと豚太郎はブタハナボードに乗り、秋葉へ向けて出発した。



 

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