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ブータン日記  作者: チャッピー一族
1/7

ボイルの夏休み

アメリカ合衆国から独立し、ハワイ島はウータンという名の国となった。

日本は天皇が京都へ移住し、首都は京都府になった。それに従って東京に住んでいた人々は次々に京都へ移住し、東京はいつの間にか誰も近寄らなくなった。

噂によれば、現在東京には人間と獣が混ざった様な生き物の住み家になっていて、その生き物は人を喰らう事があるという。

その生き物は頭が豚で身体は人間。

人々は東京を豚人間に支配された国、トン王国と呼ぶようになった。

トン王国で最も豚に近い少年、部田野介夫ぶたのすけお(10才)通称ブータン。彼の親戚はウータンに住んで居る。

名前はボイル・キャベツ(13歳)IQ200の天才児。




ボイルは今年の夏休みにブータンの家へ家族で遊びに行く予定だ。

ブータンもボイルが来るのを楽しみにしている。 ボイルはブータンと出会い、ある発見をする。それが後に世界に大きな影響を与える事を、誰も思いもしなかっただろう。


■ 3011年8月1日。

2人の少年は互いに会うのを楽しみにしていた。 1人はボイル。ウータン出身の中学1年生。もう1人は部田野介夫。トン王国出身の小学5年生。今ボイルは飛行機でトン王国へ向かっている。一方介夫の方はというと、もうお昼だというのにまだ寝ていた。夏休みだからといって、毎日勉強もせずにぐうたらしている。 介夫は放っといてボイルの方に戻ろう。ボイルは本を読んで時間を潰していたのだが、内容が頭の中に入って来ない。トン王国へ行く事をずっと楽しみにしていたのだから仕方無い。

日本の中に在りながら、決して誰も近づこうとしない国。トン王国の人は豚の様な姿をしていて、人を食べるという噂が出回っているが、トン王国出身の父は豚の様な姿をしていないし人を食べない。

恐らくデタラメな噂なのだろう。

そんな事を考えている内に、飛行機はトン王国に到着した。空港では叔母さんが待ってくれている筈だ。

ボイルと両親は、荷物を持ち飛行機を降りた。

介夫は自分の部屋でボイルが来るのをまだかまだかと待っていた。

お母さんが迎えに行ってからもう1時間は経つ。そろそろ家に向かって来ている頃だろうか。

ああ、楽しみだ。楽しみだ……。




ここはどこだろう。暗い。誰もいない。

介夫は暗く広い場所にいた。室内ではなく外の様だ。

とりあえず人を探してみることにした。周りの建物は家の近所と似た様な物ばかりだ。しかし、ほとんどが壊れている。意図的に破壊されている。誰がこんなことをしたんだろう。

しばらく歩いていると、遠くに人影が見えた。

助けを求めようと人影に近付いた。

助けて。町が壊されて人が誰もいないんだ。

……。

反応が無い。聞こえなかったのだろうか。もう一度声をかけようとしたら、その人はくるりと振り返った。


身体からは腐った様な臭い。ぐちゃぐちゃの皮膚。精気は感じられない。まるで死人だ。

でもその人は動いている。まるでゾンビだ。いや、この人は本物のゾンビだ。

介夫は一目散にゾンビから逃げた。どこもかしこもゾンビだらけ。武器も持っていないから戦う術が無い。

どこか隠れる場所……。どこだどこだどこだ。



行き止まり。どうしよう、ゾンビはどんどん近付いて来る。


介夫、介夫。


1体のゾンビが声をかけて来る。近付いて来る3体の内たった1体の女性、いや、メスと言った方が良いだろうか。

メスゾンビに両肩を掴まれた。まだ介夫、介夫と言っている。

もう駄目だ、殺される。そう思ったその時、眩しい明かりで何も見えなくなった。



介夫……介夫……。

誰かがボクを呼んでいる。

「介夫、起きなさい。ボイル君来たわよ」

あれ?ここはボクの部屋。夢だったようだ。それにしても嫌な夢を見た。

「ほら、しゃんと起きて挨拶しなさい」

まだ眠気が残っているので頭がボーッとする。何とか起き上がって自己紹介をした。

「ボク、部田野介夫。よろしく」

「はじめまして、ボイルです。宜しく介夫君」

目の前にいたのは、ボクより2、3歳年上に見える眼鏡の男の子だった。

正直、ドラえもんののび太にそっくりだった。




今日は介夫の誕生日で、ボイルの歓迎会と介夫の歓迎会を同時に行った。

当たり前の様に皆歓迎会謙誕生会を楽しんでいるが、端から見れば異様な光景に見えるだろう。何故ならば、この部屋には4人の人間と1人の豚人間、宇宙人 ?が1人というメンバーだからだ。

因みに、この宇宙人の様な人は、銀色の皮膚に赤色の複眼、4本の長い指。明らかに地球の人では無い。

この人、名前は部田野仁野介。介夫の父親だ。

旧姓宇宙仁野介。

宇宙人が存在しないという説が有力となっている世の中だ。公の場に出たら大変な騒ぎが起こるのではなかろうか。

そんな事を考えながらボイルはケーキを頬張った。

部田野家、変わった家族だ。



歓迎会謙誕生会も一段落し、ボイルは介夫の部屋に居た。勉強机、本棚、ベッドにクローゼットが置かれている。

今は部屋の中央にボイル用の布団が敷かれている。それにしても介夫という少年はどこから見ても豚にしか見えない。僕をビックリさせようとして特殊メイクでもしているのではないか

気になって仕方無いので、鼻を取ってみることにした。

ぎゅっ

「 ?、どうしたの」

ぎゅ〜。

この豚鼻、なかなか取れない。

「ちょっと痛い、痛い痛い !ボイルくんやめて」

介夫はかなり痛がっている。どうやらこの豚鼻、本物の様だ。

「痛いなぁ。何するのさ」

「ああ、ゴメン。鼻が本物かどうか気になってつい」

「鼻 ?もちろん作り物だよ。ほら」

そう言いながら介夫は豚鼻を取って見せた。鼻だけで無く、手足の蹄まで取って見せた。一体どうやって作ったのだろう。とてもリアルに出来ている。

初めてのトン王国の夜はこれで終わった。

■ 8月2日。 午前8時。

ボイルと介夫は目覚めた。2人で歯を磨き、朝食を食べ、また歯を磨く。

「そうだ介夫。今日はボイル君に家の周りを案内してあげなさい」

ボイルはトン王国を早く色々見て周りたかったので有り難かった。



一方介夫は、少し面倒だと感じていた。夏休みぐらいは家でのんびり過ごしたい。といっても、夏休みで無くてものんびりしているのだが。




しかしこう面倒だと感じているものほど、行ってみると意外と楽しかったりするものだ。

「う〜ん、分かった……」

分かっていても素直に返事をすることが出来ない介夫であった。

とりあえず外へ出る2人。介夫は何処をどう案内しようか迷っている様だ。

「ブータンがいつも遊んでいる場所を見てみたいな」

気を使ってリクエストするボイル。

「あれ ?何でボクのあだ名を知っているの ?」

「いや、無意識にそう呼んだんだ」

いくら豚にそっくりだからといって、ブータンは失礼だった。

「ごめん。気を悪くしたかい ?」

「気にしないで。むしろこのあだ名気に入ってるんだ。これからはブータンって呼んでよ」

「分かったよ、ブータン」

介夫とまた少し仲良くなれた。それにしても、どうしてブータンと呼んだのだろう。特に印象や思い付きでは無く、昔からそう呼んでいた様な感覚だった。

「ここがボクが友達と普段遊んでいる公園だよ」

公園は家から僅か2、3件離れた所にあった。遊具はブランコと巨大なタコ型滑り台だけの小さな公園。

「このタコの下でよく集まってるんだ。このタコの名前は黒柳さんっていうんだ」

「黒柳……。名前の由来は?」

「わかんない。みんなが何か面白い名前をつけようって言い出して黒柳さんになったんだよね」

一体黒柳の何処が面白い名前か理解し難いが、そこはあえて言わない事にしたボイルだった。

このタコ型滑り台黒柳さんは、背中に階段が備わっており、口が下まで伸びていて、それがトンネル状の滑り台になっている。本当は口では無いのだが、まあ良しとしよう。

黒柳さんの下は思ったより広く、大人でも頭が届かないくらい高い。子供には十分な広さだ。

「どう?広いでしょ。雨が降ったら雨宿り出来るし、夏は涼しいし、寝泊まりも出来る。最高の秘密基地さ」

自慢気に説明するブータン。 黒柳さんが秘密基地として利用されているのは理解出来るが、寝泊まりは流石に出来ないのでないか。しかし実際に毎年夏休みの数日間、友達とお泊まり会をするらしく、時々寝泊まりしている大人も居るそうだ。それはホームレスだと思うのだが……。 せっかくの秘密基地も、今居るのはブータンとボイルの2人だけ。それといってやることも無いので、別の場所へ行く事にした。 それに案内が家の近くの公園だけじゃつまらない。

「じゃあ次は城下町の方に行ってみよう。自転車で行ったらすぐに着くよ」

一度自転車を取りに家に戻る事にした。しかし自転車は一台しか無い。

「よいしょ、さあ後ろに乗って」

ブータンは大人サイズの自転車にまたがり荷物置きに乗るよう促す。地面に爪先がギリギリ付いている状態なので、後ろに乗るのはかなり怖いが、促されるまま荷物置きに乗った。

「じゃあ行くよ。レッツゴー」

「あ、ちょっと待って。まだ心の準備が……」

ボイルの言葉を取りに聞かずどんどんペダルを漕いで行く。結構スピードが出ているが、意外と安定していた。ボイルはブータンに身を任せ景色を楽しむ事にした。

自分の国とは違うもの、自分の国にもある店、初めて見るもの、そして頭に耳が付いた人達。トン王国に来たという実感が少しずつ湧いてきた。

ふと前を見ると、際立って大きな建物が見えた。巨大な亀に肉まんを乗せた様な形をしている。

「あの大きな建物は何 ?」

「あれは王様の城だよ。上の方に大きな豚の鼻があるでしょ。あれが王族のシンボルなんだ」







確かに上の肉まんの形をした部分には豚の鼻が付いていた。丸い2つの窓が丁度良い所に配置されていて、豚の顔にも見える。亀の甲羅の上に乗った豚の頭。なんて面白い形をした城だろう。

何だか良い匂いがしてきた。美味しそうな食べ物の匂いだ。


キキィ


自転車がゆっくりブレーキを掛けて止まった。ボイルは荷台から降りて辺りを見回した。

飲食店が建ち並ぶ商店街。焼きそば、たこ焼き、クレープ、炒飯等の様々な料理が売られている。

ボイルは持って来たガイドブックをパラパラとめくり、ここが何という場所なのか調べた。



ここは食い道ロードと呼ばれる商店街で、飲食店しか無い。曾て世界チャンピオンとなったフードファイターがトレーニングの為にこの商店街に通っていた事からこの名が付けられた。新たなフードファイターの育成の為に店の前に並ぶ露店で出される料理は全て試食用だ。ただし、10代限定だが。

「成る程、ここはこういう場所なのか。あれ、ブータン ?」

今まで横にいた筈のブータンが居ない。何処へ行ったんだろう。

「あ、あんな所に」

早速ブータンは試食をしていた。美味しそうにラーメンをすすっている。

「そこの君もどうだい ?食べて行きなよ」

店のおじさんに丼を手渡された。せっかく貰ったので食べてみた。見た目は豚骨風でこってりしてそうだが、食べてみると意外とあっさりしていて、夏バテしていてもするすると食べれそうだ。量も多かったがあっという間に完食してしまった。

しかしブータンはもう3店舗先で食べていた。 食器を店の人の手に渡し、ブータンの元へ行こうとした。すると、

「兄ちゃんどうだい。うちのたこ焼き食べていかないかい」

そこまで急いでいる訳でも無かったので、折角だし頂く事にした。外はパリッと、中はとろっとしていて、たこは丁度良い柔らかさ。これまたあっという間に平らげてしまった。

こんな美味しい物をタダで食べられるなんて。来て良かった。

ブータンは更に離れ6店舗先まで離れていた。店の人達がかなり試食を勧めて来るので、結局1店舗ずつ食べながら進む事になってしまった。

始めは味を楽しみながら進めた食い道ロードも少しずつ苦しくなって来た。胸焼けが激しい。飲み込むのが辛い。立つのも苦しい。もう、限界だ……。

ブータンに追い付くのは諦め、ベンチで休む事にした。しばらく座っていると少し楽になって来た。

ガイドブックをパラパラとめくる。この1ヶ月で行ける所はなるべく行きたい。折角来たのだから思う存分楽しまないと。

ブータンが戻って来た。「今日も炒飯の壁を越える事が出来なかったよ。悔しい〜」

「よく通ってるんだね」

「土、日はだいたい来てるよ。もう少しで半分まで行けそうなんだけど、炒飯が手強いんだ。オムライス、カレーの山盛りの後だからかなりキツいんだ」

この食い道ロードは、横に30もの店舗がずらっと並んでいる。ブータンは14店舗でリタイアした。因みにボイルは5店舗だ。小学生とは思えない大食漢。

「他の子はどのくらい行けるの ?」

「7、8くらいかなぁ」

トン王国の子達は大食いの様だが、ブータンはその中でもずば抜けていた。

「次、どうしようか」

ボイルの隣に腰を降ろしながらブータンは問いかけた。

「秋葉町。ずっと行ってみたいと思ってたんだ」

「ボクも丁度行きたいと思ってたよ」

しかし2人が行きたい場所は同じ様でも違っていた。秋葉町は2つの区に分かれていて、ボイルが行きたいのは世界トップクラスの家電の街銀杏。ブータンが行きたいのはオタクの聖地紅葉。

そうとは気付かずに自転車で秋葉町へ向かう2人であった。


遂に憧れの秋葉町に来た。

世界トップクラスの電気街秋葉町銀杏区。ここには最新の家電製品だけで無く、独自の進化を遂げたパソコンやタブレットもある。

胸がワクワクする。しかし、ブータンは目的とは違う方向へ向かっている。

「ブータン、銀杏区は左じゃない、右だよ」

「うん、紅葉はこっちで合ってるよ」

「銀杏区へ行くんじゃ無いのかい ?」

「紅葉に行くんじゃ無いの ?」

2人は1度自転車から降りた。

「僕がトン王国で1番行きたかった場所なんだ。お願いだ、ここは譲ってくれないか」

ボイルはブータンに頼んだがブータンも引かない。

「紅葉も楽しいよ。最新のゲームで遊べるし、色んなグッズも売ってるし」

「ゲームなら銀杏にもあるじゃないか」

「でもプレイは出来ないよ」

「ブータンはいつでも行けるじゃないか」

「電気屋なんて何処も一緒でしょ」

これではらちが明かない。そこでボイルは、

「よし、じゃあこうしよう。ジャンケンで勝負だ。3回勝負で勝った方が行きたい場所に行く」

「うん、分かった。それじゃあ、ジャンケン……」

ブータンは同意しジャンケンを始めた。

「ポン」

ボイルが出したのはグー、ブータンはチョキ。

ボイルがまず1勝。

「クソッ、勝負はこれからだ」

「フフフ…」

ボイルは不敵な笑みを浮かべた。

(ブータンは気付いていない。君はどう足掻いてもチョキしか出せないのさ。この蹄でジャンケンを挑んだのが間違いだったのだよ。僕はグーさえ出していれば決して負ける事は無い)

「これで終わりだ。ジャンケン」

「ポン」

ボイルはグーを出した。

(勝った。これで僕の思うがままだ)

「さ、僕の勝ちだ。銀杏へ行こう」

「何言ってるの ?これで引き分け、あと1回残ってるよ」

負け惜しみを言って誤魔化している。どんなことを言っても僕の勝ち……。

「な、何ぃ」

ブータンの手はチョキでは無くパーだ。何故だ?蹄でチョキしか出せない筈なのに。

「忘れている様だね。この蹄が手袋であることを」

そう言ってブータンはポケットから蹄手袋を取り出した。

「このボイル、一生の不覚」

これではIQ200の名が廃る。それに、例えジャンケンであろうとも小学生に負ける訳には行かない。

「ブータン、同じ手が使えると思わない方が良い。手袋で隠しても無駄だ。この勝負、必ず勝つ !」

手袋で隠そうと関係無い。ブータンが何を出すかはもう読める。

「ジャンケンポン !」

やはりブータンはチョキを出した。勝った。

「僕の勝ちだ」

「まだ終わっていない」

何を言ってるんだ。

「バカな事を言うな。何をしてもチョキでグーには勝てない。グーにはパーでしか勝てないんだ」


ガシッ


ブータンはチョキでボイルのグーを挟んだ。

「それは一般的な常識、一般的なルール。こうすればチョキはグーに勝てる。ボクのチョキは岩をも切る」


ミシミシッ


痛いっ、チョキでこんな力が出せるなんて。しかしここで根を上げては銀杏へ行けない。


ミシミシミシッ


拳が軋む。これ以上はマズイ、本当に折れそうだ。

ボイルのグーはブータンのチョキによって強制的にパーに変えられ、ボイルはジャンケンに負けてしまった。

念願の銀杏へは行けなかったが、紅葉もなかなか楽しめた。

■8月8日。午前10時。

「で、出来たぁ」

ボイルの喜びの声が部屋に響いた。ここ数日ブータンの付け鼻に付きっきりだった。

この不思議な付け鼻は、強い風を起こしたり、様々な物を収納出来、優れた伸縮性を持ち、データ容量が3テラバイトあったりと、物凄く多機能なのだ。

そんな付け鼻を詳しく調べたいと思い、ボイルは5日前から付け鼻を借りていた。

調べている内に、この付け鼻には使用出来なくなっている機能が在る事が発覚した。5日懸けでその中の1つを使える様に改良した。

その機能を早速ブータンに試して貰おう。

ブータンはまだ寝ている。もう昼前だし起こしてあげよう。

「………っ!」

ブータンはミイラ状態になっていた。いつもの面影が無い。簡単に持ち上がるほど軽い。

「………を」

微かだが声を出した。まだ生きている。

「ハナ……を……かえ……し……て」

咄嗟に付け鼻をブータンの鼻に着けた。

身体に精気が戻って行く。元通りまでとは行かなかったが、自力で起き上がれるまで回復した。

ブータンは ベッドから降りると、部屋を出て階段を降りて行った。

大丈夫なのだろうか ?心配なので付いて行った。リビングに行くと、ブータンが物凄い勢いで食事をしていた。パンやソーセージの袋が机に散乱している。

こちらに気付かないほど一心不乱に食べている。冷蔵庫から卵やハムや昨日のおかずが入ったタッパー等、次々に取り出してはそれらを貪る様に食べて行く。

炊飯器を開けてみると空っぽで、米粒1つ残っていない。どうやったらこんなに綺麗に食べれるんだ ?

それにしても、いくらお腹が空いているからといって、よくこんなに食べれるもんだ。卵なんて生のまま口に入れている。気持ち悪い…。

昨日までは全く食欲が無かったというのに、この食べっぷりは何なのだろう。

そういえば、付け鼻を返してから急に食べる様になった。

一昨日はブータンの好物の豚肉が出たのに、全く食べなかった。本人は食べたそうだったのに、食べたくても食べれないと言っていた。

ブータンの食欲と付け鼻には何か大きな繋がりが在るのだろうか。

とにかく、叔母さんもとても心配していたし、食欲が戻って良かった。それにしても本当によく食べる。さっきよりも机の上の食べ物が増えている。

今食べているのはマーガリン ?もしかして、冷蔵庫の中身全部を出しているのでは…。

ボイルは冷蔵庫を開けてみた。


予想的中、空っぽだ。


ブータンの方へ振り返ると、ブータンはパックに入った生の豚肉を口の中に入れようとしている所だった。

マズイ、生の豚肉にはトキソプラズマが……。

「駄目だよ、ちゃんと火を通さなきゃ」

ブータンを必死に止めるも、振り払われてしまう。もうブータンを止められない。

遂に冷蔵庫の食料を食べ尽くしてしまった。

それでもまだ足りないらしく、今度は戸棚からインスタント食品を漁りだした。

この家の食べ物は完全に無くなった。

「食べ物……。まだ……足りない」

自我を失った様子のブータンは、じっとボイルを見ている。

嫌な予感がした。ブータンがゆっくりと近付いて来る。

ガアアアアッ

口を開けてつかみかかって来た。ボイルは咄嗟に腕を掴み投げた。

背中から叩き付けられ、ブータンは動かなくなった。気絶しているだけで死んではいない様だ。

武術をかじっておいて良かった。また襲われないように、ガムテープで身体を縛ってから部屋を出た。


午後3時22分

ブータンが暴走してから3時間以上経過した。

現在ブータンとボイルは子供部屋に居る。ボイルが持って来たウータンのお菓子『ハイカロリーチョコバー』を全部食べさせ、やっと元に戻ったのだった。 ウータンが恋しくなった時に食べようと持って来た物だったが、背に腹は変えられない。

ブータンはベッドでぐっすり眠っている。

ボイルは疲労困憊でぐったりと寝転がっていた。寝る間を惜しんで5日間ぶっ続けで研究をした上にこんなトラブルが起こったのだから無理も無い。

意識が遠退き、ボイルも眠りに落ちていった。


午後6時

あれから親達が帰って来て、食い散らかされたテーブルと空っぽの冷蔵庫の事情を説明するのが大変だった。

ブータンが家の食料を食べ尽くし、それだけではまだ足りず危うく食べられそうになったなんて、誰が信じてくれるだろうか。いや、信じてくれる筈が無い。

そこで、フードファイトのトレーニングを2人でしていて、疲れて寝てしまい、片付けるのを忘れていた。と説明した。

「そうか、練習も良いけど片付けはちゃんとしないと駄目だぞ」

叔父さんに軽く注意を受けただけで済んだ。

「食べ物も何も無いし、今日は外へ食べに行こうか。あ、2人は留守番な」

お陰で夕食抜きになってしまった。おのれブータン…。

しかし、食欲より眠気が勝って空腹も気にならなかった。

叔父さんは恐らく僕の言い訳が嘘だと見抜いているだろう。

でも気付いて無いフリをしてくれた。

そういえばブータンは何とも無いのだろうか。豚肉を生で平らげたが。

明日早速新しい機能を試そう。明日……晴れる……かな……。


ボイルは深い眠りに落ちた。




■8月9日

ボイルくんにブタハナを貸してからずっと食欲が無くなって、昨日の記憶は全く無い。

朝のニュース番組を観るまで今日が8月9日だということに気付かなかった。

今日はボイルくんがブタハナに新しく付け加えたシステムを見せてくれるそうだ。

「じゃあ早速付け鼻を貸して」

ボイルくんの指示に従いブタハナを渡す。ボイルくんはブタハナの右側の穴に指を入れた。

するとブタハナが大きくなった。その大きさはサーフボード並だ。それを裏返すと、ブタハナは僅かながら宙に浮いた。

「これが付け鼻の新しい機能だよ。風の力を利用してボードの様に乗る事が出来るんだ」

さあ、乗ってみてと勧められたので早速乗ってみる事にした。

ブタハナに右足を乗せ、左足を乗せようとした。


ズデーン


派手に転んで背中を思い切り打った。

「イッテー !」 ブタハナボードは真っ直ぐ滑って行った。黒柳さんにぶつかり、コンッ、と音を立てて止まった。

「HAHAHA !派手に転んだね」

ボイルくんはボクが転ぶのを見て爆笑していた。

「次は僕が乗ってみるよ」

ボイルくんはブタハナボードに片足を置いた。もう片方の足も乗せる。バランスを取って数秒キープして、地面に足を着いた。

「やっぱり難しいね」

「むむう。よ、よーしボクだって」

もう1度ブタハナボードに足をのせた。今度はバランスを取って……


ズデーン


再び派手に転んだ。

「プッ、ククク」

ボイルくんが必死で笑いを堪えるのを寝そべったまま眺めていた。


あれから何度も練習をしたが、片足を乗せるのが精一杯だった。何度も転んだお陰で身体中傷だらけになった。

「い、いてて。傷が染みる〜」

お風呂に入ると身体中が痛い。こんな風に傷だらけになってお風呂に入るのは小1の時に自転車に乗る練習をした時以来だ。

今では簡単に乗れる自転車も、当時はとても難しく、とても乗れる気なんてしなかった。

練習を積み重ねて行くに連れ、少しずつ乗れる距離は伸びて行き、やがて乗れる様になった。

このブタハナも自転車の時の様にいつか簡単に乗れるようになる日が来るのだろうか。

「介夫、いつまで入ってるの !ボイル君待ってるわよ」

頭と身体をさっと洗い、風呂場を後にした。

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