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その01

         1

 駅前のロータリーに一台だけ停まっていたバスの行き先を確認し、ガランとした車内に乗り込むと独特の消毒臭が鼻腔を刺激した。

 どこに席を取ろうかと見回すと最後部に既知の顔を目にした。


『文Ⅰの深見さん?』


 私がそう青年に声を掛けると少し眉をしかめ、怪訝そうに『はい』とだけ答えた。


『ええーと……』


 記憶を探るように返答に窮している深見の言葉を被せる様に自己紹介した。


『私、文Ⅲの貝座マリアです。

 武道館での深見さんの総代宣誓、素晴らしかったです』


 そう言って、荷物を網棚に上げると深見の隣に腰掛けた。

 それに呼応したようにバスが行き先を告げ走り出した。

 隣に席取った事をちょっと強引だったかもと思いながら、深見の面を食らった表情から私自身の目立つ外見も学部が違うと効果が半減しているなと内心苦笑いした。

 完全な日本名な私だが、母譲りの金髪と何よりこの瞳の濃い緑の虹彩が誰よりも学内で人目を惹き付けていた。

 反面、深見の方は日本武道館で行われた大学の入学式以降、ちょっとした有名人だったが余り時間を待たずにいつの間にか一般学生と変わらない位置に溶け込んでいた。ルックスもどこか平凡で色も暗色系に統一された地味目な服装。端整な顔立ちが窺がえるのに黒ぶちの大きな眼鏡に邪魔されて、その魅力が半減していた。


『深見さんは、何故ここに?』


 深見の外見を品定めしながら、もったいないなと思いながら質問した。


『こっちに来ている友人から呼ばれたんです』


 静かに低音で響く声は、私的には高得点。


『奇遇ですね、私もなんです。その子ってば英国の本物の貴族なんですよ』


『……貴族?』


 深見の顔が、また眉間にしわを寄せる怪訝そうな表情になった。この表情は彼の癖なのだろうか?


『ええ、英国では相続税のせいで名ばかりのフラット住まいの貴族が多いですが、彼女は城持ちの貴族なんです』


『……ほぉー、城持ちとはね……そんな方とお知り合いとは凄いですね』


 この男の表情を読もうと努力したが、意外と思考を読ませない。その事に正直、驚いてた。狸か狐かどちらかは知らないが、なかなか図太い神経をしている。


『知り合いから聞きましたが、深見さんも英国で過ごしてた時期があるそうじゃないですか。その時、私の友人と会っているかもしれませんね』


 彼は軽く小首をかしげながら、


『いえ、そういった機会には恵まれませんでしたね』


 と、なんとも言えない笑顔で返された。



 バスは市街から徐々に離れ、青く茂る木々が度々まだこの季節の強い日差しを遮ってくれた。開け放たれた窓から吹き込む風が運んでくれる緑の香りが心地良い。

 窓枠を支えに頬杖をつき、軽く目を閉じてまるで音楽を聴くように、この環境の中に身を置く青年がまるで一枚の絵画のような錯覚を私は覚えた。


『……僕が英国にいたのは僅かでしたから、幼少から向こうで育った貴女とは知り合いの数も比べ物にはなりませんよ』


 この時、私は動揺を表に出さない事で精一杯だった。


『なんだ……知ってたんだ……キャスは、私の事は話して無いって言ってたのに。つまんない』


『キャス……ね。彼女からは、貴女の事は何も聞いてませんよ』

 

『では、どうやって私の事を?』


『知ってたんじゃありませんよ。

 解ったんです』


 一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。


『どういうことです?』


『「フラット住まい」と、貴女がそう言ったからです』


 彼はこちらを向かず、私を横目で見据えながらそう一言呟いた。


『?』


『フラットとはアパートの事。これは英語圏でも英国特有、つまりクイーン・ズイングリッシュ使用圏内で無ければ常用されない表現です。

 これは、貴女が幼少の頃からイギリスで実際にクイーンズ・イングリッシュに触れ、謂わば純粋培養されて学んできたことの証です。フランスやドイツでの第二言語としてでも、ましてやアメリカで主言語のアメリカ英語の他に英国風の言語を学んで、英国風の英語の方の慣例を使うなど有り得ないと思いますがいかがですか?』


 私は、始め漏れ出すように、次第に大きな声で笑い出していた。

 なるほどね。注意深く彼の感情を読み取ろうとしていたが、実際に「読まれて」いたのは私だったという訳ね。


『改めまして貝座マリアです。血はフランス半分、英国と日本が1/4づつの多国籍結合体です。

 小さい頃でしたがフィッツアラン=ハワード家とは英国に住んでいた時期に親しくさせてもらっていました。

 でも何故、始めにキャスを知っている事、とぼけようとしての?サー・フカミ』


 彼は一瞬、何の事か解らないようだったが直ぐに理解したようだった。


「キャスの祖父は、あのノーフォーク公エドワード。英国議会貴族院で世襲が許されている紋章院総裁、そしてそれは、ロイヤルファミリーの一員でも有る事を同時に表している。その末娘のキャサリンが日本にひょっこり来ているなんて警備保安上、簡単に公言できない。特に君とキャスの関係が判らなかったからね。

 それと”サー”は要らない』


 そうなのだ。

 彼には一度は辞退したとは云え、その名にサーの敬称を他者に付けさせる権利を女王陛下から授与された。


 ロイヤル・ビクトリア勲章ナイト・コマンダー。


 一般に英国の広報に貢献した有名人や芸能人に送られる騎士勲章は有名だが、実際には貴族の爵位を与えられる訳ではない。 だが、彼の与えられたこのロイヤル・ビクトリア勲章は違う。本物のナイト爵を名乗る事が許された勲章なのだ。


 彼が14歳の渡英して間も無く、あるカフェで爆弾テロ事件が起こった。その時、居合わせた幼いキャスと彼女の祖父エドワードを身を挺してその爆風から守ったのが彼だった。

 本人は、その爆風で飛散した大きなガラスの破片が背中から突き刺さり脾臓を貫き、摘出しなければならない程の重症を負った。この事件により、ロイヤル・ファミリーの一員をその身を省みず庇ったその功績を認められ、外国人の14歳の少年が異例ではあるが受勲する事が決定された。


とある理由で非公式とされたが。


 それ以後、彼の英国での生活や勉学についての全てに置いてノーフォーク公エドワードが後見人として名を連ねる事になる。


『で?

 今はこうしてキャスの事、話してもOKなのかしら?』


『君がキャスの愛称を知っていたからね。

 通常、キャサリン名の愛称はキャシーかキャス。どちらかと言えばキャシーだろう。

 なのに君は迷わずキャスと言った。だから本物の知人なのだろうと察しが付いてたよ。

 特に彼女は極近しい家族と言える人物にしかキャスと呼ぶ事を許さなかったと記憶しているからね。

 ……そうか……もしかして君がキャスにとっての「フランス語を教えてくれたお姉さん」なのかい?』


 大きな溜息が出た。驚いたのを通り越して呆れた。僅かな言葉の端々からここまで人の背景を正確に見透かせるものだろうか。


『呆れるわね。君、友達から怖がられない?』


『幸いなことに身近に友人は居ないんです』


 そうはっきりと答えた。穏やかな笑顔で。


『笑顔でいう言葉には思えないけど……キャスがどういうつもりでこんな所に私達を呼び寄せたのか知らないけど、まぁこれも何かの縁だわ。

 よろしくね』


 差し出した右手を彼は優しく握り返す。


『こちらこそ、お手柔らかに』


 そしてバスは、もうすぐ私たちの目的の地に到着する。


ヒント:バス内での会話は以上です。これ以後、バスを降りるまで二人の間に会話はありません。

マリアは、ある重大な致命的ミスをこの1話目終了時点までに犯しています。

深見は、その洞察力によって既に気づいていますが……


みなさんは、どうでしょう?解答は最終予定の第4話になります。

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