第一篇「秘密」 7
父からの真実の告白を受けた俺は、その足で白川南通りの方まで来ていた。そこには一応行きつけと言える店があり。
「あら、いらっしゃい」
「なんだよ、相変わらずガラガラだな」
「何言ってんのよ。もう閉める時間なのよ」
「まあそう言わず付き合えよ」
この店を切り盛りするこの女性は、俺の昔からの幼馴染だ。中学までは同級生でもあったが卒業後、彼女は舞妓としてお座敷に上がった。その後は芸妓としても活躍したが五年前に引退しこの店を開いた。名前は九条一珠。本名だ。『いちたま』と書いて『ひとみ』と読む。
「・・・・・何かあったの?」
「・・・・母さんがさ・・・」
「――――――――」
「・・・そろそろな」
「――――― 絢子お母さん、今は?」
「・・・今はまだ普通に過ごしてる。でもな・・・」
カウンターに腰かけた俺の前にそっとお茶が差し出された。
「・・・・酒くれ」
「・・・・・いやよ。」
「店が断っていいのかよ。」
「・・・・・もうお店閉めてるから」
「――――――」
「絢子さん、ずっと病院?」
「ああ。とりあえず昨日今日はゆかりがついてた」
「ゆかりちゃん大変ね。」
「明日からは蒼にも交代で行ってもらうから」
「そう。」
「・・・・人間、いつどうなるかなんて、本当に分からないものだな」
つい、本音を漏らしてしまった。
「・・・・・それ、医者のあなたが言うセリフなの?」
一珠は少し笑いながら言った。
「・・・ほんとそうだな・・・」
俺も笑った。笑える気分なんかじゃないのに、笑えた。
花街の女には、そういう力が、あると思う。
そして、花街の女は、鋭い。
「でも・・・それだけじゃないんじゃないの?」
「え?」
「――――――――」
「・・・・まあな、いろいろあるんだよ、俺にも」
「・・・・らしくないわね」
「――――― なあ。」
「ん?」
「女ってさあ、人生の最期に、何望む?」
「――――さあ。そんなの、女も男もないんじゃないの」
「――――――――」
「―――――大事なものは、同じよ、きっと」
大事なものは同じ・・・か。
俺はお茶を飲みほして店を出た。
冷たい夜風が、京都に秋を告げていた。