第一篇「秘密」 6
夜、父はまた一人で酒を少し飲みながらぼんやりとしていた。蒼は今日から店に入ったらしい。父にはただいまとだけ言ってすぐに二階に上がると、蒼に呼び止められた。
「兄さん。ちょっといい」
無言で返事をし、促されるままに蒼の部屋に入った。
「昨日、父さんが呟いたんだけど・・・母さんがあと一月だって。」
蒼は『嘘だよね?』と言いたげな表情で俺にそう言った。
「父さん、昨日からずっとあんな感じか」
「・・・・うん。今日、店やってるときもなんだかぼんやりしてた」
「母さんがあと一月だと言われたのは本当だ。医者として俺も納得はしている。」
「・・・・ほんと、信じられないよ。あの母さんが・・・。俺実は、どっちかというと父さんのほうが早いんじゃないかって思ってたくらいだよ・・・」
「・・・・母さんに顔見せに行けよ。今はずっとゆかりがついてるけど・・・。」
「――――― 分かっているよ。姉さんより俺の方が仕事の融通利くわけだし」
「・・・・頼んだぞ」
蒼はその後、友達に会いに行ってくると言って家を出た。俺は一階に降りて父さんに声をかけた。
「父さん。」
父は顔を上げ、こちらを振り向き、少し微笑んだ。
「――――― すまんな。」
俺は何も言わず父の前に行き、テーブルを挟んで前に座った。
「・・・・父さんはさ、母さんのどんなところが好きで結婚したの」
「・・・なんだよ突然」
「――――」
「・・・・・最初に会ったときに、笑顔に惚れた。いわゆる一目ぼれってやつだった。」
「・・・・喧嘩とか、したことないの?」
「・・・なんだよ、どうしたんだよ、本当に。」
「―――――――――― 今も昔も、気持ちが変わったことはないの?」
「・・・・・俺は、あいつが好きだ。ずっと好きだ。今までだって・・・・これからだって・・・・・・。」
「・・・・・もし、裏切られるようなことがあっても?」
「―――――――」
父は言葉を発さなかったが、無言で肯定したようだった。
―――――― 裏切られても、好きだ。
俺は決意していた。俺とゆかりが見つけたことを伝えようと。今伝えなくては一生秘密のままだ。もう少しで、家族の形は、嫌でも変わってしまうのだ。その時は、今なのだ。
俺は父の前に例の手紙と写真を差し出した。
「・・・・・・・」
無言の時間が、永遠かと思えるほど、長く永く続いた。
「・・・・・・・これは、どうした」
長い沈黙を破ったのは、動揺を通り越して、少し上ずった父の声だった。
「・・・・・母さんのタンスにあった。・・・・昨日、入院の準備をしているとき、ゆかりが見つけた」
『ゆかりが見つけた』の一言に父は先ほどよりも衝撃を受けたようだった。
「――――――――――」
「・・・・・父さん。俺たち、もう大人だからさ・・・それが何なのか、一応、推測はついてるから・・・・全て知らないことにすることだって出来」
「いや」
俺が全てを言い終える前に、父に遮られた。
「いつかは、話すべきことだったんだ。・・・・・でも、怖くてな。家族を壊すんじゃないかって。ずっと、先延ばしにしていたんだ。・・・・・・・俺の弱さのつけが来たんだな。」
「――――――――」
「・・・・・許してくれとは言わない。ただ、母さんを責めないでやってほしい。俺のことはいくらでも恨め。」
「―――――― 父さんは最初から知っていたんだよね」
「・・・・・ああ。」
「それでもずっと、母さんを想ってた?」
「―――――――― ああ。」
それから父さんは、俺の目を真っ直ぐ見つめ話し始めたんだ。
若さは時に、罪を犯す。
―――――― 愛することに、理屈は存在しないのである。