第二篇「告白」 25
店主は再び川に石を投げ始めた。話しながら、どこか淋しそうな悔しそうな表情を浮かべている。
「そして、ついに奴は獲ったんだよ、賞を」
「えっ・・・!それならなんで」
「・・・・・彼女の方がな、姿を消したんだ」
「・・・・・・・]
絢子に自分の決意を伝えた三か月後、ついに松宮は小説大賞のグランプリを手にし、晴れて小説家となった。そして松宮は自らが宣言していたことを果たすために、全ての準備を整えて、絢子を古本屋近くの喫茶店へと呼び出した。松宮は先に店に入り客入りの少ない店内で入り口からすぐの角の席を選び座っていた。するとそこへ、いつもより少し地味な服装をした絢子がやってきた。
『おまたせ』
『・・・・いや、全然待ってない。』
『・・・・グランプリ、作家デビューおめでとう』
『・・・ありがとう』
その会話の後、注文したホットコーヒーが届きしばらく無言が続く。
『・・・・・俺はあの日お前と約束した。今日はそれを伝えるために呼び出した。もう、お前と出会って七年がたった。散々、待たせたと思う・・・・。これから、絶対に、お前を・・』
『ごめんなさい』
突然、絢子はそう口にした。その眼にはうっすらと涙が滲んでいた。松宮が何も言えずに呆然としている間に、絢子は鞄を手に取って財布から五百円玉を取り出してテーブルに置き、
『・・・もう、会えないから・・・。ごめんなさい』
そう言って足早に店を出て行ってしまった。
松宮はしばらくはその場から動けなかった。上着のポケットに忍ばせた、自分の人生をかけた小さな箱に触れ、これを出す前に自分は振られたのだと敗北感に駆られたと同時に、待たせすぎたのだと、諦める気持ちもあった。
喫茶店を出た後、その足で店主のいる古本屋へと向かった。
『・・・振られました。』
『・・・なに?賞を取ったのにか』
『・・・・待たせすぎたんですよね、きっと。彼女には彼女の幸せがあるだろうし・・。俺に引き留める権利は無いような気がして』
『たった三ヶ月前までお前さんとしか付き合ったことが無かった女が、そんな突然、男を作るとも思えないが・・・』
『次で辞めるって言ったときに、すでに何かが切れてたんだと思うんだよ。だからさ・・・』
『・・・・・お前、本当にそれでいいのか?理由も聞かず、それ、指輪も渡せず、七年間の末がこれでいいのか、本当に』
『・・・仕方がないだろう、俺に彼女を問いただす資格は無いよ』
『・・・逃げてないか、お前さん。彼女の口から、理由を聞くのが怖くて逃げてないか』
『・・・・・・・・』
『・・・・あれほどの女性が、そんな無責任な別れ方、普通するかね。』
その店主の言葉は松宮の心をえぐった。何か、どうしても避けられない理由があるのか。でもそれを聞いてどうなるのだろう。互いに傷つくだけなんじゃないだろうか。いろいろな思いが頭を巡り始める。
ずっと、作家の卵と編集者という関係でまともにデートをしたこともなかった。それでも、幸せだった。彼女を幸せにする自信は無かったけれど、あの時・あの瞬間は確かに幸せだった。
松宮はたまらなくなり、古本屋を飛び出した。そしてそのまま絢子のアパートへと一目散に走った。
アパートへ着くと、すぐに階段を駆け上がり彼女の部屋の前に立った。しかし、そこには依然のような姿は無かった。その部屋は完全な空き部屋と化していた。