第二篇「告白」 17
店主は父親の後を継いで一九七〇年に古本屋の責任者になった。その当時から現在と変わらず繁昌はしていなかったが、常連客は何人かいた。松宮はその中の一人だった。
松宮は当時、大学一回生。奇しくも学生運動真っ只中で、若者が熱い時代だった。そんな中で彼が情熱を燃やしたのは執筆活動だった。当時、彼の周りにわんさかといた情熱的な若者を主人公にした物語を多く書いていた。
彼は多くの出版社に作品を持ち込んでいたが、いずれも出版のチャンスには恵まれなかった。それは、彼の作風に問題があったからかもしれない。
古本屋へやってきては文学作品を読み漁り、時々大事そうに買っていく。そんな松宮を店主は印象的に見ていた。そんなことが半年ほど続いた頃、彼は不意に話しかけてきた。
『これ、読んでくれませんか』
松宮は原稿用紙の入った封筒を差し出してきた。少し頬が高揚し、イラついている様子だった。どうやら、編集者に横柄な態度で原稿を突き返されたらしい。
『俺なんかに読ませて、どうするつもり?』
『・・・とにかく、読んでほしいんです』
そういうと松宮は、ほとんど押し付けるように店主に原稿を渡し、そのまま店を去った。
松宮の書く世界は、苦しかった。熱く苦しい物語が続いていた。
それからも何度かそのようなことがあり、気が付けば一年半が過ぎ、松宮は三回生になっていた。
ある日、いつものようにやってきた松宮の雰囲気が違っていることに気が付いた。
『どうした。何かいいことでもあったのか』
『え。なんでですが?今日もいつも通り、惨敗です。』
『・・・そうなのか。じゃあ今日の原稿は?』
『あ・・、今日は原稿はないんだよねー・・・・』
『・・・ははーん、女だな』
女っ気などまるで無かった松宮に、どうやら春が訪れたらしかった。
『・・・いや・・・じつはさ・・・。担当編集者には惨敗だったんだけど、アシスタントについていた女性が原稿、受け取ってくれたんですよ。』
その話を聞いて、その女はものすごい度胸のある人だと思った。上司が蹴った原稿を受け取るということは、これから編集者を目指すアシスタントにとってはかなりリスキーなことだろう。
『・・・そうか。それは、大きな一歩かもしれんぞ』
『・・・・やっぱり、そう考えていいのかな・・・』
松宮は、嬉しそうに微笑んだ。この時はまだ誰も、こんな未来が待っているなんて思ってもいなかった。一九七二年、松宮二一歳の春だった。