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第一篇「秘密」 10

二人からの朝食の誘いを断り家を早めに出たのは予約患者がいたからでは無かった。


母さんの所によって行こうと思ったからであった。


俺は病室に入って母さんの顔色などを見たが、確実に弱ってきているのは明白だった。

そこで俺は尋ねた。


『母さん、家に帰りたいって思ってる?』


今は昔とは違い、基本的には患者が自由に治療法などを選択できる時代だ。特に改善する見込みのない終末期の患者ならなおさらだと俺は考えている。だからもともと、母さんが望むのなら家に連れて帰りたいと思っていた。もちろん、最期までは難しくても、それまで母さんが安らかに過ごせるのならそうしたいと考えていたんだ。


『―――――― 帰ってもね・・・。何も出来ないものね。迷惑ばかり、かけるものね』


母さんはそう呟いた。そして何か考え込むように黙った。


結局、はっきりとした返事をもらわずに出勤することになった。


俺が母さんに、家に帰ろうとはっきり言えなかったのは、ゆかりと父のことが心にあったからだ。


俺はあの証拠を見つけた、たった一日後に父に報告した。その時でなければいけないと俺は判断したのだ。でもそれは、俺が部外者だからできた行動だ。もちろん、母は俺の母である。でも俺は、母と父の子だ。ゆかりとは状況が違う。そういう意味で俺は部外者だ。


今、母を連れて帰って、当事者である二人はどういう心情になるのだろうか。それがわからなかったから、俺からは強く帰ろうとは言えなかった。


「慧くん、どうしたの?」


今朝のことを思い出しながらカルテをチェックしていたため、いつもよりもボーっとしていたらしい。隣でコーヒーを飲んでいた佑里子先生に声をかけられた。


「いえ・・・・。」


「・・・・・・いいわよー、無理しなくても」


「・・・・・・先生」


「ん?」


「・・・・・・疑念の気持ちって、どうしたら消せますかね・・・?」


「――――――――」


「・・・・・すみません、忘れてください・・・」


「晴らすしかないんじゃないの」


「・・・え?」


「疑念を消すには、晴らすしかないでしょう。晴らせなかったとしても、自分が納得しなければ、消えることはないでしょう」


「―――――― ありがとうございます・・・。」




刺さった。


そりゃあそうだ。部外者と言えども知ってしまった以上は簡単に消すことなど出来ない。


父さんから、ゆかりは自分の子どもではないと確かに聞いたが、それだけだ。なんでそうなるに至ったのか、知らないままで、母さんに対して疑念を持ったままで、穏やかに見送ることが出来るのか、いや、出来ないだろう。


でも、そんな簡単に消すことの出来る疑念ではないだろう、これは・・・・。


「捜査は地道に、足で。そして、基本に帰ること」


佑里子先生の千里眼が光る。何もかも見透かされているような気がする。


先生は少し笑って部屋を出ていった。


そろそろ朝の診察の時間が迫っていた。



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