Story7.ショットガン構えた帽子屋
帽子屋は小さく可愛らしい生き物です。
小さな帽子を頭にのせ、可愛らしい燕尾服のようなドレスを身にまとった少女こそ、帽子屋その人で。
帽子屋は武器商人でもありましたから、その小さくふにふにとした手で、大きくゴツい銃を手に取ることもあります。
しかし、どうしても、反動で吹っ飛んでしまうことも往々にしてあるのですが。
それでも帽子屋は、可愛らしく微笑んで、可愛らしく四肢を大きく使ってパートナーたる三月兎と共にいます。
本日も、帽子屋ことローズは自分の身長ほどもあるショットガンのお手入れ中でした。
きゅ、きゅ、きゅ、きゅ。
かつ、かつ、かちん、かちん。
繰り返す反復動作のうちに、ショットガンが組み立てられていきます。
部分部分をちゃんと拭いて、そして組みなおしていく。
この動作は眼を瞑ってもできてしまいます。それほど躯になじんでいます。
ローズは外見年齢は小さく可愛らしい6歳児でしたけれど、脳みそも生きた年齢も実はその3倍ほどあります。ちょっとした不慮の事故で小さく可愛らしくなってしまっただけで、本来は18歳の美少女でした。
それは、まぁ。この世界ではよくある事故でもあり、本人もまんざらではないので、元に戻ろうなどと躍起になることは全くありませんでした。
もっとも、三月兎ジェイの言い分があってこそ、このような考え方をしているのですけれど。
兎も角、ローズはその小さい躯で銃を一本組み立て終えたところでした。
「お疲れ様です、ローズ。だけど言ってくれれば、俺がしたのに…」
「私、これが好きなのよ」
銃を新しく磨いて、組み立てなおす。ローズはこの工程が好きで、大きな銃だろうと欠かしません。自分で使う銃ならなおのこと、です。
「知っていますよ。でもローズの関心が銃如きに向けられていると思うと、」
ジェイは紅茶を手に取りながらため息をつきます。自分も今まで銃の手入れをしていたくせに何を言うのか、とローズは思いました。
ぱちん、と最後の部品をはめて、銃の形ができました。これで何人が戦争を始めようと、何人が殺しにこようとこの銃は無敵です。ジャムることもなければ、暴発することもないでしょう。
少なくともローズと、ジェイの手のうちにある以上は。
「…お前らと銃って、意外と似合う組み合わせだよな」
音もなく忍び寄ってきた影の方を振り向きます。MEGの銃口がこちらを向いていますが、気にしません。いつもの彼なりのジョークだと分かっています。
一度は殺されましたが、二度目はないことを分かっています。何故なら、一度目は"あえて"殺されたのですから。…彼の記憶がないことを知って、記憶が戻るかと思ったからです。
結局、それは徒労に終わったわけですが…それでもローズはこの侵略者改め絶対者白のアリスを割と好んでいました。
「こんにちは、アリス。お茶でも飲んでいく?」
「今日の茶葉は?」
「アッサム、ミルク入れるとおいしいわよ」
「…貰う」
このアリスは一見ぶっきらぼうで、ちょっとキレやすい子供ではありますが、暗殺者として育てられた観察眼や向こうの世界の話なんかは聞いてて飽きません。それに暗殺者という一面がある以上、ローズもジェイもとても話が合うのです。
紅茶を餌にして誘えば大抵お茶には付き合ってくれます。年がら年中この自宅兼作業場の庭でお茶をしているローズとジェイでしたが、新しい発見というものが長年なかったので、久しぶりに帰ってきた白のアリスがお茶に付き合ってくれることはとても楽しみでありました。
そう、ローズが好きすぎて自分以外を排除したくなる、ジェイでさえ同席を許すほどには。
「どうぞ。アッサムティーです」
ジェイが自ら入れた紅茶を白のアリスは少しだけ柔らかな表情をして飲みます。
「それで、どうしました?貴方が用もなくこちらを訪れるとは思えないのですが」
ジェイが聞きます。確かにそうでした。いつだってアリスは用があって初めてこの帽子屋を訪ねます。殆どが武器商人としてのローズを頼ることが多いのです。
ジェイの言葉に、白のアリスは紅茶を一気飲みして、カップを置き、言いました。
「ちょっと暗殺者のアンタに用がある」
「俺?」
「そ、アンタ。ジェイ、だっけ?」
基本的にローズの武器にしか興味のない白のアリスでしたので、ジェイの名前も曖昧でした。ですが、一応覚えてはいたようです。
「俺に暗殺依頼ですか?暗殺者だった貴方が?」
暗殺目的なら、暗に自分でやればいい、とジェイは言いました。それでもアリスは口を開きます。
「いや、ちょっと隣の…レイクス国に用事がある。護衛の仕事だと思ってくれ」
「誰の護衛なのか、お聞きしても?」
「オレ」
思わずローズもジェイも固まりました。この自力で何事も行ってきたたったひとりの侵略者が、護衛を必要とする意味を、考えていました。
「…いち、狙われていて、自分の力以上の相手である場合。に、自分が動けないことが確定している場合、さん、自分の力があてにならないことが分かっている場合…これ位しか、わたしには推測できないわ」
ローズが提示した推測のうちひとつに白のアリスが頷いたのを、ローズは見逃しませんでした。
「…さん、なのね?」
「一応、な。予備、予防策ってところだ」
少しためらった後で、白のアリスは再び口を開きます。
「記憶を取り戻しにレイクス国に行こうと思ったんだよ。で、ルティは今ちょうど妹君の方から呼び出されてるし、暇だし、ちょうどいいかと思って。で、記憶を戻すのに、倒れちまったりしてもアレだしなー」
「どちらかというと監視役がほしいのね」
「…ま、そんな感じだ」
白のアリスは話し終わって、立ち上がり、武器が飾られている飾棚の方へと足を進めました。そしてその中の一つ、IRISを手に取ります。
「これ、くれ。それと、そっちの装備は適当でいい。命があれば十分、くらいの護衛でいい」
くれ、と言われたのでローズは金額を提示します。その言葉に白のアリスは銀貨をぱらぱらと放り投げ、銃の感触を確かめはじめました。
「…まだ引き受けるって言ってないんですけどね、俺は」
「報酬は弾むし、楽な部類の仕事。それに、」
白のアリスはにやりと笑いました。彼は最近やっと、自分の価値を分かってきたようです。
「何より、審判者がもうひとり戻ってくる。仕事が減るか増えるかはしらねぇけど、あんた等にはイイ話なんだろ?」
「分かった、正式に引き受けましょう」
ジェイはため息をひとつつくと、自分の武器庫からいくつか短機関銃と小銃を取り出して装備します。
「出発はいつでしょう?」
「…2時間後のつもりで支度してくれ」
「分かりました」
こうして、三月兎ジェイと白のアリスの奇妙な珍道中?が始まるのです。
最も、この二人ですから、珍道中ではなく、暗殺中かもしれませんね。
「いってらっしゃい、お土産はレイクス国のイチゴがいいわ、ジェイ」
「分かりました。沢山、甘いものを持って帰りますね」
End