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Story4.鏡持った白の王





時の権力者は、孤独になるといいます。

強い力と強い想いを持つが故に、誰にも理解されず、ただひとり孤独な荒野を歩くのと同じだと。

それはどんな時代にあっても、どんな立場であったとしても、頂点に立ったものには似た孤独だけが付きまとうのです。しかし、

この白の王は、違いました。

白の王には幼馴染の白兎もいましたし、愛しくて仕方がない女王もいました。

ですから、彼は孤独などではありません。

彼は十分に幸せな、とても稀な王様だったのです。



…と、白の王は考えているようでした。

ですから彼は今日もいつものように赤の女王陛下が傷つき、殺してほしいと懇願しても。

白兎が「流石にアレじゃ壊れちゃうよ?」と進言しても。

全く意に介さないのです。だって、彼は最も幸せな王様なのです。

これ以上の幸せなど、どこにあるのでしょう?

ですから、これ以上を求めるなど、愚の骨頂だと考えているようなのです。

そういった意味で、白の王は全くもって鏡の国の王様として正しい性根をお持ちでした。




「どうしてかなぁ、ぼく何かしたかい?」

白兎エノクが白の王の横に座って、膝を抱えたまま片手で懐中時計を弄んでいます。

この懐中時計はエノクの大事なものですが、結構扱いはぞんざいです。

隣に座る白の王はその姿を見ることなく、ただぼんやりと書類をめくっていました。その書類は確かに王の仕事ですが、別段急ぎのものでもありません。ただ手持無沙汰だったから、エノクと同じように弄んでいるだけなのです。

「何のことかな?」

エノクの問いに白の王リュシーは不思議そうに答えました。

「いつまでああいう風に赤の女王陛下…ユベリアナを血塗れにしておく気なのさ」

まぁ連れてきたのはぼくだけど。

そう言って、エノクはかちゃかちゃと金と銀がかちあう音がする懐中時計を懐にしまいました。

リュシーは静かに微笑みを絶やさぬまま、書類をめくり続けます。

ぱらりぱらり、ぱらりぱらり。

紙音だけがその場をしばらく支配した後、不意にリュシーは口を開きました。

「…ずっと」

「ん?」

エノクがとっさに聞き返すと、リュシーは見たこともないほど綺麗な微笑みでエノクを見ていました。ぞっとするような、微笑みでした。

「ずっと、彼はあのまま。私の傍で白から赤へ変貌し続けてもらうんだ」

言葉はとても無邪気な子供の戯言のように聞こえるのに、その微笑みで無邪気なだけでないことを教えてくれます。

リュシーのそんな顔をエノクは見たことがありませんでした。

いつだって優しいだけではない冷酷さに、幼馴染のエノクだけは気付いていましたけれども、こんな風に笑うリュシーを見たことはついぞありませんでした。




時々エノクはリュシーには鏡である自覚がないと考えています。

今のようにぞっとするような笑みを浮かべていても、もしかすると本人には自覚がないのかもしれないと考えています。

何故なら、彼はいつだって本気です。その変わり、それが悪いことだとも、普通じゃないことだとも思っていません。

ですから、本人はきっと無邪気に本気の言葉をエノクに伝えてくれただけなのでしょう。

それが壮絶に恐ろしい言葉であっても、それが壮絶に恐ろしい表情であっても。

鏡の国の王様…白の王には、反転されてしまうだけなのかもしれません。

エノクはいつしかそう考えるようになりました。




ですから今も、壮絶に恐ろしい笑みに、普通のエノクらしいほんわかした笑みを返します。

「…そんなに好きなの?」

「本当は標本にでもして閉じ込めておけたら安心するかもしれないんだけど…」

やっぱり平気で恐ろしいことを口にします。

でもエノクは慣れてきてしまったので、ため息を吐きながらリュシーの肩をぽんっと叩きました。

「それは無理だよ。流石に閉じ込めたら血の色が固まってどす黒くなっちゃうよ」

「…だよねぇ」

ため息をついて考え事をしている様は、二人ともとても愛らしく、そして美しいのですが。

中身はさして美しくはありません。きっと、赤の女王陛下が聞いたら卒倒するかもしれません。…もしかすると、別のリアクションをとるかもしれませんが。




こうして、

鏡の国の王様は、不思議の国の女王陛下へ何度も求婚を繰り返し。

不思議の国の女王陛下は何度も求婚から逃げようと、無駄なあがきをしているのです。

これも彼らの日常で、見つめているのは白兎だけ。

だぁれも邪魔をする人なんていません。

この世界の絶対の存在であるアリスでさえも。

ですから、彼らは今日も最上級に幸福です。

誰も孤独ではないのですから。




End

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